<世界航空機年鑑>

2002年版ヘリコプター

 これまで20年ほど、何種類かの年鑑に航空関連の解説を書いてきた。「世界航空機年鑑」(酣燈社)、「航空宇宙年鑑」(日本航空協会)、「ブリタニカ国際年鑑」(ブリタニカ出版)などで、これらの執筆は今も毎年つづいている。

 また、廃刊になった「世界の翼」(朝日新聞社)や「世界の民間機」(航空ジャーナル社)などにも書いていた。

 年鑑だから毎年の最新版は参照されるけれども、旧版はお蔵入りになるのかもしれない。しかし実際は、少し前からの経過を見ながら現状や将来を考えるには、旧くなっても捨てるわけにはいかない。年ごとの版をそろえておけば、何かの参照資料として役に立つにちがいない。

 ということで、この20年来の旧版を本頁の上でそろえることを思い立った。年ごとの解説記事を、先ずは「世界航空機年鑑」のヘリコプターに関するもの――毎年の過去1年間をふり返りながら、今後の行く手を考える展望を、少しずつさかのぼって掲載してゆくことにしたい。以下は2002年版で丁度1年ほど前に書いたものである。

9.11多発テロの影響

 2001年9月11日、ニューヨークとワシントンで同時に起こった多発テロは、ヘリコプター界にも大きな影響を及ぼした。

 第1にアメリカを中心として世界的な経済不況を招いたことで、とりわけ民間ヘリコプターの運航が沈滞に陥った。飛ばす方が沈めば、つくる方もなかなか浮かび上がれないのは当然である。

 第2に、とはいえ、これもアメリカを中心として報復戦争の機運が高まり、アフガニスタンのような遠隔地でも充分な戦闘能力を発揮できる機材が必要という考えが強くなった。しかし、経済不況のために潤沢な予算が組めないことから、ヘリコプターについては現用機の改良、改修によって対処するという方法が盛んになってきた。

 第3に、国外への遠征ばかりでなく米本土の保安対策が重視されるようになった。米国のいわゆる「ホームランド・セキュリティ」であり、そのためのヘリコプター配備である。

 第4に、メーカー同士の競争関係はますます激化してきた。というのも、ヨーロッパ勢がアメリカほどの影響を受けなかったことから、今やアメリカ市場へ攻め込むチャンスという戦略を立てはじめたためである。

 第5に、その一方で、技術的、資金的に困難な局面を乗り切るための相互補完を求めて、競合メーカー同士の提携も盛んになってきた。一種の合従連衡といえるかもしれない。

 以下こうした状況を踏まえて、具体的な事象を見てゆくことにしよう。


(AH-1Z)

AH-1ZとUH-1Y

 いま欧米のヘリコプター・メーカーの中で、新規の開発段階にあるヘリコプターはシコルスキーS-92、ボーイング/シコルスキーRAH-66コマンチ、ユーロコプターEC225/725しかない。したがって最近初飛行した新機種も皆無である。

 おまけにコマンチ攻撃ヘリコプターは、9.11テロの影響を含むさまざまな状況から開発日程が遅れつづけ、最近は計画中止の声も聞かれるようになった。米陸軍としては将来の戦闘体制をつくり上げてゆく上で不可欠の機材としているが、論議は今後も絶えないであろう。

 一方で耐用限界に近づいた現用機の改良、改修計画はますます盛んである。たとえばAH-1Z、CH-47F、MH-60R、UH-1Yと、この1年余りの間にまるで新機種であるかのように「初飛行」と報じられたのは、いずれも改修機ばかりであった。

 しかし、改修の内容は新機種に近いというのがメーカーの言い分。AH-1ZとUH-1Yも外観は旧い機体と同じように見えるが、中身は全く新しくなっている、と。

 AH-1Z攻撃ヘリコプターは現用AH-1Wスーパーコブラから生まれた発達型で2000年12月7日に初飛行、UH-1Y汎用ヘリコプターは現用UH-1Nを改修して2001年12月19日に飛んだ。

 海兵隊の計画では、両機は戦場で共同して闘う。そのため構造上の共通性が高く、2基のGE T700エンジンを初め、複合材製の4枚ブレード、ヒンジレスでベアリングレスの主ローターヘッド、尾部ローター、テールブーム、トランスミッション系統、油圧系統、操縦系統、アビオニクス、電気系統などが同じで、84%の共通性がある。

 したがって海兵隊特有の遠征、進攻という作戦を進める上で、部品補給や支援隊員のことを考えるならば、両機の共通性はきわめて有利。本拠地でも部品や工具の保有量、乗員や整備員の訓練なども少なくてすむ。こうしたことから、両機が今後30年間使われるとすれば、海兵隊にとってはおよそ30億ドルの費用節約になるという。

 開発日程は、現在AH-1Zが3機、UH-1Yが2機、海軍のパタクセントリバー基地で試験飛行を続けている。これで総計1,300時間の試験をおこない、2003年夏までに完了する。そしてAH-1Zは180機、UH-1Yは100機製造する計画である。


(UH-1Y初飛行)

CH-47FとMH-60R

 CH-47Fは2001年6月25日に初飛行した。米陸軍が長年にわたって使ってきたCH-47Dを改修し、21世紀の戦闘にも対応できるような近代化をほどこした大型輸送用ヘリコプターである。改修内容は、2基のハニウェルT55-GA-14A-714ターボシャフト・エンジンを搭載して出力を強化すると共に、振動を減らし、アビオニクスを改善し、電子的な作戦管理システムを搭載している。また運航費、整備費も削減される。

