<小言航兵衛>

オバマとオサマ

 10年前ニューヨーク世界貿易センターを崩壊させた911テロの首謀者、オサマ・ビンラディンをアメリカ軍の特殊部隊が急襲して殺害したという。この急襲を受けたとき、室内にいたビンラディンは武器をもっていたとか、持っていなかったとか、武器を持って抵抗したので顔面を撃たれて死亡したとか、いろいろな報道がある。

 ともかくも米国民は「殺(や)った、殺った」と小躍りしているようだが、筆者としてはそれよりも、急襲手段にヘリコプターが使われ、それがトラブルを起こし、それでも米軍側の犠牲は1人も出さずに無事戻ってきたという方に関心がある。しかもビンラディンの遺体や文書類まで持ち帰ったようだから、いったいどういう状況だったのだろうか。

 どうもよく分からぬことばかりだが、インターネットを探った結果、これまでに判明したことは次の通りである。

 5月2日のビンラディン急襲に使われたのはブラックホークであった。それが現場で墜落したかハードランディングをして飛べなくなったというから、まさに映画の「ブラックホーク・ダウン」である。

 ヘリコプターは隠れ家の上でホバリングをしながら、急襲部隊をラペリングで降ろした。余談ながら、この「隠れ家」をテレビのアナウンサー連中は誰もが「かくれや」と読む。牛丼屋の屋号じゃあるまいし、昔から「かくれが」と決まっている。もの欲しそうな「(なん)かくれや」などは聞いたことがない。

 さて、そのブラックホークがダウンした原因は何だったのか。初めは機械的な異常とか故障という報道があったが、そのうちに標高の高いところで気温も高く、そこに大勢の兵員を詰めこんでいたという。ただし何人乗っていたか、数字は見あたらない。結果としてオーバーウェイトになったとか、失速したとか、ついにはパワーセットリングに入ったという説をなす人もあらわれた。

 このアバタバードという住宅地は、標高1,500mほどであろうか。当時の気温は17℃だったというが、その程度の標高と気温でアメリカ軍の誇るブラックホークがダウンするものだろうか。初めは地上から攻撃を受けたという報道もあったが、これは否定された。ともかくも本当のところはよく分からない。

 むろん国防省は分かっているのだろう。いっぽうで「ヘリコプターは1950年代よりは信頼度が上がったが、まだまだ脆弱」などというテレビ・アナリストの論評もあった。歴史の問題を論じるならばともかく、日進月歩の近代兵器を半世紀前と比較してものをいうなど見当違いも甚だしい。

 いずれにせよ、特殊部隊はほぼ40分間でビンラディンを片づけ、その隠れ家から脱出する際、ダウンしたヘリコプターを破壊した。機体に使われている最新の技術が敵の手に渡るのを防ぐためだそうである。

 報道の中には「秘密のステルス・ヘリコプター」などといった大げさな表現も見られた。テールブームや先端の形状を改めてステルス性を持たせ、スタビライザーにも後退角がつき、尾部ローターには特殊な加工をして赤外線を抑えるようになっている。したがって、その内容は友好国にも知られたくないのだというが、この程度のステルス性が秘密だったのだろうか。本当はもっと違う機密があったのではないのか。あるいは機体の破損の程度が大きい余り、その口実に使われたのかもしれない。

 こうして事故機を処分した後、特殊部隊はここから脱出しなければならない。しかし、ヘリコプターが1機では全員が乗れない。というので、救援機が呼ばれた。

 救援にあたったのは、今度はチヌークだそうである。これより先、アバタバード急襲に先立ってパキスタン北部の空軍基地から4機のヘリコプターが飛び立ったという報道がある。この4機が2機のブラックホークと2機のチヌークだったのではないかと思われる。

 ところが、いざ救援ということになって、どこかで待機していたチヌークの1機が、これまた問題を起こしたらしい。駆けつけたのは1機だけであった。したがって最後は、ブラックホークとチヌークの1機ずつで脱出してきたものと推測される。


ビンラディン隠れ家の塀に取り残された
ブラックホークの尾部

 思い起こせば1979年、イランのアメリカ大使館で外交官と家族など52人が人質となった事件がある。これらの人びとを救出するため、カーター大統領は1980年春シースタリオン・ヘリコプターをテヘランに向かわせた。ところが、途中で砂嵐に巻き込まれた2機が視界不良で不時着、さらに1機は油圧トラブルで飛行できなくなり、作戦は中止となった。おまけに撤収準備中、移動中のヘリコプターが強風にあおられて駐機していたC-130輸送機にぶつかって炎上、死者8人を出してしまった。

 今回のビンラディン急襲作戦にあたって、オバマ大統領は当然イランの救出作戦失敗が頭にあったであろう。そんな心配を胸中に収めてホワイトハウスのシチュエーション・ルームで作戦の進捗状況を見守っていた。そして案の定、あのときと同じように2機のヘリコプターがトラブルを起こしてしまったのだ。

 大統領は心臓が止まる思いをしたに違いない。しかし実際に心臓が止まったのはオバマではなく、オサマであった。

(小言航兵衛、2011.5.5)

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