<山岳飛行>
その安全を確保するには


 2018年8月10日、群馬県中之条町の山中で防災ヘリコプターのベル412EP双発ヘリコプター(15席)が事故を起こし、乗っていた9人が全員死亡した。以下は、その直後『航空情報』編集部から依頼を受けて書いたものである。



(2018年10月号)


充分な訓練と経験が必要
 
    山岳地の飛行は、それだけで危険な要素が多い。地形、気流、気象など、いずれも平地とは異なる様相を呈し、とりわけ標高の低い地域を低空で飛ぶことの多いヘリコプターは特有の影響を受ける。
 そんな環境の中で、悲惨な事故を二度と繰り返さぬためには、決して安易な飛行をしてはならない。では、山岳飛行は如何にあるべきだろうか。
 ここでは、ただし、事故の原因を探るのが目的ではない。新聞では、事故機が濃霧で視界を失ってヴァーティゴ(空間識失調)に陥り、急激な加速と減速を繰り返し、急旋回をするなどの異常飛行をしたあげく、水平姿勢のまま山の斜面に突っ込んだのではないかと報じられた。が、最終的な原因については運輸安全委員会の正式調査の結果を待つこととしたい。
 山岳飛行はいうまでもなく、広い平地を飛ぶのとは異なる。山の中を安全に飛ぶには十分な訓練と綿密な計画がなくてはならない。通常ヘリコプターは標高の低い地域で低空飛行をすることが多い。標高が低ければ空気密度が高いので、エンジン出力もローター揚力も正常かつ最大限に発揮される。
 そんな低地飛行の経験だけで山岳地を飛び、山の中で離着陸したりホバリングをしたりすると、標高が増すにつれて空気は薄くなり、エンジン出力やローターの揚力が減るばかりでなく、パイロットの頭の働きも鈍くなって、エラーも多くなる。
 そのうえ、地形によって空気の流れが乱れ、激しい上昇気流や下降気流が生じて乱気流となる。具体的には、風速25ノット(約13m/秒)を超えると乱気流が生じ、山の地形と相まって山岳波が発生する。つまり空気の流れが山の斜面に沿って波をうち、危険な風となって襲ってくるのだ。
 山岳飛行にあたっては、山の標高よりも1,000フィート(約300m)以上の高度をとると同時に、頭上の雲まで1,000フィート以上の余裕を持つ必要がある。したがって雲高(シーリング)は山地の標高から少なくとも2,000フィート(約610m)でなければならない。視程もできるだけ遠くまで見透せるよう、まずは15マイル(約24km)以上であることが望ましい。
 さらに、山の中では計器飛行や夜間飛行を試みてはならない。昼間でも天候が急変したときは直ちに引き返すか、最寄りの空地に着陸すべきであろう。
 こうした問題点を、パイロットは知識ばかりでなく、あらかじめ体得しておく必要がある。すなわち山岳飛行にあたっては、充分な訓練と経験を積んでいなければならない。
 
 
 
山中の事故は10年間に20件余
 
    そうした考え方から10年ほど前、アメリカ陸軍は気温の高い山岳地での飛行を主な目的とする訓練施設をつくった。それまでの10年間、2002~2011年の間に同陸軍が失ったヘリコプターは、2割が敵の銃撃などでやられたものだが、残り8割はほとんどがパイロット・エラーであった。つまり戦闘で失うよりも、はるかに多くの機体を自らの手で撃墜したようなものである。それもアフガニスタンのような高温高地で起こした事故が多く、それをなくすのが訓練施設をつくった目的だが、その成果はこれまでよくあがっているという。
 日本でも、山岳飛行は他人事(ひとごと)ではない。国土の7割前後が山地であり、遭難した登山者の捜索救助、山の中の建設資材輸送、山小屋への食糧輸送、山林火災の消火、あるいは山の尾根伝いに走る高圧送電線の巡視など、ヘリコプターにとって山岳飛行の任務は非常に多く、山を避けていては仕事にならない。
 事実、運輸安全委員会の報告書によると、筆者の読み取った限りでは、2007~2016年の10年間に山の中のヘリコプター事故は20件余り発生している。この中には現場が山地だったというだけで、平地でも起こり得る事故も含まれるが、単なるパイロット・エラーといっても上に述べたように空気が薄いためにパイロットの判断力が鈍っていたのかもしれない。
 一方、山岳地特有の原因による事故は、たとえば山の中腹に駐機していて谷底から急に雲がわいてきたので急ぎ離陸したところ、ローターを斜面にぶつけて死亡事故となった。あるいは物資を吊り上げようとして風向風速が急変したため姿勢が乱れてローターが斜面を叩いた。遭難した登山者を救助するためのホバリング中に気流が乱れて高度が下がり、ローターが岩壁に触れた。初心者が慣熟飛行のためにロビンソン小型機で山地を越え、長距離飛行をしている間に天候が悪化し、雲に巻かれて山林に突っ込んだ等々さまざまである。この最後の事例などは途中で引き返すべきで、そうしていれば2人が死亡することもなかった筈。
 とりわけ山岳地の事故は遭難地点を特定するのが難しく、救助隊が現場に到達するにも時間がかかる。したがって助かるはずの人が死に至る結果にもなる。また遭難者の捜索や吊り上げ救助も、人の命がかかっているだけに無理をしがちで、ささいなことが恐ろしい結果を招く。人を助けに行って自らの命を失くすようなことは、決してあってはならない。
 こうした山岳飛行の安全を確保するための留意点を、欧州ヘリコプター安全チーム(EHST)が以下のようにまとめている。
 
     
 
 山岳飛行の注意事項
(欧州ヘリコプター安全チーム、2014年)

 
   ① 自分の操縦する機体の飛行性能と飛行限界を充分に確認し理解しておく。
② 出発前にフライト・プランを航空当局に提出する。もしくは関係者に飛行計画の概要を伝えておく。
③ 航法チャートを精査し、GPSには頼らないこととする。GPSは、特に山中では不正確な表示をすることがある。
④ 出発の可否を決めるにあたっては、飛行経路上の気象予報を確認する。
⑤ 風向と風速を確認し、風速25ノット以上のときは飛ばないこととする。
⑥ 安全飛行高度を維持する。
⑦ 山岳飛行による心理的、生理的影響を理解しておく。
⑧ 万一のときはいつでも安全に離脱できるような飛行経路を計画の中に組み入れる。
⑨ ウィンドシアと、その回復操作について確認しておく。
⑩ 山岳飛行にあたっては、事前に経験豊富な教官の訓練を受ける。
 
     
   (西川 渉、『航空情報』2018年11月号)  
         
 






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