<野次馬之介>

場外乱闘

 7月7日の韓国アシアナ航空の事故は犠牲者が3人になった。病院に搬送された負傷者の1人が死亡したもので、3人ともアメリカ短期留学のために団体でやってきた中国人の女子学生たちだった。

 ところが、この事故をめぐっては、まだ1週間しかたたないうちから雲ゆきが怪しくなり、真相究明をよそに、場外乱闘が始まった。

 乱闘の始まりは事故の翌日、韓国のテレビ・ニュースの中で「死者が中国人で幸い」と、キャスターが発言したらしい。本当は「韓国人でなくてよかった」と言いたかったなどと言い訳にならぬ言い訳をしているが、いずれにせよ中国としては黙って聞き逃すわけにはゆかない。中国では韓国のテレビ・キャスターはもちろん、然るべき御仁の「公開謝罪を要求する」といった声も聞かれる。テレビ局は訂正とお詫びの放送をしたようだが、中国人の気持ちはおさまらない。

 一方で、アメリカの放送局も事故機に乗っていた4人のパイロットについて、その氏名は「サムティング・ウォング(何かの間違い)」「ウィ・トゥー・ロウ(低すぎる)」「バン・ドン・オー!」(衝突音)などと読み上げた。もうひとつは卑猥な俗語なので、ここに書くのははばかられる。

 もちろん実際の名前ではなく、韓国人の名前をからかったもの。おまけに出所は、ほんとかウソか、国家運輸安全委員会(NTSB)だったというから信じられない。そうだとすれば、内部の私的な遊びが外部に漏れたのではないか。それを何も知らないテレビ局が真面目に放送してしまった。出所が役所となれば、無条件で信用する。そんな愚かな癖は日本だけではないらしい。

 この悪質な遊びに対して、今度はアシアナ航空の方が抗議の声を上げ「パイロット4人と当社の評判が著しく傷つけられた」として、放送局とNTSBを相手取って法的措置を検討すると言い出した。NTSBを謝らせることができれば、事故によるアシアナ航空みずからの不名誉は多少とも回復できるとでも考えたのだろうか。

 そのうえ今度は、NTSBの迅速な情報公開が称賛される一方で、国際航空機操縦士協会(International Federation of Air Line Pilots Association:IFALPA)がNTSBに対し「調査の初期段階でこまかい内容まで公表するのは如何なものか」と反発している。

 たしかにフライト・データ・レコーダーやボイス・レコーダーの内容が事故から3日も経たないうちに公表され、コクピットの中のパイロットたちの行動が広く知られるようになった。その結果、早くもパイロット・エラーか自動装置の故障かといった議論が巻き起こった。

 事故に関するこまかいデータは、確かに第三者には興味深い。しかし、当事者にはたまらないであろう。それにデータだけが一人歩きをして、それを素人が解釈する結果、原因や今後のあり方について間違った考えが生まれるかもしれない。

 それを牽制するためか、NTSBのデボラ・ハースマン委員長までが議論の中に割って入り「たとえオートスロットルに不具合があっても、機体制御の最終責任は機長らにある」などと、のたもうた。

 念のためにオートスロットル(自動速度維持装置)とは、エンジンのパワーレバーを自動的に動かしてエンジン出力を調節し、あらかじめ設定した速度を維持する装置である。これがアームド(待機)の状態で作動していなかったとか、パイロットが何度も操作しようとしたが、なぜか作動しなかったとか、速度設定の入力をパイロットがまちがえたのではないかとか、さまざまな議論がある。

 そんなこまかい議論を記者団の前で展開するのは、オバマ大統領に抜擢された史上最年少の女性委員長のハリキリ過ぎと書けば、今度は馬之介まで乱闘に巻きこまれるかもしれない。桑原、クワバラ……。

(野次馬之介、2013.7.16)

 

 

 


アシアナ航空777旅客機

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