<ドクターヘリの安全>

死亡無事故のカナダ救急飛行

 

 米ヘリコプター救急の事故は、多くの人が声高に「アンゼン、アンゼン」と叫びながら、依然として絶えることがない。今年も1月以来5件の事故が発生した。年末までにはまだ3ヵ月を残しているので、これで終わりというわけではないが、1〜9月の状況は下表の通りである。

日時

場所

組織

機種

死者

負傷者

2010.2.5
1920時

テキサス州エルパソ

サウスウェスト・メデバック

AS350B2

3

0

2010.3.25
0600時

テネシー州ブラウンズビル

メンフィス医療センター

AS350B3

3

0

2010.6.2
1400時

テキサス州ミドルシアン

ケアフライト

ベル222

2

0

2010.010.7
1920時

オクラホマ州キングフィッシャー

イーグルメッド

AS350B2

2

1

2010.8.31
0400時

アーカンソー州ウォルナッツ

エア・エバック

ベル206L

3

0
〔資料〕米NTSBウェブサイト

 

 本頁でも、アメリカのヘリコプター救急飛行の事故については繰り返し書いてきたが、2009年2月ワシントンで3日間にわたって開かれたNTSBの公聴会でなされたカナダの証人、カナディアン・ヘリコプター社のシルベーン・セクィン副社長の証言は、カナダの救急飛行が30年以上にわたって、夜間飛行も計器飛行もしながら、死亡事故は起こしていないという点で注目された。以下は今年初め、その証言をHEM-Net安全研究のために要約したものである。 

2009年2月3日NTSB公聴会での証言

シルベーン・セクィン
(カナディアン・ヘリコプター副社長)

カナダの全体像

 本日はカナダの救急飛行がどのようにおこなわれているかについて、お話いたします。アメリカとはやや異なったところもありますので、ご参考になれば幸いです。

 最初にカナダ全体のヘリコプター救急のもようを概観します。専用機による救急飛行が始まったのは1977年。救急飛行の条件はパイロット2人乗りで、それぞれ計器飛行の資格を有するということでした。

 それから30年余りたった現在、カナダ全体で拠点13ヵ所。予備機を含めて20機のヘリコプターが飛んでおります。運航するのはヘリコプター会社4社です。

 救急事業の形態は、基本的にはアメリカと変わりません。病院を拠点として、ハイウェイの事故その他の救急要請に対応します。夜間も飛びます。計器飛行もします。4社のひとつSTARSは夜間暗視装置(NVG)も使い始めました。

 これまでの飛行時間は総計およそ23万時間と推定されます。この間、一度も死亡事故はありません。2008年に1件の事故がありましたが、死者は出ていません。

 ヘリコプターの運航費は公的資金でまかなわれています。したがってアメリカのような料金回収の苦労がありません。契約は州政府の厚生省が入札によって決定します。

4州13拠点で実施

 カナダのヘリコプター救急は上述のとおり1977年オンタリオ州トロントでベル212双発ヘリコプター(標準15席)によって始まりました。次いで1985年アルバータ州カルガリーでSTARSがBK117(10席)の運航を開始、1996年にはブリティッシュ・コロンビア州とノヴァスコシア州でも始まりました。

 こうして現在は4つの州で、4社が救急ヘリコプターを運航し、およそ2,100万人の人口をカバーしています。カナダの総人口は約3,320万人です。

 そこで州ごとの現状を見てゆきます。オンタリオ州では拠点7ヵ所で11機のシコルスキーS-76Aが飛んでおります。運航開始から最近までに17万時間を飛び、死亡事故はありません。出動の35%は夜間で、25%が計器飛行です。2010年からはS-76A(14席)に代わって、AW139(14席)が10機導入される予定です。

 アルバータ州では拠点3ヵ所で5機のBK117が飛んでおります。1985年以来25,000時間を飛び、死亡事故はありません。夜間飛行は40%、計器飛行は1%以下です。2009年から3機のAW139がBK117の補強のために導入され始めました。

 西海岸のブリティッシュ・コロンビア州は拠点2ヵ所でS-76Aが2機とベル222(10席)が1機飛んでおります。1996年以来の飛行は25,000時間を超え、死亡事故はありません。夜間飛行は45%、計器飛行は25%程度です。

