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本書は私にとってコンピューター作業に関する古典的な一書である。7年前の刊行直後に読んで、その後も最近まで2度、3度と繰り返し読んだ。というのは本書によって、パソコンやワープロが単にペンや鉛筆の代わりではなく、論文を書くための大変な道具であることを知らされ、雷にうたれたような衝撃を受け、今もあの当時の知的興奮が忘れられないからである。
アウトライン・プロセッサーやアイディア・プロセッサーについては、今ではさまざまなソフトがあり、その内容や使い方も多くの本や雑誌で見ることができる。しかし、わずか7年前の当時、アメリカで研究生活を送った学者は別として、日本ではほとんど知られていなかった。その素晴らしい道具を使って「研究論文を書くとはどういう作業か、すなわちアイディアを練っていく課程のコンピューター化とは何かを考えてみたい」というのが本書の主題である。
そこでマッキントッシュに「モア」というアウトライン・プロセッサーを搭載し、「アメリカ美人のイコノロジー(肖像)」という論文を書いてゆく課程が具体的に語られる。初めに、全体の構成を5章に分け、これを第1レベルとする。次に各章を第2レベルの節に分け、さらに各節を第3、第4レベルの小節もしくはパラグラフとし、細部を書いてゆきながら、全体を拡張したり折り畳んだり、切り貼りをしたり、ところどころに図版や数表を挿入したり、自由自在に加工してゆく。また文献リストや注釈を本文とリンクさせたり、検索機能によって索引をつくったりすることもできる。まことにペンと紙だKでは考えられないような論文作法といえよう。
「ソウトライン」という思考整理のためのアイディア・プロセッサーについても、話が出てくる。コンピューターがソクラテスの代わりになって、人間と対話をしながら、直感的なアイディアを論理的な理論へ組み上げてくれるのである。
これらの作業を通じて本書は、人文科学系の論文作成のためのコンピューター・システムとは、@データの収集・整理、Aアイディア構築、B文章作成、C文章印刷、D研究者間のコミュニケーションをおこなうものであるとする。
また、このようなシステムを使って書く論文はどんなものでなければならないか。その理想は、@分かりやすい文章で書かれ、A全体として統一性を持ち、B視点が新しく、結論が独創的で、C既存の研究や資料への目配りがなされているものであること。言い換えれば、そうした理想的な論文を書くためにこそ、コンピューター・システムはきわめて有効というのが本書のいわんとするところである。
私は、この本を読む20年以上も前から航空雑誌などに拙い文章を書き、その作文のために数年前からパソコンを使っていた。そんなとき本書に出会って、これぞ探し求めていた神の道具のように思えた。そして、どうしても神様の真似をしたくなり、PC98に加えて高価なマックまで買いこんだものである。
しかし「モア」はパソコン・ショップで探しても日本語版がなく、値段も高かったために、とうとう手が出なかった。今では、この神技が「Word」によって可能となり、私のパソコンでも実行することができる。しかし2〜3度、試したことはあるが、いつも途中で面倒になって最後まで完成させたことはない。おそらく、私の頭がアウトライン・プロセッサーやアイディア・プロセッサーを使いこなすほど論理的に働かないからであろう。
気持ちの上では、今もコンピューター・システムを駆使して理想の論文を書きたいと願っているのだが。
(西川渉、97.5.2)
(DHC8)