米国9.11多発テロ

日米危機管理の違い

 

 

 アメリカの原子力潜水艦が日本に入港するときは、24時間前に政府および自治体に通告し、そのことがマスコミに公表されていたらしい。けれども当面マスコミへの公表は差し控えることになったというテレビのニュースがあった。理由は予告通りに入港して行くと、上空に報道ヘリコプターが何機も飛び回り、テロ攻撃を受ける恐れがあるためという。

 ところが、それを報じるニュース画面が、まさに上空からヘリコプターで撮影した潜水艦の映像で、見ていてわけが分からなくなる。こういう映像は撮らないでくれというのがアメリカ側の言い分で、その悪いサンプルを自ら見せているようなもの。無神経の果てのマンガである。

 アメリカ軍からすれば、テロに襲われるというのは口実で、テロと闘うための準備をしている隠密行動を逐一報道されては、機密も何もあったものではない。マスコミをシャットアウトするのが本音であろう。戦争ならば当然のことである。

 マスコミの方も、潜水艦の行動など大したニュース・ヴァリューもないと思ったのか、何の抵抗も見せずに先方の言い分を呑んだ。物わかりのよろしいことである。

 日本の新聞やテレビは不要なこと、どうでもいいこと――昔流に言えば三面記事、今風ならばワイドショー的なニュースは繰り返し報道するけれども、肝心なことはなかなか伝えない。問題点を掘り下げたり、突っ込んで取材しようとせず、政府の発表を官報のように報じるだけである。

 その実例は一昨日も発生した。狂牛病である。このあいだから1頭見つかったとか、あとは大丈夫とか、骨粉飼料は使っていないなどと農水省の発表を鵜呑みにして伝えるだけだった。しかし実際は全く別で、官僚どもの隠蔽工作にやすやすと乗せられていたことが明らかになった。あるいは知っていて知らぬふり、故意に乗せられていたのかもしれない。

 厚生省の薬害エイズ事件や外務省の出鱈目不祥事のように、日本を占領した官僚たちが勝手なことをしているのを自称第4の権力たるマスコミが見抜けず、見抜こうとせず、唯々諾々として官報のような報道しかしていないのは何たることか。これでは役所の手先か番犬にすぎず、まさに「第4の犬力」である。

 この10日余り、米国のテロ事件をテレビで見ていて気がついたのは、最初のうちヘリコプターによって現場上空から撮影した映像や写真がなく、現場に踏みこんだ取材写真もないことであった。

 実際に、われわれがワールド・トレード・センターの崩壊跡を上空からの映像で見たのは事件発生から6日目のことである。記者やカメラマンが瓦礫のそばで取材するようになったのは、さらにその後であった。

 もはや忘れられた感のある新宿歌舞伎町の麻雀賭博店の火事だが、あのときは野次馬と報道陣が狭いビルの前に群がって、負傷者の救助や搬送の邪魔をした。その光景とくらべて、まことに対称的といってよいであろう。

 同じことは、阪神大震災で嫌というほど経験ずみである。神戸では、ごった返す見物車両や報道車両のために救急車や消防車などの緊急車両が走れなかった。おまけに上空には取材用のヘリコプターがわんわん飛び交って、助けを求める瓦礫の下の声もかき消されてしまった。

 人を助けず、火事も消さず、救助の邪魔をしただけというので、ヘリコプターは非難された。地震から2週間後の新聞投書――火災、ガス漏れ、余震の恐怖におののく神戸の上空をゆうゆうと飛び交うヘリコプターに、町の人たちは「あのヘリは何しとんや。行ったり来たりするなら海から水くんででもまかんかいな。けが人のせて大阪まで運んだれや。用もないのにうろうろすな!」。恐怖をあおるだけの情報は要らないと思いました(女子学生、1995年2月1日付け朝日)――を、私は今も忘れることができない。

 では地震の後で、飛行規制や道路規制について如何なるルールができたのか。一時は運輸省もルールづくりに動いたようだが、第4の犬力に吠えられて代表取材の申し合わせといったあいまいなものに終ってしまった。

 これでは次に何かが起こったとき、絶対に阪神大震災の二の舞にならないと言い切れるだろうか。はなはだ心もとない気がする。

 ニューヨークのワールド・トレード・センター崩壊現場の上空を1週間近く取材機が飛ばなかった理由は何か。テロ事件の直後に全米に飛行禁止令が出たのも一因だろうが、その後で旅客機が飛びはじめても上空からの映像が撮れなかったのは、しっかりした「連邦航空規則」(FAR:Federal Aviation Regulation)が存在するからで、単なる申し合わせではない。

