「ヘリコプターについてどう思いますか」

 

 ヘリコプターは従来、山岳地の建設資材輸送や海上遠くの石油開発支援など、特殊な場所で特殊な仕事をしてきた。いわば人の目につかない仕事であったが、これが人目につくようになると、多くはマイナスの感情を持たれる。

 たとえばアメリカでは最近、テレビやラジオの報道取材に使われるヘリコプターが増え、交通事故などが起こると現場上空で長時間にわたって低空のホバリングを続けるので、やかましくて耐えられないといった苦情が聞かれるようになった。報道ヘリコプターは日本でも、阪神大震災では火事を消さず、人命を救助せずにテレビ撮影ばかりしているといって非難のまとになったことは記憶に新しい。

 むろん消火や救急は報道機の任務ではないが、一般の人びとからすればそんな区別はない。ヘリコプターそのものが頭上の蝿のようにうるさくて、危なっかしくて、不愉快なのである。

 アメリカ最大のヘリコプター会社、ペトロリアム・ヘリコプター社(PHI)のCEO、キャロル・サッグス会長も、一般の人びとがヘリコプターについてどう思っているだろうかと問われて「ヘリコプターができることは三つだけ。映画に出演して泥棒を追っかけ、戦争に行ってタンクを撃ち、天気が悪くなると墜ちる――その程度にしか思われてないでしょう」と答えたそうである。

 それを裏付けるかのように、アメリカ・ヘリコプター協会(AHS)が一般の人びとのヘリコプターに対する見方を調査したところ、次のような結果が得られた。

ヘリコプターに対する一般的印象       

 ・ヘリコプターは飛行性能が良くない。低いところをのろのろ飛ぶ。

 ・ヘリコプターは不安全な航空機だ。いつ墜落するか分からない。

 ・ヘリコプターはどんな仕事をしているのか。何の役にも立っていない。

 ・ヘリコプターはうるさい。苦情を言っても、いっこう直らない。

 ・ヘリコプターは遊覧飛行の値段が高い。だから乗りたいとは思わない。

 ・ヘリコプターは近くで見たことがない。ヘリポートが少ないからである。

 ・ヘリコプターは勝手に飛び回る。航空管制を受けないらしい。

 ・ヘリコプターは騒音がやかましい。生活の邪魔になるし、住宅地の価値が下がる。

 

 これを見ると、ヘリコプターは全く救いがたい気がするが、みんながそう思っているのだとすればやむを得ない。関係者としては覚悟を決めて人びとの言い分を受けとめ、あらゆる機会を通じて訂正してゆく努力が必要であろう。

 ヘリコプターが多くの人になじみがなく、嫌われる理由はコストと騒音のせいと思われる。値段が高いから買えないし、料金が高いので利用しにくい。誰が何のために使っているのか知らないが、騒音だけがやかましい。これでは都心部や住宅地に近い便利なところにヘリポートをつくろうとしても、人びとの反対にあって計画がつぶされるのは当然である。

 最近のニューヨークでも、マンハッタンに昔から存在した公共用ヘリポートの一つが閉鎖になり、もう一か所も使用制限がかけられて存在が危なくなってきた。

 

       

 昨年五月モントリオールで開催されたAHSの年次大会「AHSフォーラム55」では「パブリック・アクセプタンス・ワークショップ」が開かれ、ヘリコプターのイメージを変えるための対策が論議された。結論は、関係者がもっと積極的な行動を起こすべきだというものである。

 たとえば一般市民に対しては、ヘリコプターが警察、消防、救急など市民生活を守る公的活動で貢献していること、将来は公共交通機関にもなり得ること、地域経済の発展にも寄与していることを理解してもらうような啓蒙活動を展開しようということになった。

 また航空当局に理解してもらうべきは、最近のヘリコプターは安全で信頼性が高く、飛行性能範囲も大きく拡大している。最新のアビオニクス技術、計器飛行能力、さらにはGPSの利用技術などを使えば、昔の晴天時に有視界飛行をしていたよりも、はるかに安全な飛行が可能になった。したがって法規類や航空管制も、そうした進歩に合わせて変えてゆく必要がある。昔ながらの危険思想で規制ばかりを強めるようなやり方は改めてもらわなければならない。

 たとえば最近のヘリコプターは、双発タービン機の場合、計器飛行装備をしている機体が半数を超えるようになった。しかるに実際の計器飛行は一割に満たない。これはアメリカの状況だが、日本の計器飛行はゼロに近い。結果として天候の急変に遭遇すると事故を起こし、人が死んだりしているのである。

 

 国際ヘリコプター協会(HAI)も、今年から常任委員を置いて、ヘリコプターのイメージアップのための運動を展開することになった。テーマのひとつは「ヘリコプターは人の命を救う」というもので、三百五十機もの救急ヘリコプターが飛んでいるアメリカですら、ヘリコプターが救急に活躍していることを本当に理解している人はきわめて少ない。

 こうしたイメージアップ運動のためには、業界全体の一致協力が必要である。日本では今から十四年前の一九八六年に「ヘリコプターの日」が制定された。レオナルド・ダビンチの誕生日――一四五二年四月十五日にちなんで、一九八八年までの三年間は毎年四月十五日に記念行事として「ヘリコプターの夕べ」が開かれ、学識経験者による講演が行われた。また五月のゴールデン・ウィークには東京ヘリポートでヘリコプター・ショーが開催された。

 いずれも全日本航空事業連合会の主催で、ヘリコプター運航会社を初め、輸入商社やメーカーなどが協力してヘリコプターを飛ばした。その結果、東京ヘリポートには何万人もの人が押し掛け、珍しいヘリコプターの地上展示とデモ飛行を見物した。折りから日本経済高揚期で、景気のいいところへショーの宣伝も効いたのか、自家用ヘリコプターが急に売れ行きを増したものである。

 先日の東京ビッグサイトで開かれた国際航空宇宙展(TA2000)でも、ティルトローターBA609のモックアップを初め、多数のヘリコプターが展示され、普段は実機に触れる機会のない人びとから喜ばれ、大いに関心を高めた。

 さらにつけ加えるならば、筆者の関係するヘリコプタ技術協会では、TA2000の行事として、まる一日をかけ「二十一世紀をめざす新

 しいヘリコプタ技術」を主題とする講演会を開催した。日、米、欧の主要メーカー七社から第一線の技術者にきていただき、先端的な技術について一般の人びとにも分かりやすく話をしてもらった。

 入場者は総数三百八十人に達したが、近い将来わが国でも救急ヘリコプターが普及し、安全確実な計器飛行が可能になれば、人びとの印象も変わり、ヘリコプターの利用も増えるであろう。ヘリコプターの世界的なイメージアップ作戦を展開する必要がある。 

(西川渉、『日本航空新聞』2000年5月18日付掲載)

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