合 衆 国 崩 壊

 

 

 これは「窮鼠猫を噛む」――というよりも、虎を噛んだようなものである。しかも知恵を絞り、狙いを定めて喉笛に食らいついたから、虎の方も呼吸困難をきたし狂乱状態におちいった。いま徐々に正気を取り戻しつつあるかのように見えるが、ひょっとすると戻りきれず、狂気のままで治らないかもしれない。「戦争だ、報復だ」と騒いでいるのがそれである。

 鼠を追い込んだのは虎の方である。テロが悪いとか怖いというのは当然だが、その悪夢と恐怖を誘発したのは今のアメリカ大統領ではないのか。この男の場合は、そもそも選挙のときからうさん臭かった。開票数も数え直したりしてもめ続け、辛うじて当選ということになったけれども、実はフロリダ州知事が親戚か何かで、事務的な処理の仕方についても人為的な何かがあったのではないかと疑わせる。

 そのうえ言っちゃ悪いが、顔つきもどこか不明朗で、愁眉を開くという言葉があるが、あれは未だに開かない顔である。心から笑っているところも見たことがない。無論こうなっては笑ってるわけにもゆくまいが、日本ではこれを貧相という。アメリカの景気が後退するのも当然であろう。

 しかも、この男かつての大統領の弱虫の息子だったという。世襲の政治家は日本だけかと思っていたら、アメリカまでが真似をしはじめた。世襲が良くないことは今の日本の政治を見ればよく分かる。親が偉くても子どもが偉いとは限らぬが、もっと大きな問題は、世襲は必然的に親代々のしがらみを引きずることになる。

 だから、どうしても選挙地盤の意向にはさからえない。国益を考える前に地元の損得を考えるようになる。中には地元への利益誘導が自分の役目だなどと公言してはばからぬ輩もいるくらいで、そんな奴は国会議員を辞めて田舎へ帰ってもらいたい。

 あの大統領も地元や業界のしがらみにからめ取られ、京都議定書などは選挙資金を出してくれた石油業界や兵器業界の利益に反するというので、大統領になった途端、批准しないと言い出した。同時にミサイル防衛を推進しはじめ、これがおかしいといった田中真紀子はアメリカではなくて日本の政治家や評論家に叱られて口を封じられた。

 大統領にからみついたしがらみの背景には、目に見えないユダヤ資本があって、イスラエルとパレスチナの対立を悪化させる。追いつめられたイスラム主義者としては、あとは素手で、体当たりでゆくほかはないというのが今回の最悪のテロになったのである。

 

 京都議定書を初めとする一連の問題について、日本政府はもとより、テレビや新聞も新しい大統領のやり口に正面から批判をしないのは、どういうわけか。おそらくアメリカの大統領は今の日本人にとって、戦前の天皇のようなものだからであろう。

 戦後は、今上が象徴になってしまった。しかし、それでは日本人としては頼りない。どうしても首相を筆頭とする政治家の上に重石が欲しい。それがアメリカの大統領である。だから外相がちょっと口を滑らしただけで、まるで「不敬罪」といわんばかりの騒ぎになるのだ。

 今さら言うのもヘンだが、日本にとってアメリカは外国ではなくて宗主国である。一時は日本もアメリカと対等になったかのような気分が蔓延した。けれども、あれは大統領と同じセーターを着て襟巻きして見せた細川某のまやかしに錯覚させられただけのこと。情けないかな、日本人にはどうしても戦前の天皇に代わる求心力が必要なのだ。それが戦後のマッカーサーであり、その後のアメリカ大統領であった。

 しかし今の大統領はちょっとおかしい。天皇に代わる重石にもタクワン石にもなれない。もはや世界中の誰もが気がついたように、現大統領とそれに連なるアメリカ政権が今のような横暴と利益誘導を繰り返す限り、追いつめられた鼠はますます牙を研ぐに違いない。

 昨11日夜10時、今から24時間ほど前のことだが、テレビのニュースを見はじめたときは単なる航空事故かと思った。かつてエンパイヤステートビルに突っ込んだ軽飛行機があった。それと同じような事故かと思ったのである。ところが間もなく2機目が突っ込んだという。とすれば、編隊飛行の2番機が忠実にリーダー機の後を追ったのかとも考えた。

 やがて事故ではないらしいことが分かり、「これは、ただ事ではない」とすわり直した。そのうちに、ぶつかってきた飛行機が旅客機だと言い出した。しかも今度はペンタゴンにも突っ込み、ホワイトハウスや議事堂も危ないとか、大統領はホワイトハウスに戻れないというニュースである。

 まさしくこれはトム・クランシーの『合衆国崩壊』そのものではないか。あの小説は、こともあろうに日本航空のボーイング747がワシントンの国会議事堂に「カミカゼ・アタック」をして、アメリカ大統領が犠牲になったところから話がはじまる。昨日の事件も、これはもっと大きな何事かのはじまりかもしれない。

 ニューヨークのワールド・トレード・センターは今年3月下旬に行ったばかりである。朝早くミッドタウンのホテルを出て地下鉄に乗り、最上階の展望台(オブザベーション・デッキ)からマンハッタンを見渡した。その巨大な近代建築が、いとも簡単に目の前で崩れ落ちていったのだから悪夢としか言いようがない。

 ワールド・トレード・センターはニューヨーク・ポート・オーソリティ(PANYNJ)の所有であった。港湾局と訳すが、役所ではなくて公社に相当する。ニューヨークとニュージャージーの港湾施設を初め、ケネディ国際空港やマンハッタンのヘリポート、橋などをもっていて、ここ110階の超高層ビルに本拠を構えていた。しかし経営理念は民間企業と全く変わらず、サービス精神も旺盛で、われわれのような外国人にも親切にヘリポートのレクチャーをしてくれるし、それを見て回るためにヘリコプターにも乗せてくれた。

 そんなときはよく山野さんも一緒だったから、事件が起こるとすぐにメールがあった。「このビルを訪れたことを思い出しました。ヘリコプターに乗せてくれたパイロットのLandyさんは、もう定年ですね」。上の2枚の恐ろしい写真も山野さんのところへアメリカから急送されてきたものである。

 以下、今年3月アメリカ繁栄の象徴を訪ねたときの写真を掲載して記憶にとどめたいと思う。


(二つのビルの間に立って見上げたツインタワー。
このときも一瞬、ビルが倒れかかってくるような気がした)


(1階から2階へエスカレーターを上がったところに飾られた万国旗。
向こう側の人だかりは展望台へゆく切符の売り場。
昨日の朝も沢山の観光客が最上階にいたのではないだろうか)


(展望台から見たイーストリバー)


(ヘリコプターから見たありし日のワールド・トレード・センター。
あれは3月下旬の、風は強いが天気の良い平和な日であった)

(西川 渉、2001.9.13)

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