新世代の中型双発タービン機

ベル/アグスタAB139ヘリコプター

 

 2001年2月初め、ロサンゼルスに近いアナハイムで開かれた国際ヘリコプター協会(HAI)の年次大会で大きな話題となったのはイタリアのアグスタ社とアメリカのベル社が共同開発中のAB139中型双発タービン・ヘリコプターであった。

 初日早朝から開かれたアグスタ社の記者会見で、1週間前の2月3日ミラノ近郊の同社工場でAB139が初飛行したことが公表され、そのときのもようがビデオで公開されたのである。これを見た記者団からはいっせいに拍手がわき起こった。

 この飛行は、計画では10分間の予定だったが、飛んでみると調子が良く、そのまま45分間にわたってつづけられたらしい。この間、横進速度は最大46km/h、前進速度222km/hを記録した。ほかにホバリングを含むさまざまな操縦操作が確認され、サブシステムなどのチェックもおこなわれたという。

 続いて原型2号機が6月4日、3号機も10月22日と立て続けに飛行し、今も順調な開発試験がつづいている。 


(AB139の初飛行――車輪が地面から離れた瞬間)

設計思想と構造上の特徴

 AB139は1999年6月、パリ航空ショーでベル/アグスタ・エアロスペース社から開発計画が公表された。同時に実物大のモックアップが公開されたが、初飛行はそれからわずか1年半でおこなわれたものである。

 AB139の基本的な設計開発方針は、利用者の要望を反映すること、あらゆる用途に適合すること、生産性と安全性の高いこと、整備作業が容易でコストが安いこと、そして激しい競争に耐え得るような機体価格であることとなっている。

 構造上の特徴は、主ローターブレードが5枚、尾部ローターが4枚。いずれも全関節型のハブにはエラストメリック・ベアリングをそなえ、両者で高速・低騒音の飛行性能を発揮する。

 ハブは、主ローターがチタニウム製、尾部ローターがステンレス・スティール製。ブレードはどちらも複合材製で、着氷防止装置の取りつけも可能。これで既知の氷結気象状態の中でも計器飛行が可能となる。

 エンジンはプラット・アンド・ホイットニー・カナダ社のPT6C-67Cターボシャフト(1,679shp)が2基。最大連続出力は1,531shp×2で、片発停止の場合の緊急出力は30秒間で1,872shp、2分で1,725shpと、出力が大きいため最大離陸重量でも屋上ヘリポートからカテゴリーA(グループ1)の飛行が可能

 両エンジンは別々の防火コンパートメントに装着され、内部には火災検知器と消火システムをそなえる。燃料コントロールにはFADECが装備されているが、コレクティブ・スティック上のトリム・スイッチや追加装備のスロットルによって手動操作も可能。

 主トランスミッションは毎分21,000回転の直結ドライブ・インプットを3段階で減速し、ローター系統につなぐ。万一、滑油がなくなっても30分はそのまま飛びつづけることができる。

 キャビンは容積8立米と、同クラスの中型ヘリコプターの中では最も大きい。床面は突起物のないフルフラット。天井の高さは1.42mである。キャビン左右には大きなスライディング・ドアがあって、間口1.68mまで開く。足もとには乗降用のドアステップがついている。

 客席配置は標準12席の場合が左右4列、前後3列で、最前列は後ろ向きにすわる。左右5列ずつにして乗客15人乗りとすることも可能で、パイロットを入れて17人乗りとなる。またビジネス機として使う場合は、最も少人数のVIP輸送の場合がテーブルをはさんで4人が向かい合う。さらにデラックス席4席のほかに、最後部に標準座席4席をつけて合計8席とすることもできる。

 患者搬送の場合は担架2人分をのせて医師や看護婦など4人が同乗する。担架6人分を積むこともできる。

高出力とすぐれた飛行能力

 手荷物室はキャビン後方にあって、最大容積が3.4立米。荷物は胴体左右のドアから積みこむが、飛行中はキャビン後方から取り出すこともできる。

 以上のような機内容積を他機種と比較すると表1の通りとなる。AB139の客室と手荷物室を合わせた容積がきわめて大きいことが分かるであろう。なお、機外吊り下げ輸送の場合は、最大2,720kgの搭載が可能で、これも競合する同級機の中では最大である。

表1 ヘリコプター各機の機内容積(立米)

