<エアバス>

A380ついに就航

 シンガポール航空のスーパージャンボA380は10月25日、チャンギ国際空港を午前8時過ぎに出発、7時間の飛行ののち、無事シドニー国際空港に到着した。乗客は455人。乗員はパイロット4人を含めて、約30人。飛行便名はSQ380便であった。

 乗客はインターネット・オークションによって切符を購入した人びとで、中には10万ドルも払った人がいる。オークションの結果は総額130万ドル(約1.5億円)に達し、慈善事業に贈られた。

 この出発に際して、シンガポールの空港ターミナルでは盛大な式典がおこなわれた。チェックイン・カウンターの前には赤じゅうたんが敷かれ、カメラの砲列が隙間なく並び、乗客の誰もが映画スターのような気分だったとか。

 だが真のスターはターミナルの外にいた。乗客の乗りこむのを待っていたA380である。その姿は決してスマートとはいえない。ずんぐりとして、やたらに大きい。しかし、それだけに迫力は圧倒的で、機内も通常のファーストクラスを上回る豪華なスイート12席を初め、ゆったりしたビジネスクラス60席、普通よりも幅の広いエコノミー399席が、2階建てのキャビンいっぱいに並ぶ。前席の背もたれに取りつけられたビデオ・スクリーンも大きくて見やすい。

 最も嬉しいのは、エコノミー席も前席との間隔が広くなり、リクライニングによって前の背もたれが倒れてきても、余り気にならないと、ある記者は書いている。

 そして窓が大きいので視界が広がり、同時に自然の採光だけで機内が明るい。機体後部の階段は上下のエコノミーキャビンを結ぶもので、自由に行き来できる。長距離飛行の場合は、この階段を上下することで運動ができるだろう。

 こうしたA380の出現は、ボーイング747が過去40年近く独占してきた世界最大の旅客機という王座を奪取するかのようでもある。

 初飛行の機内では、乗客全員にシャンペンが振る舞われた。しかし、シャンペンがなくとも多くの乗客がこの初飛行に満足したであろうし、この次も再びA380で旅行したいと思ったに違いないというのが、初飛行に乗った英人記者の感想である。その一方で、これほど大きくて1機350億円もするような旅客機が今後どれほど売れるのか。ボーイングのお膝元「シアトル・タイムズ」は、その前途に疑問を呈している。

 おまけに将来、この巨人機が要らなくなったとき、誰が中古機として買ってくれるかとまで書くのは、筆がすべりすぎたのであろう。ともかくも、ヨーロッパとアメリカで見方の分かれるところが面白い。


シドニー国際空港に着陸したA380

 

 以上は26日朝までに入手できた、いくつかのオンライン・ニュースをまとめたものだが、A380の就航した25日夜NHKがこの話題を取り上げることになり、10時15分からの「きょうの世界」(BS1)に招かれた。

 以下は報道局の市瀬卓キャスターとの1問1答である。所要時間は7分。生放送だから、例によって緊張の余り、この下書き通りにしゃべれたわけではないが、ここに記録を残しておきたい。 

 
(NHK BS「きょうの世界」ホームページより)

Q1――エアバス社は、この2年間、納品の遅れや再建計画など、足踏み状態が続いたが、今日はA380の就航実現にこぎつけた。同社の「大型機戦略」に揺らぎはないか。 

A1――そうした「商品戦略」について、エアバスの考え方は変わっていないはずです。特に今後、航空旅客や航空貨物はますます増加する傾向にありますから、飛行機の量も増えてゆく。したがって世界各国の空港や航空管制もいっそう混雑してくる。といって、空港や空域の大幅増加はむずかしい。とすれば、同じ機数、同じ便数で輸送量を増やすには大型機が必要で、エアバスとしては現用747を上回る巨人旅客機について今も2020年までに1,235機の需要があるという強気の予測を捨ててはいない。

 

Q2――ライバルのボーイング社は、大型機は時代遅れ、これからは中型機という戦略を進めているが、その影響はないのか。

A2――エアラインの立場から見れば、機体の大型化、すなわち大量輸送によるコストの削減効果は大きい。しかも機内が広いので、ゆったりした座席配置が可能になり、それだけ乗客を魅きつけることができる。この点は、エアライン各社も無視できないのではないか。