 このFARパート14 CFR91.137項は「災害/危険地域付近における一時的飛行制限」という表題で、その要旨は次の通りである。「FAA長官は以下のような目的で一時的な飛行制限が必要と認めた場合は、その空域を指定し、通達(NOTAM:Notice to Airmen)を発する」。空域の指定とは緯度、経度、高度などを決めて、その範囲の飛行を禁止することをいう。

 飛行制限の理由または目的としては、次のような3項目が挙げられている。

第1

地上または空中の人命および財産を異常事態の発生に伴う危険から保護する場合

第2

災害救助のための航空機の運航のために安全な環境を設ける場合

第3

異常事態発生地域または多数の人びとの関心を呼ぶ出来事の上空に見物その他の目的で飛来する航空機の不安全な混雑を防止する場合

 これらの「目的でNOTAMが発せられた場合、何びとも指定された空域の中を飛行してはならない」ということになる。この規則をそのまま阪神大震災に当てはめると、おそらく上の第1項が該当すると思われる。その場合「当該異常事態に対応して活動中の緊急機関の運用する航空機、および災害救助活動に従事する航空機はこの限りでない」というただし書きがついている。

 したがって情報収集や治安維持のための公用機、ならびに救急機や消防機は飛べるけれども、報道機や見物機の飛行はできない。ちなみにアメリカでは自家用機が多いので、何か事件があると野次馬が飛行機に乗って空から見物にくるらしい。これは上の第3項に当たるが、異常事態によって飛行が制限された空域では、その上空高いところに多くの場合は警察が監視のための飛行機や小型ヘリコプターを飛ばして、野次馬などが飛んでくるのを排除する。

 ワールド・トレード・センターの場合も、この第1項ではなかったかと思われる。したがって取材飛行などはできなかったわけである。

 しかし飛行禁止の理由または目的が上の第2項や第3項のようなときは、場合によっては代表取材を認めることもある。この2つの項目の但し書きでは、警察、消防、救急などの航空機のほかに「正規に認められて代表取材をおこなう航空機」が飛行禁止の例外となっている。「その場合、制限空域内に入る前に飛行計画をFAA、もしくはNOTAMに規定された航空管制本部にに提出すること。また飛行高度は特に認められた場合を除いて、災害救難機の活動する飛行高度よりも高い高度でなければならない」という条件がつく。

 このとき提出する飛行計画には次のような事項を記載しなければならない。

(1)航空機の登録記号、機種、塗装カラー
(2)使用する無線周波数
(3)制限地域への進入および離脱予定時刻
(4)ニュース・メディアの名前または組織名、および飛行の目的
(5)その他、管制本部の必要とする事項

 といって、こうした飛行申請を出せば常に認められるとは限らない。山林火災などは上の第2項に当たると思われるが、火災の規模が大きいときは、多数の消防ヘリコプターが出動して、煙の中を消火のために飛び回るから、用のない航空機がいては邪魔になる。ニューヨークのヤンキースタジアムで一昨23日、5万人が集まっておこなわれたテロ犠牲者の追悼集会も、上の規制目的の第3項に当たりそうだが、上空は飛行禁止であった。

 こうした規則について、マスコミ人はよく「言論、出版、表現の自由」という憲法論を持ち出し、「報道の自由」を言い立てて反対する。けれども阪神大震災に見られたような生命・財産の保護まで「邪魔する自由」はないはず。おまけに先に見たように「第4の犬力」に成り下がって官報のような報道しかしないようでは、一時的な飛行制限にも正面から反対はできないであろう。

 飛行を規制しようとするものも、それに反対するものも、お互いに譲るところは譲り、守るところは守って、きちんとしたルールをつくっておかないと、阪神大震災の悲劇は再び繰り返されるおそれがある。

 9.11多発テロの直後、日本の新聞やテレビの中には、大統領がどこにいるか分からない。米国の中枢部は混乱と狼狽の中にある。危機管理が出来ていないと報じたところもあった。けれども実際はその逆で、大統領が姿を隠したことこそ危機管理の最たるものであった。全米の空港および空域の封鎖もテロの第1撃から1時間足らずのうちに出され、現場上空も飛行禁止の措置が取られた。

 テレビ画面のちょっとしたことから、アメリカの危機管理と日本の危機管理の大きな違いが感じられる。

(西川渉、2001.9.25)

【関連頁】
   テロに揺れる超巨人機と超高速機(2001.9.23)
   保安検査の強化策(2001.9.21)
   テロと真珠湾(2001.9.18)
   ノストラダムスの予言(2001.9.17)
   緊急発進(2001.9.16)
   合衆国混乱(2001.9.15)
   合衆国崩壊(2001.9.13) 

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