<ボーイング>

747初飛行から40年

 4日ほど前のことだが、去る2月9日はボーイング747が1969年2月9日に初飛行して40周年の記念日であった。

 この初飛行より数年前、1960年代なかば、それまで707、720、727、737といった旅客機をつくってきたボーイング社は、次の計画として、航空旅客の増加に応ずるため大型で運賃の安い旅客機の開発構想を立てた。

 そこで1965年8月、社内に予備設計グループを編成する。そして7ヵ月後には早くも設計案が承認され、1ヵ月後にはモデル747の呼称で具体的な開発作業がはじまった。

 一方で、エアラインに対しても契約提案がなされ、1966年4月パンアメリカン航空が25機を発注したのである。

 747の開発計画を知った人びとは、余りの大きさに驚いた。なにしろ長さ70mという胴体にスパン60mに近い主翼をつけ、重さ300トン以上というのだから、そんな巨大なものが果たして空中に浮かぶのかと思ったのも当然のこと。それに乗客数550人というのだから、たちまち「ジャンボ・ジェット」という名前で呼ばれるようになった。

 だが、人びとは気づいていなかったが、747にはさまざまな新しい技術が取り入れられていた。たとえば主翼の可変キャンバを持った高揚力設計、前縁のクルーガーフラップ、後縁の3段スロッテド・フラップ、スポイラー、それに高速低速エルロンなどである。主脚は4輪ボギーが4つ、エンジンはプラット・アンド・ホイットニーJT9D-7A(推力21トン)が4基であった。

 この巨人機は初飛行から1年もたたない1970年1月22日、パンアメリカンのニューヨーク〜ロンドン線に就航した。いらい今日まで747-200、747SP、747ー400と発展し、今も新しい747-8の開発が進んでいることはご承知のとおり。

 それにしても、これらの航空機の開発にくらべて、787の遅れはどうしたことだろう。747以前にくらべて、787が余りに高度な技術を要するためか、高度な設計技術に対して製造技術が追いつかないのか、ボーイングの技術力が弱ったのか。

(西川 渉、2009.2.13)

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