 この試験飛行が完了すれば、米陸軍は現有機から改修型のCH-47Fを300機製作する。この新しいチヌークは2033年まで使われる予定だが、チヌーク原型1号機が初飛行したのは1961年だったから、同機は前後70年間にわたって使われることになる。

 もうひとつのMH-60Rは2001年7月19日に初飛行した。米海軍のSH-60Bを改修し、機体を強化し、新しいグラスコクピットに改めて、対潜、対艦、対空の戦闘能力を向上させたもの。すでに原型2機がパタクセントリバー海軍基地で試験飛行を重ねており、今の計画では2002年末までに既存の試作機を含めて9機を製造することになっている。

 最終的には米海軍の「ヘリコプター・マスタープラン」に従って、ヘリコプターの戦闘能力を高め、保有機種を減らして運用コストを引き下げるため、現有SH-60B/FおよびHH-60Hから総数243機のMH-60Rを製造する計画である。

 一方で、現用H-46ヘリコプターに代わるMH-60Sの改修計画もある。これが完成すれば、米海軍の現用ヘリコプター8機種はMH-60RとMH-60Sの2機種になり、両機合わせて約500機が製造される。


(CH-47F)

CH-53Eも近代化

 現用機の改修による近代化は、米海兵隊のCH-53Eスーパースタリオンについても同じような計画が始まろうとしている。

 CH-53Eは1980〜99年の間に236機が海兵隊に引渡された。現在は163機が飛んでいるが、その多くは寿命が尽きようとしている。そこで海兵隊は111機のCH-53Eについて若返り計画の準備を進めており、2004年から改修作業に着手する。

 その内容はスーパースタリオンをほぼ完全につくり直し、「新品同様」のCH-53Xとする。具体的にはエンジン出力の強化、機体構造の強化、コクピットの近代化、エラストメリック・ローターヘッドの採用、複合材ブレードの採用、S-92の開発から得られたブレード先端の整形、そして総重量の増加など。

 新しいエンジンの候補はFADECを2重装備したロールスロイスAE1107C(4,637shp)だが、今のエンジンGE T64-416A(4,380shp)にFADECはついていない。この出力強化により、新しいCH-53Xは機外吊下げ時の総重量が33,340kgから35,380kgへ増加する。そのため12,700kgの重量物を370km先の前線まで吊下げ輸送し、戻ってくることができる。現用機が370km進出し、戻ってくるには3,000kgしか積めない。

 こうしたCH-53近代化計画には総額41億ドルの費用がかかると見積もられているが、全く新しい機材を調達する場合の5分の1ですむ。改修作業は2018年まで続き、寿命は2025年まで伸びる見こみである。

 同じような計画は米軍ばかりではない。ドイツでも現用38機のCH-53GおよびGSを改修して、多機能ディスプレイを装備、計器飛行能力をもたせるなどの近代化をおこなうことになった。


(CH-53E)

「ディープ・ウォーター」計画

 こうした軍用機の配備に拍車がかかる一方、ホームランド・セキュリティ――すなわち米本土の保全という新たな任務を与えられた沿岸警備隊では、新しい「ディープ・ウォーター」計画が本格化した。

 これは沿岸警備隊の現用警備艇、航空機、および指令システムを新しく再編成するもので、警備艇91隻と、ヘリコプターおよび固定翼機を合わせて航空機206機を新たに調達するという大きな計画である。今後20年間に150億ドル(約1.8兆円)の支出になる。

 その全体システムについては、ロッキード・マーチン社など3社から提案が出ていたが、2002年6月末、ロッキード案の採用が発表された。この中にはベル/アグスタ社が開発中のAB139ヘリコプター34機が含まれている。

 沿岸警備隊は現在ユーロコプター社HH-65Aドーファンを93機とHH-60Jジェイホークを42機保有しているが、いずれも数年以内に耐用期限に達する。そのためS-92やティルトローター機など、さまざまな後継機が提案されていた。

ティルトローターの飛行再開

 ティルトローターは、V-22オスプレイが2000年12月11日の事故いらい飛行を中断していたが、2002年5月29日から試験飛行を再開した。17か月ぶりのことである。今後は1年半にわたる飛行により、ボルテックス・リングの回避に関する試験や低速ホバリングの安全確認、また氷結防止装置、レーダー警報装置、資材積み卸し装置などのテストをおこなう。最終的には7機のV-22で総計1,800時間の飛行をする計画になっている。

 このV-22に関して、アメリカ議会の承認した来年度の予算では、空軍と海兵隊向け11機の調達が含まれている。

 なお民間向けティルトローター機、ベル/アグスタBA609は、2001年末の初飛行予定が2002年4月、6月と延期され、一時は計画中止かとも伝えられた。2002年末には飛ばすというのがベル社の発表である。

 かくして米メーカー各社は、近代化という名のもとに旧型機の改良と改修が主要な仕事となったのではないかと思えるほど。新機種の開発を忘れたわけではあるまいが、一抹の寂しさは免れない。

 そこへ欧州勢が新機種をもって攻めこんでくる。やむを得ず業務提携をするといった具合で、ヘリコプター工業界は今や、経営面でも技術面でも奇妙な迷路に踏みこんだまま、新しい突破口を探しあぐねているかのようにも見える。 

(西川 渉、『世界航空機年鑑2002』掲載)


(飛行を再開したV-22ティルトローター機)

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