 シンガポール航空のA380は当面、豪州シドニーとの間を飛ぶだけだが、2008年は5機を追加受領することになっている。それらの機材によって、来年初めからはロンドンへ飛び、5月には東京へも乗入れてくる。さらに来年秋には香港経由サンフランシスコへも飛び始める。

 さらに、当然のことながら、シンガポール航空ばかりでなく、カンタス航空、エミレーツ航空、エールフランスなどが、次々と飛ばし始める。こうしてA380の定期運航が広がることで、各エアラインが遅れをとるまいとして導入する動きも高まるのではないか。むしろエアラインへは今日のA380就航による大型化の影響が大きいでしょう。

 

Q3――いっぽう、7月に787がロールアウトしたとき、中型機戦略のボーイングが、エアバスよりも一歩ぬきんでたとも見えたが、最近になってボーイングにもA380に似たもたつきが出てきた。何が起きているのか。

A3――ボーイング787は、まだ初飛行もしていない。にもかかわらず700機以上の注文を獲得して、大変な人気を博している。ところが、今年9月に飛ぶはずの試験機が、まだ飛べないでいる。操縦系統のコンピューターソフトの開発が遅れたとか、機体各部を接合する金属ファスナーが世界的に不足しているなどの理由が挙げられている。

 結果として、試作1号機の初飛行は来年春になり、量産1号機を受け取ることになっている全日空への引渡しも、半年遅れの来年秋か暮れになるもよう。

 このように、新しい航空機の開発はまことに大変で、金額的な損失だけでなく、顧客からの信頼も失くしかねない。とはいえ700機以上の注文は、今のところキャンセルするエアラインも出ていないから、787プロジェクトがぐらつくようなことはないでしょう。

 なお将来、787の製造に関する最大の問題は、機体各部がアメリカ、日本、イタリアなど世界中で分散製造されていることで、ボーイングは今後、これら多数のメーカーの間の調整が787の量産を計画通りに進めてゆく上でのカギとなろう。

 

Q4――A380のような超巨人旅客機の将来について、どう思うか。

A4――大型旅客機の開発は、メーカーにとっては社運をかけた大事業だが、旅客にとっては、まことに有難い。機体が大きいだけに、シンガポール航空のA380も座席の幅や前後間隔が広くなっているようだから、乗客にとっては快適であろう。騒音も、メーカーによれば競争相手にくらべて相当に静かだという。そのうえ沢山の乗客を乗せられるので、1人あたりのコストが2割ほど下がる。したがって運賃も安くなる。

 つまり安くて、静かで、快適な旅客機というわけです。果たしてそうであるかどうかは、これから乗る人びとが実際に体験するので、そうした旅客の評価によってA380の将来も決まってくる。

 A380は今のところ、わずか180機程度の受注数だが、メーカーとしての採算をとるには500機程度の注文が必要で、この成否も旅客の評価にゆだねられるのではないでしょうか。

 

Q5――エアバスに対するボーイングの将来は、どう考えるか。

A5――ボーイング787は中型機で、今後なお大量の注文が出るだろう。今は足踏みしているが、長期的に見れば安定した製造が続くだろう。

 787の強みは、ボーイングがいうように、乗客の希望する目的地まで直接飛んでゆけること。A380大型機はハブとなる大空港間をつないで、そこから先へゆくには中小型機に乗り換える必要があるのに対し、787は点と点を直接つないで、乗り換えなしに飛べる路線が多くなろう。

 さらに787自体、機内の与圧や湿度を上げて旅客の快適性を高めている。乗客の脱水状態も少なくなるでしょう。A380の大きいという量に対して、787は質で対抗するといえるかもしれない。

 こうして、それぞれに優れた特徴を持った新しい旅客機が登場してきたわけで、そのどちらを選ぶかは利便性、快適性、経済性などを今後、実際に利用する旅客がどう評価するか。それによって勝敗の行方も決まるいいたいところだが、実はA380と787という狙いの異なる旅客機を直接比較するのは難かしい。

 問題は、そういう異なった狙いのどちらが当るかということで、これがエアバスとボーイングの競争になる。けれども、健全な競争は健全な発展につながるといわれるように、これからも健全な競争を続けて両社ともに発展し、いっそうの名勝負を見せて貰いたい。

 いずれにせよ、新しい航空機の登場はまことに楽しみではありますね。

(西川 渉、2007.10.26)

【関連頁】

 A380受注数と引渡し数(2007.10.24)

 A380の引渡し開始(2007.9.16)

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