なぜ飛行機を使わないのか

 

 

 阪神大震災から間もなく三年になる。きたるべき災害への備えも少しずつ進んできたかに見える。しかし航空機の活用については、ヘリコプターの機数だけは増えたものの、いまだしの感が深い。

 その問題については、これまでもしばしば書いてきたので、ここでは固定翼機について考えてみたい。というのは、政府の『防災基本計画』や各自治体の「地域防災計画」の中には、私の見る限り全く飛行機が取り上げられていないからである。

 防災手段としてヘリコプターが有効であることはいうまでもない。けれども、飛行機もまた使い方によっては、きわめて有効である。第1に飛行機はコストが安い。ヘリコプターの半分以下である。第2に飛行能力にすぐれる。速度はヘリコプターの2倍以上だし、キャビンや搭載量は大きく、航続距離や航続時間ははるかに長い。つまり、飛行機は安い経費で大きな能力を発揮することができるわけで、本紙の読者ならばどなたもご存知の通りである。

 では、飛行機で何ができるのか。考えられることを別表にまとめておいた。第1に「探査業務」だが、環境汚染や山火事など何か問題が起こったとき、それが何処なのかを探しにゆく。たとえば産業廃棄物の不法投棄、タンカーの座礁による原油の流出、工場から河川への有害物質の流出、大気汚染調査のための空気の収集といった探査業務が考えられる。

 あるいは山火事の発生をいち早く探知するために、外国では定期的に飛行機を飛ばし、見張りを続けているところがある。飛行機を火の見櫓の代わりに使うわけで、速度がはやく、航続距離が長いから、広い範囲を迅速に飛び回って問題の位置を探し出すのに適している。

 

 

偵察業務と緊急輸送

 次に災害の場所を見つけたならば、その内容を詳しく調べる必要がある。これが第2の「偵察業務」で、たとえば山火事がどこまで燃え広がっているか、地震による家屋や建物の倒壊がどのように広がっているか、倒壊の程度はどのくらいかなどを調べ、火災の火元や地震の震源を突き止める。

 そして消火のために、消防隊はどこから近づくべきか、道路の混乱と渋滞の中で、被災地へはどの道を通ってゆくべきか、高速道路や橋桁が崩壊していないかなどを上空から見極める。

 こうして得られた偵察の結果は、一刻も早く災害対策本部などに報告しなければならない。その伝達の方法は、無線による口頭報告はもちろん、テレビによる現場の映像を生中継したり、データリンクで文字を伝送したりする。むろん全て飛行機から可能である。

 さらに詳細かつ正確な被害の状況を記録するには、ビデオや普通の写真ばかりでなく、航空測量に使う垂直写真を撮る方法もある。地図の作成などに使う航空測量用の垂直カメラを、機体の胴体下面に穴をあけて取りつけ、水平直線飛行をしながら、何枚もの写真を少しずつ重ねて全域を撮影する。この重なりによって、出来上がった写真からは立体視もできる。これが飛行機による偵察業務である。

 第3に飛行機はみずから消火作業に当たることもできる。たとえばカナディアCL-215またはCL-415飛行艇などは機内タンクに約4トンの水を搭載し、火災現場の上空から一挙に放水することができる。カナダや南仏の森林地帯で山火事の消火に数多く使われている。これが飛行機による直接の「消防業務」である。

 第4の防災任務は「輸送業務」である。人員輸送と物資輸送の2種類が考えられる。被災地にできるだけ近い飛行場へ、救援隊員や救援物資を輸送する。飛行機の最も得意な活動分野であり、ヘリコプターには真似のできない輸送力がある。

 また被災地から逃れてきた人を、遠方の安全な場所へ送り出すこともできる。傷病者のためには救急搬送専用の飛行機も考えられる。

  

空中指揮と航空管制

 第5は「指令業務」である。救援部隊の指揮官や災害対策本部から派遣された責任者が飛行機に乗りこみ、被災地上空から地上の救援隊に向かってさまざまな情報を伝え、指示を出し、空中指揮を執る。

 また現場の救援隊と災害対策本部との間の連絡を取るのに、山岳や建物が邪魔をして無線電波が届かないような場合、飛行機が両者の中間地点で旋回しながら無線中継をおこなう。

