テロに揺れる

超高速機と超巨人機 

 

 本頁ではかねて、大型機へ向かうエアバス社と高速機へ向かうボーイング社の競争に注目してきた。エアバス社ではいよいよ超巨人機A380(555席)の原型機製作がはじまり、ボーイング社では音速旅客機ソニック・クルーザーの風洞試験が終わって年末までには具体的な設計仕様が公表されることになっていた。

 そこへ、あのとてつもない多発テロである。影響は予想以上に大きく、エアライン業界が深刻な打撃を受けつつある。旅客需要が一挙に減ると見られるためで、テロの被害に逢ったアメリカン航空とユナイテッド航空は合わせて4万人のレイオフを発表、その他のエアラインも欧州勢を含めて次々と従業員の解雇を発表している。

 そんな中でエアバスA380とボーイング・ソニック・クルーザーの二つの開発計画は今後どうなるのか。ここ数日間の報道を整理すると次の通りである。

 エアラインの不調はメーカーにも影響する。ボーイング社は今後受注機のキャンセルが増え、製造機数が減ると見られるところから、従業員3万人のレイオフを発表した。

 ただし、その一方でソニック・クルーザーについては計画をつづけると強気の姿勢を見せている。というのは、ボーイング社の見解によると、これから経済構造が大きく変化し、一般大衆の団体観光旅行も落ち込むだろうから大型旅客機の必要性は減少し、これまでの主張通り長航続・高速性能をもった比較的小型の旅客機が必要になるからという。

 今後の航空旅客需要は、これまで考えられていたほど伸びない。大量の団体客を運ぶよりも、少数のビジネス客を運ぶことになろう。そのためにはソニック・クルーザーだけが唯一の答えというわけではないが、将来に関するひとつの方向をつくってゆくことにはなるであろう。

 ボーイング社はテロ事件発生後も、繰り返しソニック・クルーザーについて語り、これが確固たる計画であることを強調している。そして、2007〜2008年には原型機が初飛行する予定である、と。

 ソニック・クルーザーはマッハ0.95〜0.98、1,200km/h前後の音速をやや下回る高速度で飛行する。これは通常の現用旅客機よりも320km/hほど速い。巡航高度は13,000〜15,000mで現用機よりも3,000mほど高く、乗客は200〜300人。16,000kmをノンストップで飛ぶことをめざしている。

 こうした飛行性能は単に巡航効率を高めたり、燃料タンクを大きくしたりするだけで実現できるわけではない。何か画期的な技術革新がなければ実現はむずかしい。しかし、その技術的な詳細について、ボーイング社はまだ公表していない。

 ただ完成予想図と模型が示されただけで、その形状は胴体後方に大きなデルタ翼、前方に小さな翼をつけて、2基のエンジンがデルタ翼の中に収められている。また、こうしたソニック・クルーザーは将来、スーパーソニックにもなり得るのではないかと質問する人もいるが、ボーイング社はそれを肯定も否定もしていない。

 いずれにせよ、高速で長距離を飛行できる点、定期便に使えば1日の飛行回数が増える。エアラインにとっては、利益を上げられる要因となる可能性があろう。

 それに対してエアバス社の方も、A380旅客機の開発計画をつづけ、2006年には実用機として就航するという予定を崩してはいない。A380はすでに多数のエアラインから注文を受けており、エアバス社としても何十億ドルもの開発資金をこのスーパージャンボのために投じてきた。そのため開発作業は予定通りに進めるだろうが、注文の方は予定通りの機数がとれるかどうか。

 その前途には不安な要素も限りがない。たとえば、あのテロ事件は観光旅行者に大型旅客機に乗ることの不安感を与えた。これから報復戦争が起こって長期戦になるとしたら、あるいは再度のテロが繰り返されたりすれば、観光旅行はいっそう減少して航空業界を低迷させるであろう。

 こうしたことからエアバス社は、今年320機の航空機引渡し計画を変えてはいないが、実際のところはどうなるか明確ではない。また2002年以降の製造がどうなるか、見通しが立てられない状況にある。特にエアラインの中にはテロの影響から倒産の危機に直面しているとこもあり、そこまでいかなくても発注ずみの機体について、キャンセルを考えているところが出てきた。エアバス社に発注価格の再交渉や受領時期の先送りを申し入れてきたところもある。

 そこでA380の前途についても疑問が出てきた。エアライン各社が今考えていることは旅客の減少に伴う事業規模の縮小である。そんなときに今すぐ、そんなに大きなスーパージャンボが必要なのかという疑問である。

 A380の発注を内定していたエアラインの中で、たとえばルフトハンザ・ドイツ航空は計画を見直す動きを見せている。英ヴァージン・アトランティック航空もテロの後、従業員1,200人の解雇を決め、エアバス社とボーイング社に発注ずみの旅客機について再交渉を申し入れてきた。おそらくは受領時期の先送りではないかと見られている。

 A380は、その巨大さゆえに「空飛ぶホテル」とも呼ばれる。しかし、そんなものが今、世界のエアライン業界で数多く必要とは思えないという意見もある。「スーパージャンボなどは経済情勢が好調のときの一時的な夢に過ぎない。非現実的だ」というのである。

 これに対してエアバス社は「決して希望を捨てたわけではないが、A380計画は用心深く進めてゆく」と語っている。それに「これまでの受注分については1機のキャンセルや受領時期の先延ばしもない」

「間もなく原型1号機の製作に着手する。需要はある。2006年から引渡しをはじめる」

「世界が当面の危機を乗り越えたのちは、再び成長軌道に乗る。向こう15年間のうちには航空旅客数も今の2倍になり、A380のような旅客機は必ず必要になる」

 A380は現在エアライン8社から67機の注文を受けている。年内に100機まで持ってゆくというかねてからの希望はむずかしくなったが、計画そのものが行き詰まったわけではない。8社の中にはヴァージン・アトランティック航空、シンガポール航空、エールフランス、カンタス航空、エミレーツ航空などが含まれる。

 アメリカ政府は議会の承認を得て航空業界に150億ドル(約1兆7,500億円)の資金援助をすることになった。さらに保有機がテロに使われたアメリカン航空とユナイテッド航空には、犠牲者の遺族による補償請求に対する特別支援も与えられるという。

 明暗さまざまな中で、A380もソニック・クルーザーもしばらくは苦しい開発段階を耐えてゆかねばならないであろう。

(西川渉、2001.9.23)

【関連頁】
   保安検査の強化策(2001.9.21)
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