機  種

客  室

荷 物 室

合  計

AB139

8.01

3.4

11.41

EC155B

6.66

2.5

9.16

ベル412EP

6.23

0.79

7.02

S-76C

5.78

1.08

6.86

 燃料タンクは客室後方に設置されていて、従来のような床下にあるものにくらべて安全性が高い。標準タンクは容量1,250kg。増加タンクは機内に搭載し、容量は400kgである。

 降着装置は前輪式の半引込み脚。これに高出力のエンジンとトランスミッションが相まって高速飛行性能を発揮する。

 特殊装備品は機外吊り下げ用の貨物フックが容量2,720kg。救難用ホイストは機体の左右どちらでも取りつけ可能で、容量270kg。エアコンは常に機内温度25℃、湿度50%に保つ。ほかにワイヤーカッター、サーチライト、テレビ・カメラ、赤外線暗視装置(FLIR)、緊急着水用のフロートなどが装備できる。

 最大離陸重量は6,000kg、ペイロード2,500kg。最大巡航速度は290km/h、航続距離740km、地面効果外のホバリング高度限界3,600mというのが基本的な飛行性能である。

 AB139の飛行性能が高いのは、重量に対するエンジン出力が大きいのも理由の一つである。馬力荷重とは逆だが、片発緊急出力を最大離陸重量で割った比率について、AB139のそれを100とすると、他の機種は表2の通りとなる。すなわち競合機に対し1.6倍前後の出力を持つのである。それだけ強力で飛行性能が良くなるばかりでなく、安全性も高まるといえよう。

表2 重量に対するエンジン出力の割合

機   種

比  率

AB139

100.0

EC155B

65.1

ベル412EP

67.6

S-76C

59.2
[注]比率=OEI(最大緊急出力)÷ 最大離陸重量

 

 たとえばホバリング性能とTA級の運用限界は表3の通りとなる。また上昇高度限界は双発で6,000m、片発で3,000mまで可能。さらにホバリング性能を他機とくらべると表4の通りとなる。

表3 AB139のホバリング性能とTA級運用限界

   

ホバリング高度限界(m)

TA級運用限界
(m)

地面効果内

地面効果外

ISA

4,775

3,662

914

ISA+20℃

3,975

2,775

304

ISA+35℃

3,188

1,850

 

表4 ホバリング高度限界の比較

機  種

地面効果内ホバリング高度(m)

地面効果外ホバリング高度(m)

ISA

ISA+20℃

ISA

ISA+20℃

AB139

4,775

3,975

3,662

2,775

EC155B

1,895

965

865

ベル412EP

3,109

1,890

1,585

――

S-76C

1,722

不詳

549

――

 

 航続距離は残燃料なしで、標準燃料タンクのときが700km以上、増加タンクをつけると900km以上となる。

柔軟な多用性と整備性

 こうした構造および飛行能力をもつAB139ヘリコプターは、さまざまな用途に使うことができる。

 たとえば海洋石油開発の支援では、沖合230kmの石油プラットフォームまで作業員11人をのせ、45分間の予備燃料を残して往復することができる。また340kmの沖合ならば往路7人、復路11〜12人をのせることになる。こうした業務にそなえて、機体には電解腐食を防止する特殊メタルが採用され、胴体やキャビンフロアなど水分の侵入するおそれのある箇所には防水シール処理がほどこされている。緊急着水用のフロートは、普段は機体内部に格納されているが、機体の前後左右で水を感知して自動的に膨張する。パイロットの操作で膨らますことも可能。

 また社用機として事業所間の連絡便などに使う場合は、45分間の予備燃料を残して、飛行区間460km――すなわち東京〜大阪間で乗客11人となる。東京〜名古屋ならば満席の15人乗りで飛べる。VIP輸送の場合はデラックス席4〜6人乗り。

 救急機としては、上述のように患者2〜6人分の搭載が可能。また救難用ホイストをつけて広範囲の捜索救難機として使うことができる。

 軍用機としては戦場の最前線で兵員および物資の輸送、捜索救難、火器制圧、患者搬送、空中指揮など、あらゆる任務を遂行することができる。また敵のレーダーや赤外線による探知を受けにくく、騒音の低いことと相まって、柔軟な運用が可能。