 さらに被災地上空のせまい空域に向かって多数のヘリコプターが救援隊の輸送、消火、救急、救援物資の輸送、報道などの目的で飛来する場合、安全保持のためにヘリコプターよりも高いところで旋回しつつ、空中管制をおこなう。

 さらに米国などでは救援活動の邪魔にならぬよう、被災地上空の空域から一般航空機を閉め出し、飛行禁止にすることがある。そこへ見物のための野次馬機や無許可の報道機などが飛んでくると、上空から見張っていて空域外へ出て行くよう指示をする。

 また飛行機の胴体下面に拡声器をつけて、上空から住民へ呼びかけたり、避難誘導をおこなう。実際、昔はよく広告宣伝や選挙のときの棄権防止などの呼びかけに使われた。最近は騒音防止条例で禁じているところが多いが、災害時は無論そんなことはいっておられない。ただし阪神大震災で問題になったように、余り長く続けて騒音が地上の救助活動の妨げになってはならない。

 ほかに、飛行機は大災害のときばかりでなく、平時の危機管理にも有効である。特に難民監視などの空中パトロールには行動範囲が広く、航続時間が長いので、ヘリコプターよりも有効であろう。また97年12月16日から臓器移植法が施行されたが、そのための臓器搬送に飛行機は欠かすことができない。

 さらに長距離の患者搬送――特に外国で急病になったり怪我をした人の帰省搬送も飛行機以外の手段は考えられない。このインターナショナル・レパトリエーションも先進諸国では組織的、日常的におこなわれているが、「救急後進国」日本ではまだおこなわれていない。

 

税収が減れば予算も減らす

 以上のような災害対応の飛行任務は、ヘリコプターと協力し、相互補完をしながら遂行されるべきであろう。しかしヘリコプターと飛行機をくらべて、飛行機でも可能であれば、飛行機を使う方が安い。

 特に現在、消防防災ヘリコプターは、まず偵察飛行をすることになっていて、そのためのテレビ中継装置を搭載した機体も多い。これを取りつけると、機内は映像機器でいっぱいになり、自重も重くなってしまう。したがって消火用の水を搭載しようにもいくらも積めず、救急に使おうにも患者搬送用のストレッチャーがのせられない。

 そんなとき飛行機を併用すれば、問題は一挙に解決するであろう。しかも高価な大型機でなくても、ちょっとした軽飛行機で探査、偵察、生中継、空中指揮などの防災任務は実行可能である。

 日本の防災体制を見たイギリス人が、中・大型ヘリコプターばかりをそろえているのを知って思わず贅沢だともらしたが、まことにその通りである。おまけに、万一の場合それを使いこなすだけの体制がととのっていないとすれば、贅沢を通り越して無駄になってしまう。

 いま日本は行政機関も民間企業もリストラのまっただ中にある。景気対策のための減税問題にしても、政府は歳入減少の折から減税はできないというが、話は逆である。財政難ならば予算を削るのが普通のやり方で、支出額を変えずに税金だけを上げようとは、官僚特有の倒錯思考というほかはない。

 政府も税収に見合うだけの支出を考えるべきで、税収が減れば支出予算も減らすのは当然のこと。防災ヘリコプターも情報収集や要人輸送のためならば、もっと小さい機材で間に合うだろうし、安くて有能な飛行機に切り換えることだって考えなければなるまい。

 

 

別表:固定翼機で可能な防災任務

探査業務

・環境汚染探査(地面、海面、河川、大気)

・山火事

・汚染および火災の追跡調査

偵察業務

・被災の範囲と程度

・火災中心部の位置特定

・現場接近ルートの発見

・橋および道路状態の確認

・情報伝達 (口頭報告、テレビ生中継、データリンク)

・垂直写真撮影

消防業務

・放水(飛行機内部のタンクに水を搭載してきて、火災現場上空から放水する)

輸送業務

・救援隊員の輸送

・救援物資の輸送

・被災者の避難輸送

指令業務

・空中司令塔(コマンド・ポスト)

・救援隊への空中指揮

・現場救援隊と本部間の中継連絡

・空中管制 (被災地上空の航空管制、進入禁止空域の監視)

・拡声器による住民への呼びかけと避難誘導

平時業務

・空中パトロール (国境警備、難民監視、麻薬監視、密輸・密入国の監視)

・臓器移植のための搬送

・遠距離の国際救急搬送(インターナショナル・レパトリエーション)

 (西川  渉、『日本航空新聞』1997年12月18日付掲載)

 

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