『アビエーション・ウィーク』誌(1月11号)では、かのティール・グループがヘリコプター工業界について、1999年の動向を占っている。
それによると、米国の4大ヘリコプター・メーカーは昨年来、マクダネル・ダグラス社がなくなって3社に減った。残ったのはいうまでもなくベル、シコルスキー、ボーイングである。だが、その将来は決して安泰ではないと、大胆な予測を得意とするティール・グループはいう。
この3社は近年の国防予算の急激な削減によって大きな打撃を受けてきた。とりわけシコルスキー社の打撃は最も大きく、1994年には21億ドル相当の製品を出荷していたものが97年には12億ドルに落ちこみ、ヘリコプター工業界に占めるシェアも44%から31%に下がった。
製品はH-60ヘリコプターだけといってもいいほどで、ほかにCH-53Eがトルコから8機の注文を受け、多少のS-76が加わるのみ。昨年末にはS-92が飛び始め、コマンチの開発も続いているが、これらの計画は出費ばかりで収入にはならない。しかも両機の将来はまだきわめてあやふや、とティール・グループはいう。
余談ながら、1月15日付けの『ヘリコプター・ニュース』誌は「S-92は飛んだけれど」という記事を掲げ、「でも誰が買うの?」と疑問を呈している。実は、これまた同じティール・グループの見方を取り上げたもので、「仮に30機くらいの注文があったとしても、メーカーとしてはとうてい採算に合わない」としている。
しかし一方で、S-92はなかなか良い出来であり、日本の三菱重工を初め中国、スペイン、台湾、ブラジルのメーカーがリスク負担で開発に参加していることから、国際的な総合力によって軍民両面で販売を伸ばしていけるという見方も強い。なおS-92は原型5機で試験飛行をつづける計画である。
さてティール・グループは、ベル社を北米最大のヘリコプター・メーカーと位置付ける。1998年のシェアは35%だったし、世界中で飛んでいるタービン・ヘリコプターの48%はベル機だった。また軍需面でも、V-22ティルトローター機の量産がはじまる。
ボーイング社のヘリコプター部門は軍用機だけのメーカーになった。MDエクスプローラーとMD500/600の製造を手放し、ベル社と共同作業をしてきた民間型ティルトローター機609からも手を引いたからである。残る製品はAH-64Dアパッチ、CH-47チヌーク、V-22オスプレイと、いずれも強力なものばかりを残している。
欧州ではユーロコプター社が大きくなった。1998年の民間市場におけるシェアは40%と、世界最大である。また数年来の赤字を抜け出して、黒字に転じた。機種も大小さまざまな製品があり、近くタイガー攻撃機とNH-90が軌道に乗れば、将来はさらに安泰となろう。
ユーロコプター社に対抗する伊アグスタ社と英ウェストランド社は、やや影が薄い。両社は1998年初めに合併の予定と発表したが実行になるかどうか。その一方でアグスタ社はベル社と組んで609の開発をはじめた。また12〜15人乗りの多用途機A139の開発も両社共同で始めることになっている。ただし、この種のヘリコプターにこれから需要があるのかどうか、ティール・グループは疑問を呈している。
その他、日本のOH-1を含めて、ティール・グループはさまざまな分析を試みている。いずれにせよ今年もまた販売、生産、開発のあらゆる面で、各メーカーの熾烈な闘いが繰り広げられるであろう。その競争の中からヘリコプターの進歩も実現するのである。
以上により、ティール・グループの見る向こう5年間の軍需と民需を合わせたヘリコプター生産数は、次表のようになるという。
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1999 |
913 |
50.8 |
2000 |
892 |
53.0 |
2001 |
821 |
52.3 |
2002 |
826 |
57.8 |
2003 |
875 |
64.0 |
なお1月19日付けのボーイング社の発表によると、同社が手放すことにしていたMDヘリコプターの製造販売権は去る1月19日、MDヘリコプター社に売却されることになった。名前が同じなので混乱しそうだが、MDヘリコプター社というのは欧州で航空工業に関連のあるRDMホールディング社の子会社。おそらくはMDヘリコプターの生産引き受けのためにつくられたのであろう。
その新会社がメサの工場を引き継いでMDエクスプローラー、MD500/600の生産を続ける計画という。かつてのMDヘリコプター社のような隆盛を取り戻すことができるかどうか。なおMDヘリコプターは1997年に30機、98年に36機が生産された。このうち4機は改良型のMD902、8機は米国境警備隊から45機の注文を受けているMD600Nだったという。
(西川渉、99.1.24)