<ストレートアップ>
ドイツ救急飛行の40年とクグラーさん ![]()
ドイツのヘリコプター救急が発足40周年を迎えた。始まりは1970年ミュンヘンで飛んだBO105小型双発機である。それ以前も、ドイツ国境警備隊のUH-1Dなど、一時的、実験的な救急出動があったが、本格的、恒常的な事業はこれが世界初であった。
それを実現させたのは、ドイツ自動車連盟ADACである。ADAC本来の任務は会員の車が立ち往生したときの救援、道路地図の出版、自動車保険の運営などだが、そうした仕事を進める中で1960年代、自動車ブームが到来し、同時に交通事故も急増した。その死傷者を助けるのも任務のひとつと考えたのが昨年11月に他界したゲアハルト・クグラー氏である。
当時ドイツ医学界には、救急治療がもっと迅速であれば多くの人が死なずにすんだはずという考え方が出ていた。そこでクグラーさんは、早急に治療するためにヘリコプターを使うことを考えた。ADACの理事長もその提案を受入れ、ベル・ジェットレンジャーをチャーターして実験運航がはじまった。
これにはミュンヘン大学の救急医たちが協力し、ヘリコプターに乗って交通事故の現場へ飛び、その場でけが人の治療に当たった。その結果、ヘリコプターは救急車にくらべて治療開始までの時間を3分の1に短縮し、死者を2割近く減らせることが明らかになった。
ドイツのヘリコプター救急は、こうした実証実験にもとづき、1970年11月1日ミュンヘンのハラヒン病院を拠点として始まった。その方式は治療器具を装備したヘリコプターを病院内に待機させ、救急本部からの依頼に応じて医師とパラメディックが乗り、2分以内に離陸して現場に急行する。そして、その場で治療をおこない、症状に適した病院へ患者を搬送する。これを「ミュンヘン・モデル」と呼び、その後の世界各地の救急事業が見習うようになった。日本のドクターヘリもほぼ同じ方式を取っている。
ミュンヘン・ハラヒン病院から出動するADAC救急機
現在78ヵ所で稼働中 こうして始まったヘリコプター救急だが、当初ADACは政府による救急飛行を強く主張した。そのためフランクフルトに配備された2番機はシュタイガー財団を背景とするNPO法人DRFによるものだったが、71〜72年にケルンとハノーバーで始まった事業はドイツ内務省が運営し、1980年には内務省の事業が18ヵ所になった。
しかしドイツ政府は、これ以上拠点を増やす考えがなかったことから、ADACは1980年ADACエアレスキュー会社を設立、クグラーさんが社長として陣頭指揮を執ることになった。
1987年には西ベルリンでも救急ヘリコプターが飛び始めた。もっとも当時は東ドイツの中にあったため、西ドイツ機は旅客機ですらベルリンに飛ぶことができず、救急に使われたのもアメリカ国籍のBO105で、パイロットもアメリカ人だった。ただし実質的にはADACがお膳立てをし、機体の塗装もADACと同じ黄色であった。
やがて1989年にベルリンの壁が崩壊、90年に東西ドイツの統一が成ると、旧東ドイツ地域でも救急飛行が始まり、拠点数は急速に拡大していった。
そして10年後の2000年、ドイツ全体の拠点数は50ヵ所となる。その後、政府の運営する拠点は少しずつ減り、ADACやDRFが肩代わりしながら全体数はさらに増え、現在は下表のような拠点配備となっている。
2010年 2000年 ADAC
32 18 DRF
28 11 政府機関
12 20 その他
6 1 合計
78 50 ![]()
国境なきヘリコプター救急 やがてドイツのヘリコプター救急は国境を越えるようにもなる。ドイツ北西部のオランダとの国境に近い2ヵ所の救急機が、1997年オランダ政府との協定によって、同国内の救急も引き受けることになった。のちにオランダ北部のクローニンゲンでは大学病院の屋上にドイツ機が拠点を構え、常駐することになる。
また2002年からはオーストリアへも飛び始め、最近はデンマークにも飛んでいる。
こうしてドイツの救急飛行が国際的な活動を開始した頃、クグラーさんは定年によってADACを退職した。同時に2001年5月ヨーロッパ救急飛行連合(EHAC)を設立、その会長として国際的な活動を本格化した。EHACの目的は、ご本人の言葉によれば、ヨーロッパ各国政府が救急飛行に関し適切な政策を打ち出すように働きかけてゆくこと。第2に各国政府が救急飛行に対し無用の規制をかけないよう、規制緩和を働きかけてゆくこと。第3に飛行の安全と治療の効果を高めて救急飛行の日常的な永続性を確保してゆくことである。いまEHACにはヨーロッパ14ヵ国が加盟し、206ヵ所で259機が飛んでいる。
EHAC加盟国
国 拠点数 機体数 オーストリア
24 28 チェコ
8 9 フィンランド
1 1 ドイツ
62 85 イギリス
14 15 ハンガリー
6 8 イタリア
10 11 ルクセンブルク
3 4 オランダ
4 5 ノルウェイ
11 14 ポーランド
16 22 スロバキア
6 7 スペイン
28 28 スイス
13 22 合 計
206 259 かくて、40年前にクグラーさんによって始まったヘリコプター救急は、ドイツからヨーロッパ全域に広がった。日本のドクターヘリもクグラーさんの助言を得ながら発足し、拡大してきた。
先月はベルリンでドイツのヘリコプター救急40周年を記念する行事が催された。筆者は山野豊氏とともに参加し、ミュンヘン郊外にあるクグラーさんのお墓参りをしてきたところである。
ゲアハルト・クグラー氏(1935〜2009年)(西川 渉、航空ニュース紙、2010年7月30日付掲載)
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