世界のヘリコプター救急の特徴

 

 1年ほど前に英「エア・アンビュランス」誌の別冊として刊行された『エア・アンビュランス・ハンドブック』によると、救急ヘリコプターは下表の通り約600機が世界中で飛んでおり、ほかに300機余りの兼用機があるという。

 専用ヘリコプターは半数以上が米国内にあって、残りは西欧、北欧、豪州、カナダに多い。その中で日本はゼロと勘定されている。

国 名

機 数

専 用 機

兼 用 機

アメリカ

約350機

約100機

ドイツ

43

17

オーストリア

34

――

フランス

28

24

イギリス

22

46

イタリア

19

18

スイス

17

23

スペイン

17

南アフリカ

11

ニュージランド

カナダ

37

オーストラリア

フィンランド

スウェーデン

その他

29

43

合   計

約602機

約329

 [出所]英AIR AMBULANCE HANDBOOK, Aug. 1998

   

 これら諸外国のヘリコプター救急システム(EMS)を見てゆくと、各国ばらばらのようでいて、実際は多くの共通点がある。人命救助という最終目的は一つだから当然のことだが、その共通点のいくつかを抽出してみると次のような特徴が見られる。

 第1は救急専用ヘリコプターを使用していることである。救急車だって出動指示が出れば一刻を争って出て行く。同時に応急手当に必要な治療器具や装置も搭載していなければならない。どうしても救急車という専用車が要るわけで、その点はヘリコプターも同様である。

 第2は、そうした救急ヘリコプターに出動要請を出すのは、消防本部である。日本の119番に相当する緊急電話を受け、救急車で間に合うか、それともヘリコプターを飛ばす必要があるかを判断して、ヘリコプター出動の指示を出す。つまりヘリコプター救急といっても特別なものではなく、既存の日常的な救急システムの中に組み入れられなくてはならない。

 といっても、それに使用する機材は必ずしも消防機や防災機である必要はない。むしろ諸外国では、消防機関みずから救急ヘリコプターを飛ばしている例はほとんどない。実際は民間機をチャーターしている例が多い。

 第3に救急ヘリコプターは原則として病院の敷地内にあるヘリポートで待機している。医療機関や消防とは無関係にどこか遠くのヘリポートや空港に待機しているわけではない。バラバラに待機していたのでは、出動指示が出てから医師や救急隊員をピックアップしに行ったりして、現場到着までに時間がかかって、咄嗟の役に立たない。

 ヘリコプターが病院の中に待機しているので、第4に出動要請をうけたならば、病院の中で平常勤務をしている医師が直ちにヘリコプターに乗りこみ、一緒に現場へ飛んでゆく。ただし米国では医師の同乗は少なく、フライトナースが乗りこむ。またパラメディック(救急救命士)も同乗するが、彼らは救急現場で充分な治療のできる技能を有する。言い換えれば救急ヘリコプターの基本任務は、こうした医療スタッフを患者のもとへ送り届けることであって、病院への患者搬送は二の次である。

 5番目に、出動指示を受けたヘリコプターは2〜3分で飛び立つ。飛行計画をつくったり、天候チェックをしたり、現場の安全を確かめるなどという余裕はない。先ずは離陸して、現場の詳しい状況は飛行しながら無線で受ける。そして現場へは通常15分以内に到着する。アメリカでは30分ほどかかるような遠いところへも飛ぶことがある。15分以内ということは、ヘリコプターの速度から見て、ドイツ、スイス、ロンドンのように各機の担当区域が半径50km程度の範囲ということになる。

 第6。現場に到着したヘリコプターは、原則として救急患者のすぐそばに着陸する。どこか遠くの広場や予め設定されたヘリポートに降りて、患者が救急車で運ばれてくるのを待つといった悠長な考え方はない。

 ロンドンのような大都市ですら、1989〜95年の7年間に6,696回の出動をして、現場着陸ができなかった事例はわずか13回だけであった。また、これらの着陸位置は、患者から500m以内が全体の85%、200m以内が75%、50m以内でも40%という近さであった。

 ちなみにロンドンHEMSは「患者のそばに病院を運ぶ」という基本理念をもって仕事をしている。救急ヘリコプターの本務は患者搬送ではないという考え方は上述の通りだが、医師を現場に連れて行くばかりでなく、医師と医療施設を合わせた病院機能を患者のもとへ運ぶという考え方である。その理念は、現場から遠く離れたところに降りて待っているだけでは実現できない。

 7番目は24時間の運航態勢を取っているところが多い。アメリカ、カナダ、フランス、スイス、オーストラリア、北欧などがそうで、専用ヘリコプターが1日24時間、1年365日、いつでも出動できるような体制を取っている。ということは夜間飛行も辞さない。そのうえアメリカの場合は100か所ほどの病院ヘリポートがディファレンシャルGPSを設置して、気象条件の良くないときでも計器進入を可能にしている。

 ドイツはこれまで夜間出動をしなかったが、最近少しずつおこなわれるようになった。英国でも一か所だけ夜間の救急飛行をしているところがある。

 8番目は、各ヘリコプターの出動回数が1年間に1機平均1,000回前後に達する。ドイツでは1998年の実績が53機で6万回近い出動をした。1機当たりの平均は年間1,100回を超え、搬送した患者数も1,000人余りである。1機で2,000回を超える出動をした機体もある。ということは、ヘリコプターが救急車なみに使われていることで、決してトラの子のような特別扱いをされているわけではない。

 9番目は、救急患者の容態がどのような場合にヘリコプターが飛ぶのか。その出動基準が平易で分かりやすいことである。怪我人の意識レベルや呼吸、脈拍、骨盤骨折など、いくらでもこまかい基準を定めることができるが、あまり複雑にすると判断がむずかしくなる。

 ドイツでは素人でも判定できるよう、救急車では時間がかかる、患者の意識がない、複数の重傷者がいるという3点だけが判断基準で、このいずれかに該当すれば直ちにヘリコプターが出動する。

 そうなると、たとえばヘリコプターが現場に降りてみたら大した怪我ではなかったというようなケースも出てこよう。しかし、そういう無駄と思われる出動も、彼らは問題にしない。これを「空振り」というならば、ロンドンHEMSでは2割余の空振りがある。ドイツの「フェイル・ミッションは15〜18%」とも聞いた。しかし、その程度の空振りは、実効ある出動のためには止むを得ないというのが一般的な考え方で、これが10番目の特徴である。

 これは日本の話だが、いつぞや防災ヘリコプターが搬送してきた患者が意外に元気だったために、税金の無駄遣いと書いた新聞があった。しかし、この非難はおかしい。無駄遣いを心配する余り、格納庫に入れたままのヘリコプターの方がよっぽど無駄である。また空振りを恐れて、実際に必要な出動がいくらかでも見送られるとすれば、その方が余程大きな問題であろう。

諸外国のヘリコプター救急システムの特徴


 1 救急専用ヘリコプターを使用――民間機も起用

 2 消防機関を中心として日常化

 3 待機の場所は病院

 4 医療スタッフが同乗

 5 2〜3分で離陸、15分以内に現場到着

 6 現場に着陸

 7 24時間の運用体制

 8 出動回数は年間1,000回前後

 9 平易な出動基準

 10 空振りを恐れない

 このような、外国の先進的なヘリコプター救急の特徴や共通点に照らして、日本はどうすればいいのか。むろん真似をする必要はない。日本独自の方式をつくればよい。むしろ遅れてきただけに各国の良いところを取って、理想のシステムを実現することができよう。その日の一日も早からんことを願うばかりである。

(西川 渉、『日本航空新聞』99年7月22日付掲載)

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