先日、ある整備士の人からイーメールで、ヘリコプターの事故に関する文献について質問を受けた。
ヘリコプターの事故について、きれいにまとめられた便利な文献は、私も見たことはないが、英「Flight International」誌は今年4月21-27日号で「ヘリコプターの安全」と題する特集を組み、1998年中に世界中で発生したタービン・ヘリコプターの事故239件について、それぞれの機種、搭乗者、死亡者、事故の状況と原因などを一覧できるような記事を掲載している。むろん、これが全てというわけではないだろうが、タービン・ヘリコプターの事故に関する全般的な状況はつかめるかもしれない。
それによると1998年の事故件数は239件で、97年の171件に対して4割増で、大きく悪化した。96年の218件にくらべても、やはり悪くなっているという。
これらの事故について原因だけを抜き出すと下表のようになる。
パイロット・エラー/判断ミス |
116 |
吊り下げ荷物/ケーブルのからみ |
10 |
エンジン故障/火災 |
57 |
低空での操縦操作 |
10 |
主ローターまたは尾部ローター故障 |
13 |
整備(作業ミスがはっきりしているもの) |
3 |
その他の機材故障 |
13 |
操縦不能 |
51 |
気象条件 |
13 |
ホワイトアウト/雪やほこりにまかれた |
8 |
電線衝突 |
12 |
氷結 |
1 |
操縦訓練 |
25 |
燃料切れ/汚濁 |
6 |
樹木などへの衝突 |
14 |
ボーガスパーツ/非正規部品の使用 |
7 |
空中衝突 |
8 | ||
CFIT |
9 |
その他 |
3 |
ただし、ほとんどの事故は原因が一つとは限らない。複数の原因が重なりあって、遠因から近因にきて、最後に事故になることが多い。したがって上の表でも原因数は事故総数を上回っている。逆に、事故原因のはっきりしない例もある。原因がはっきしりしない場合はパイロット・エラーとして片づけられることも多い。したがって上表のパイロット・エラーは実際よりも多いかもしれない。
余談ながら、事故の原因がパイロット・エラーである場合、なるほど最後の引き金を引いたのはパイロットかもしれぬが、彼をそこまで追い込んだのは周囲のお膳立てが悪かった場合が多い。航空会社ならば、社内の関係者や経営者が遠因をつくったと考えるべきであろう。
かつて事故を起こしたパイロットに対して「飛行機とスポーツカーをまちがえるな」と、まるで暴走族に対するような叱責をした経営者の話を聞いたことがあるが、こういう人が航空会社を経営している限り、事故はなくならないであろう。
なお、ヘリコプターの安全を特集している「Flight International」誌は航空図書館(新橋)で見ることができる。
ヘリコプターの事故データは、米国内とカナダのものに限っては、国際ヘリコプター協会(HAI)が集積している。これはFAA、米国運輸安全委員会(NTSB)およびカナダ運輸安全委員会のレポートをまとめたもので、会員には毎月の集計結果を「PRELIMINARY ACCIDENT REPORTS」として送られている。
最近は、しかし、会員でない人もインターネットで見ることができる。HAIのホームページにアクセスして、「U.S. PRELIMINARY ACCIDENT REPORT SUMMARIES」を探せばよい。
なお、この質問者が整備士だったので、余談をつけ加えると、HAIで毎年おこなっている表彰制度の中に「整備技術者安全賞」がある。これもHAIホームページで詳細を見ることができるが、たとえば1998年の受賞者は米エア・ロジスティック社のチーフ・インスペクターで、社内の整備訓練の教官で、また同社の整備マニュアルをもつくっている人だった。
上のHAIの速報データのもとになっているNTSBのデータベースは、同委員会のホームページで見ることができる。
膨大に過ぎて、目的のものに絞りこんでゆくのが大変だが、時間をかけて丹念に見てゆけば相当のデータを得ることができよう。
アメリカの飛行安全財団(FSF)のウェブサイトも充実している。対象はヘリコプターの事故ばかりではない。あらゆる航空事故を扱っているが、ヘリコプターについては「HELICOPTER SAFETY」という頁があって、2か月ごとに発行されている8頁の論評をそのままブラウン管上で見ることができる。
最後に、これら外国のデータベースよりもっと見応えのある日本のデータベースを見つけた。最初から、これを知っていれば私があちこち調べて回る必要はなかったのだが、外国のサイトをしらべたのち、念のために国内サイトを調べたていて見つけたのである。見つけたのは7月なかばのことで、2〜3日前の奈良のヘリコプター事故まで掲載されていたのには驚いた。
運輸省・航空事故調査官の佐久間光夫氏が個人的に作成しているサイトで、その趣旨は「航空事故の原因を知ることが事故防止につながることは、航空界では常識になっており、今日では航空事故の情報は、事故の防止に寄与するために、広く共有されることが国際的にも重要視されてるところです。ここでは、すでに公表されている運輸省・航空事故調査委員会の調査報告書の内容を、年度別、型式(機種)別、運航者(会社)別、都道府県別の各一覧表から検索できるようにしてあります。幅広い分野の方々に閲覧していただくことで、悲惨な航空事故の発生が一件でも少なくなることを祈っております」とのこと。
私が何か説明するよりも直接見ていただくのが最良であろう。ただし背景の色が藍色で、緑色のこまかい文字が並んでいるので、画面が見にくい。特に私のような目の悪い年輩者にはきつい。それに各頁からトップ頁へ直接戻れないのが不便である。けれども内容については、質量ともに脱帽のほかはない。
(西川渉、99.8.5)