 騒音は表5のとおり、機体が大きく重い割には静かで、着陸時の騒音はどの競合機よりも小さい。ICAOの基準に対しても5デシベルほど下回っている。

表5 騒音値の比較

機  種

離陸時

着陸時

水平飛行時

AB139

93.0(−4.9)

93.4(−5.2)

91.7(−4.9)

ベル412EP

92.8(−4.5)

95.6(−2.7)

93.4(−2.9)

S-76C

93.9(−3.3)

96.1(−2.1)

91.6(−4.6)

AS365N3

93.2

96.1

91.2
[注]単位はEPNdB(カッコ内はICAO基準値との対比)

 

 AB139は整備作業の簡便性についても設計上こまかい配慮がなされている。たとえばエンジンへのアクセスが容易で、点検や取り下ろしが楽にできる。また飛行前点検はパイロットだけで可能であり、遠くへ出かけるときも整備士がついて行く必要はない。定時点検は25時間点検と500時間点検のみ。ほとんどの装備部品がいわゆる「オンコン整備」で、部品の状態を見て手を加えるだけでよい。一定の時間でオーバホールが必要な部品は4品のみ、廃棄しなければならないのは5品だけである。

 これで飛行1時間あたりの整備に要するマンナワー(MH)は1.5MHとなり、直接運航費は1時間あたり750ドルが目標となっている。

安全上の特徴と今後の日程

 AB139の設計基準は欧州統合規格JAR29、米連邦規格FAR29に適合する。構造部分はフェイルセーフ設計で、各システムは2重の冗長性を有する。機体構造は万一不時着するような場合にそなえてあまり変形せず、降着装置は頑健で、燃料タンクは耐衝撃性をもち、座席も衝撃吸収能力が高い。また万一の場合にそなえて、ドアや窓の至るところが非常脱出口になっていて、不時着したようなときは全員迅速な脱出が可能である。

 尾部ローターの地上高が2.3mと高いのも安全性のひとつといえるだろう。

 構造部材はコクピット部分が複合材、胴体から尾部にかけてはアルミ合金である。

 コクピットは視界が広く、最新の完全統合型アビオニクス、ハニウェル・プリマス・エピックを装備する。操縦席前の計器パネルには8×11インチのディスプレイ4枚がついていて、あらゆる種類の飛行データ、エンジン・データ、その他の情報を表示する。

 油圧系統と電気系統は2重。防氷システムは主ローターおよび尾部ローターの各ブレード、エンジン空気取り入れ口、ピト−管、風防ガラス、水平安定板などに取りつけられている。これに雪氷探知システムが働いて、AB139は−40℃まで飛行可能となる。

 こうしたAB139は今後2002年末までに原型3機で1,500〜1,800時間の試験飛行をして型式証明を取る予定。ほかに1機が地上試験に使われる。

 飛行試験の状況は、3号機が飛んだ10月下旬までに2機で100時間余りを飛んでいた。この間、最大速度は290q/hを超え、最大上昇高度6,000mに達し、地面効果外のホバリングは高度3,600mでおこなわれた。いずれも最大全備6,000kgでの記録である。また最大上昇率は毎分670mを記録した。

 型式証明の取得後は直ちに量産機の引渡しがはじまるが、組立ラインはアグスタ社と平行してベル社にも設けられる。注文は最近までに欧州、米国、豪州、アフリカ、アジアなどから40機以上を受けている。

 キャビン・スペースが広く、出力の余裕が大きく、飛行性能にすぐれ、運航費が安く、抜群の生産性をもつという新世代の多用途ヘリコプターの誕生に期待しよう。 

表6 AB139の主要データ

要      目

数       値

全長

16.65m

ローター直径

6.90m

全高

4.95m

最大離陸重量

6,000kg

ペイロード

2,500kg

エンジン

P&W.PR6C-67Cターボシャフト

 離陸出力

1,679shp×2

 最大連続出力

1,531shp×2

 片発緊急出力(30秒)

1,872shp

 片発緊急出力(2分)

1,725shp

 片発緊急出力(最大連続)

1,679shp

最大巡航速度(海面位)

290q/h

上昇率(双発、離陸出力)

610m/分

ホバリング高度限界
 地面効果内
 地面効果外

4,775m
3,662m

航続距離(残燃料なし)

740km

滞空時間(残燃料なし)

3.9時間

乗員

2名

乗客

最大17名

 (西川渉、月刊『エアワールド』誌2002年1月号掲載)

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