<ストレートアップ>

米国のヘリコプター救急と
交通事故救命率

 アメリカにADAMS(Atlas and Database of Air Medical Services)と呼ぶデータベースがある。下図のとおりアメリカの地図上に救急ヘリコプターの拠点を置き、そこから15分以内に飛んでゆける地域を円形で示したものである。ドイツの救急ヘリコプターによる半径50km地域の図に刺激されて、2〜3年前に完成した。

 作成したのは交通事故障害研究所とアメリカ航空医療学会(AAMS)が中心で、医療施設などの関係機関が協力し、運輸省の支援を受けている。背景にあるのはGIS(地理情報システム)で、インターネット・ウェブに組みこまれ、その中に全米50州とワシントンDCのヘリコプター救急拠点、救急機関、運航者、使用機種および機数、医療施設など大量のデータを収めている。

 その目的は、交通事故が起こったときに、どこにどんなヘリコプター救急機関があるか、どんな医療施設があるかがすぐ分かるようになっていて、直ちに救護活動に踏み出すためである。これに高度交通システム(ITS)を組み合わせ、GPSで探知した事故の位置が自動的に発信されるならば、ADAMSも自動的に反応して、直ちに救護活動をはじめることができる。

 このADAMSデータベースによれば、アメリカのヘリコプター救急体制の現状は、昨2004年10月1日現在、プログラム数が256であった。これらのプログラムが救急ヘリコプターを配備している拠点数は546ヵ所。そこに待機する救急ヘリコプターは、予備機を含めて総数658機である。

 これらのヘリコプターが出動要請から15分以内に救急現場に飛んでゆける地域は、どのくらいの広さがあるか。ADAMSとGISを組み合わせて計算すると、地理的には米国全土の19.2%に過ぎない。これを州別に見ると、たとえばアラスカは1.5%がカバーされているだけだし、ネバダ州も6.5%しかない。他方、デラウェア州は97.7%、メリーランド州は95.3%である。ワシントンDCはせまいせいもあって100%カバーされ、どこでも15分以内に救急ヘリコプターが飛んでくる体制ができている。

 このように地理的には不充分なところが多いが、人口面から見れば米国民の74.8%が15分以内のヘリコプター救急でカバーされている。そして96.5%の人が、35分以内にヘリコプターの救護を受けることができる。

 つまりアメリカは国土が広いために、放っておけば医療過疎にならざるを得ない。それをヘリコプターによって防いでいるのが上の結果である。

 こうしたデータベースをもとにして、最近の米『エア・メディカル・ジャーナル』誌に「ADAMSによって測定した救急ヘリコプターの到着時間と交通事故死亡率との相関関係」と題する興味深い論文が掲載された。

 これは上のように、救急ヘリコプターでカバーされる州ごとの人口比率を計算する一方、各州の交通事故負傷者に対する死亡者の割合を運輸省の2001年の統計から持ってきて、両者の相関関係を見たものである。たとえばメリーランド州では救急ヘリコプターが15分以内に飛んでくる地域の人口比が95.3%、交通事故の負傷者千人当たりの死者が10人。またバーモント州では人口比が10.4%で千人当たりの死者35人であった。やはりヘリコプターで救護される人口比率が高いほど、救命率も高くなる。

 この相関関係を示すのが下図である。相関係数は-0.70。すなわち強い相関があるという結果になった。ハイウェイなどの交通事故で、ヘリコプター救急を迅速に受けられるか否かによって、生死が分かれるということである。

救急時間と死亡率の相関図

[注]縦軸は交通事故による負傷千人当りの死者数。
横軸はアメリカ各州の救急飛行15分以内の人口比(%)

 同じような考え方から、スイスでは山岳国であるにもかかわらず、あるいは山岳国だからこそ、全国土の100%近い地域がヘリコプターでカバーされている。ドイツでもほとんどの地域が救急ヘリコプターの傘の下にあるが、夜間飛行をしないせいか、15分以内にヘリコプターの救護を受ける救急患者の割合は84%と聞いた。ちなみにアメリカとスイスでは夜間も救急機が飛ぶし、ドイツでも少しずつ始まった。

 ひるがえって日本の現状を考えると、ドクターヘリが10ヵ所で飛ぶようになったものの、15分以内に救護を受けられる地域の割合はどのくらいであろうか。面積としては、2.07%に過ぎず、アラスカ州よりいくらか良いものの、砂漠ばかりのネバダ州の6.5%に及ばないという情けないありさまである。

 念のためにカリフォルニア州は日本とほぼ同じ、1.1倍の面積をもつが、そこに配備されている救急ヘリコプターの拠点数は、上のADAMSデータベースによれば48ヵ所、15分以内にヘリコプターが飛来する面積比は37.1%、人口比は91.1%である。

 日本のドクターヘリがカバーしている人口の割合は、簡単には計算できないので、いずれどなたかお願いしたいと思うが、その後進ぶりがはっきりするであろう。

(西川 渉、「日本航空新聞」2005年8月25日付掲載に加筆)


9月9日「救急の日」、東京駅頭に展示されたドクターヘリ

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