<パリ航空ショー2001>

新ツェッペリン飛行船

 

 

 米カンサスシティで9月7日夜、ダウンタウン空港に係留してあった飛行船が雷雨と強風のために吹き飛ばされたというニュースが伝えられた。飛行船は2時間ほど漂流して100km近く離れたところに停めてあったトラックの屋根の上に落下したらしい。

 このときの強風は毎秒25mほどで、高さ6mの係留マストが破損したのが原因という。飛行船には誰も乗ってなく怪我人はなかった。

 この飛行船は通常、パイロット2人とグランドクルー12人で運航している。また係留中は必ず誰か1人が不寝番をする。このときも何人かの人がそばにいたが、強風のために手が着けられず吹き飛ばされたという。

 なお、この飛行船は無人のまま長時間の漂流がはじまると安全装置が働き、気嚢の中のヘリウムガスがすこしずつ抜けて、2時間以内に不時着する仕組みになっているもよう。

 飛行船は、私もかつて2隻の運航にたずさわったことがあるが、はなはだ厄介な代物である。街の上にゆったりと浮かんでいるさまは、まことにのどかで、どこか夢の国にでも行ったような気分になるが、それを飛ばす方はとても夢のようなわけにはいかない。

 上のニュースには12人のグランドクルーと書いてあるが、われわれが飛ばしたときはもっと大勢だった。飛行船が降りてくると、20人ほどが呼吸を合わせて船首から垂れているロープをつかまえなければならない。そして暴れ馬をなだめるように係留マストのそばへ引っ張ってゆき、マストの先端に船首をつなぐのである。

 離陸のときも同様で、マストから解き放した飛行船をみんなで引っ張ってゆき、所定の位置から指揮者の号令でいっせいに駆け出す。そして浮力がついたところで同時に手を離す。同時に離さないと、誰か1人がロープにぶら下がったまま上空へ吊り上げられるから、笑うに笑えない恐ろしい結果になる。

 係留中も大変で、全長50〜60mの巨体が鼻先で1本のマストにつながれている。そして風見鶏のように常に風に正対して動き回るから直径100m以上の広場でなければならない。

 また気嚢の浮力が大きすぎると、鼻先がつながれたまま、お尻が持ち上がってマストの上に逆立ちをしてしまう。断面直径15m、全長50mという巨体が逆立ちをしたら、どうやって元に戻すか、これまた手が着けられない。

 逆に浮力が減ったり、雨や雪のために船体が重くなると、気嚢がつぶれたり、1本足の脚が折れたりする。係留中の船内に人が乗ったり降りたりするときも、体重の分だけ重さが変わり、バランスが変わるから、いちいち砂袋を降ろしたり積んだりしなければならない。地上員の手を借りずに、勝手に乗ったり降りたりすることはできない、というよりも危険なのである。

 人が乗降しなくても、気嚢は気温の昇降によって膨れたりしぼんだりして浮力が変る。そのため1日24時間、気嚢の圧力と浮力が常に一定になるように調節しなければならない。これらの問題は格納庫があれば多少は解消するが、そんなに大きな建物がおいそれとできるものではない。

 気嚢の中のヘリウムガスも極めて高価である。日本には産出しないからアメリカから輸入しなければならない。ドイツもツェッペリンの時代、アメリカがヘリウムを出してくれなくなったために、危険を承知のうえで、やむを得ず水素ガスを使った。その結果が1937年のヒンデンブルグの悲劇になったのである。

 ニューヨークの北方レイクハーストで5月6日夕刻、地面近くに降りてきて気嚢の中の水素が引火、わずか34秒で火の玉となって燃え落ち、乗っていた97人中36人が死亡した。あの事故の原因は、技術的な問題ではなくて政治的な問題であった。世界情勢が険悪になると、その影響は思わぬところに波及する。

 


(ツェッペリンがいたり、P-51Dムスタングがいたり、第2次大戦中の光景のように見えるが、
その横でスウェリンジェン・ヘリコプターが飛んでいるように、これは今年のパリ航空ショー。
飛行船は誰の手も借りずに着陸し、再び離陸していった)
 

 

 さて、悪い話ばかり続いたが、去る6月のパリ航空ショーで見た新世代のツェッペリン飛行船はグランドクルー3人で発着操作ができるという素晴らしいものだった。そして今年8月16日、商用機としての型式証明を取得したのち、ドイツ南部のレイク・コンスタンス上空で遊覧飛行を始めたという。

 運航しているのはドイツ・ツェッペリン・リーデライ社(DZR)で、飛行船の名前は「フリードリッヒスハーフェン」。DZRが拠点を置く湖畔の町の名前である。

 飛行船の大きさは長さ75m、気嚢直径14.2m、全高17.4m。ヒンデンブルグ以来の硬式飛行船で最近よく見られる軟式飛行船(ブリンプ)ではない。気嚢下面に取り付けたゴンドラには乗客12人が乗れる。最大速度は125km/h、巡航速度100km/h前後。1トンのペイロードを搭載して、巡航90km/hの速度で900kmを行くことができる。

 遊覧飛行は湖水上空で1時間。これを1日6回繰り返し、週5日間のみの飛行予定。

 料金は1人600マルク(約35,000円)。今年末までの分として3,500人が予約しており、来年の分も500人の予約が入っている。来年は2隻目が完成するので、ドイツ各地から欧州全域で飛行船遊覧を展開する計画である。

 こうした飛行船について、DZRは将来55隻の需要があると見ている。価格は係留マストや燃料補給車両を含めて1,450万マルク(約8億円)と聞いた。


(ゆっくりと離陸したツェッペリン飛行船は、いつの間にか高度を上げ空高く飛んでいった) 

 

 

(西川渉、2001.9.27) 

 

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