今年末の初飛行をめざすBA609

 

 

 

 3月下旬、ダラス近郊のベル・ヘリコプター社でプラント・シックス(第6工場)を見る機会があった。ここはベル社の新しい開発機、試作機、改造機などの製作や試験飛行をおこなうところで、ベルの新機種は全てここでテスト飛行がおこなわれる。かつてXV-15やV-22を初めて見たのもここであった。

 今はBA609原型機の製作が進行中で、その横には目下試験飛行中の新しいAH-1Z攻撃ヘリコプターの姿も見られた。AH-1Zはボーイング社のアパッチ攻撃機に対抗して、日本の陸上自衛隊を初め、世界各国へ新世代の攻撃機として提案されているヘリコプターである。

 

 本稿はBA609が主題だが、同機はいうまでもなく初の民間向け開発が進んでいるティルトローター機である。工場では原型4機の製作がはじまっていた。1号機は主翼やエンジンがついて外観がととのい、電気系統や油圧系統などの内装作業が進行中。2号機は胴体が出来上がり、これから主翼やエンジンを取りつけるところ。3号機はまだ形を成してなく、窓枠の穴が開いた胴体部品などがばらばらに置いてあり、これから治具に取りつける。4号機はまだ形が見えなかった。

 工場の外では、XV-15実験機のデモンストレーションがおこなわれた。この実験用ティルトローター機は、HAI年次大会やパリ航空ショーでも独特の飛行ぶりを見たことがある。今回も垂直に地面を離れ、しばらくホバリングをしたと思ったら、おもむろに上昇して行き、目の前を高速で通過して見せた。その姿は普通のターボプロップ機と変わりがなく、騒音も気にならない。

 やがて着陸した機体から降りてきたのは、ベル社のテスト・パイロットのほかに、かねて知り合いのケン・グレーズ氏。バンクーバーで定期旅客運航をしているヘリジェット社の副社長である。同社が既存のインフラを使ってヘリコプターの計器運航を実現し、気象条件の悪いときでも定期便として高い就航率を維持しているのは、この人が開発した計器飛行方式が功を奏しているからである。

  

 XV-15から降り立ったグレーズ氏は、ヘルメットを取って汗を拭きながら、興奮した面もちで「アメイジング!」「ファンタスティック!」などの言葉を連発した。ティルトローターを操縦するのはこれが初めてだそうで、ヘリコプターと飛行機とどちらに近いか訊ねたところ、ちょっと考えて「やはり、ヘリコプターに近い」という答えが返ってきた。そして、飛行機のパイロットよりもヘリコプターのパイロットの方が操縦資格を取りやすいだろうともつけ加えた。

 ヘリジェットは、このティルトローター機を定期便に使うかどうか検討中である。内容は不明だが、筆者なりに考えてみると、バンクーバーから海を越えてビクトリアシティまで、シコルスキーS-76(旅客12席)で30分の区間にBA609(旅客9席)を投入した場合、客席数は4分の3に減る。けれども速度が2倍で所要時間は半分になるから、運賃が同じならばティルトローター機の運航費は1.5倍まで許容できる。

 言い換えれば、BA609の運航費がS-76の5割増しでも、同じ運賃で旅客輸送が可能になる。しかも乗客にとっては、運賃が増えずに移動時間は半分になる。さらに、ティルトローターの運航費が1.5倍以下ならば、その分だけ運賃を下げることもできるだろう。大西洋線を飛ぶ亜音速旅客機からコンコルドSSTに乗り換えた場合、時間は半分になるが運賃が5割増しになるのとは大違いであろう。

 同じように、これを社用ビジネス機として使う場合は、もっと効果が大きい。企業におけるビジネス機は、コストも問題だが、それ以上に搭乗者の時間節約や行動範囲の拡大、もしくは機動力の強化が重視されるからである。

 

 さて、ベル社は今、軍用ティルトローター機、V-22オスプレイの量産が止まり、運航再開に向けた努力が続いている。昨年の2度にわたる死亡事故の影響で軍用機としての実用性や安全性に疑問が生じたためだ。オスプレイは、これまで14機が海兵隊に引渡され、昨年12月国防省はいよいよ本格的な量産着手の決断をするところだった。そこへ事故が起こったのである。

 ダラスではベル社のジョン・マーフィー社長の話も聞いた。その内容は、V-22の事故原因がティルトローターの原理に発するものではないという見解で、悲観した様子もなく、必ずや問題を克服できるという自信が見られた。

 同社長によると、ティルトローターは「人間の飛び方を変えるものである。しかもティルトローターが人間社会にどれほど貢献するか、その可能性については未知の部分が多い」。そんな中でV-22計画を中止すれば「将来の新しい芽を摘むことになる」

 たとえば米国での調査によると、航空輸送は今500〜800キロ区間の乗客が増えている。そのため50人乗りのリージョナルジェットが急増し、空港混雑はいよいよ限界に近づいた。このままでは遠からずして航空機と人の流れは止まってしまうだろう。

 この状態をマーフィ社長は心臓マヒにたとえ、「そうした交通システムのマヒを救うのがティルトローターだ」という。血管を詰まらせる血栓は、ティルトローターによって半分以上が取り除かれる。そのためには将来、V-22に相当する40人乗りくらいのティルトローター旅客機が市内のヴァーティポートで発着できるようにしなければならない。その前身となるV-22も止めるわけにはいかない、と。

  

 4月には、4人の専門家から成るV-22委員会の調査と検討の結果が出た。結論はもう一度、V-22の設計段階に戻って徹底的な試験をおこない、場合によっては設計変更をする必要があるというもの。議会では、この答申にもとづき、オスプレイ計画の再検討をおこなう。その結論がどうなるかは分からないが、場合によっては予算が削減され、最悪の場合は計画中止に追いこまれるか、生産数を減らされるかもしれない。

 しかし4人の委員の中には「最も重要なことは、事故の原因がティルトローターの原理に起因するという証拠はない。製造面か整備面の不具合によるもの」と指摘する人がいる。また「オスプレイは国家的な財産」という人もいて、すでに130億ドル(約1.5兆円)も費やした計画の中止は米国としても多大の損失をこうむる。

 のみならず「このような革新的な技術は米国の将来にとっても重要である」。また海兵隊の進攻手段しても最適という見解も示された。

 むろん一方には、オスプレイ計画の続行に反対する意見もある。しかし、おそらくは向こう1年ほどの間に問題が解決され、飛行の再開が可能となろうという見方が広がっている。

 そうした論議を背景に、BA609の開発計画は確実に進んでいる。発注しているのは今のところ約80社。1,000〜1,200万ドルの機体価格に対して、手付け金は10万ドルだが、V-22の事故や計画の遅れを見て、払い戻しを要求してきたのは3社のみであった。

 BA609の引渡し開始は2003年の予定である。

(西川渉、『日本航空新聞』、2001年6月7日付掲載)


(ベル社第6工場へ行ったのは、ダラスで2日間にわたって開催された
AHSインターナショナルのティルトローターに関するシンポジウムの後
であった。これはシンポジウム出席者がXV-15の周囲に集まっての
記念写真である。)

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