 東海岸のノヴァスコシア州は拠点1ヵ所、S-76Aが1機飛んでいます。1996年以来9,000時間ほど飛んで、死亡事故はありません。夜間飛行は35%、計器飛行もおよそ35%です。

 以上を一表にすると下のようになります。このほか、これらの定常的な救急飛行を補うために、必要に応じて他社のヘリコプターを臨時にチャーターして救急飛行に充てることもあります。この場合は安全を考慮して昼間の飛行に限定し、また余り遠隔の地まで飛ばないようにしております。

開始年

拠点数

使用機

飛行時間

夜間飛行

計器飛行

オンタリオ

1977

7

S-76A×11

170,000

35%

25%

アルバータ

1985

3

BK117×5

25,000

40%

1%未満

ブリティッシュ・コロンビア

1996

2

S-76A×2
ベル222

25,000

45%

25%

ノヴァ・スコシア

1996

1

S-76A

9,000

35%

35%
〔注〕飛行時間は事業開始以来の累計

 


カナダのヘリコプター救急拠点

医療クルーの訓練

 救急ヘリコプターに乗りこむ医療クルーは、オンタリオ州とブリティッシュ・コロンビア州がパラメディック2人、アルバータ州とノヴァスコシア州がパラメディックとフライトナースです。しかし、救急患者の内容によって変わることもあります。

 医療クルーの訓練は、パラメディックの場合、乗務のための基礎的な事項、機内での任務、緊急時の対応、毎日のブリーフィングなど。さらにホバリングしながら外へ出る訓練もおこないます。完全な着陸ができない場所で外へ出なければならないようなこともあるからです。

 またパイロットなどの運航クルーも含めて、山の中のサバイバル訓練や水中からの脱出訓練もします。

 訓練のためにはシミュレーターも使います。

出動指令

 以上のような救急ヘリコプターに出動要請を出すのは、各地の救急指令センターです。救急電話の受付け拠点には医師も待機していて、電話を受けた職員が判定できないときは医師と相談し、ヘリコプターに出動要請を出すか出さないかを決めます。

 電話を受ける職員は判定のための訓練を受けており、基準書を持っていて、それにしたがって判断します。この基準書にはヘリコプター、飛行機、救急車などのいずれを出動させるか、判定の仕方が書いてあります。現場到着までの時間や傷病の程度などを勘案して判定するわけですが、そうした基準に合わないような事案のときは医師に相談し、最終的な判断を下します。

法規と訓練

 次に法的な枠組みですが、気象条件や夜間の有視界飛行条件はカナダ航空法に定められたとおりです。計器飛行はパイロット単独でも可能ですが、救急飛行では認められません。

 また夜間暗視装置(NVG)の使用は、STARS社が始めたばかりですが、障害物の上空1,000フィート以上、視程3マイル以上という有視界条件に限っております。ただし山間部の飛行は視程5マイル以上です。

 パイロットはNVGの訓練を受ける必要があります。基礎的な講義を受けたのち、3時間の実飛行訓練を受けます。さらに上級のNVGパイロットになるには35回の離着陸訓練と山間部での飛行訓練をおこない、上級課程の講義も受けます。

 われわれはカナダ航空法と州当局の実施条件を厳格に守って仕事をしております。州当局の条件の中にはシミュレーター訓練も含まれております。そして最低2,000〜3,000時間の飛行経験(州によって異なる)、1,000時間の機長経験、100時間の当該機種経験、定期事業用操縦士の資格、計器飛行資格、夜間飛行訓練、身体検査合格証などが要求されます。また水中でのサバイバル訓練も必要です。

 副操縦士は最低飛行経験500時間ですが、夜間飛行訓練を終了し、計器飛行の資格を持っていなければなりません。

 繰り返しますが、使用機は全て双発機で、計器飛行装備をしており、パイロットは2人乗務、機長は定期事業用と計器飛行の資格を持ち、シミュレーター訓練を受けております。

 また機体はほとんど格納庫に納め、整備士が常に点検しております。

 これらの条件は、しかし、カナダに限ったことではありません。アメリカでも、たとえばニュージャージー州警察は、双発ヘリコプターS-76Bを使い、計器飛行の資格を持ったパイロット2人が乗り組み、運航管理も1ヵ所に集中しています。そして1988年以来35,000時間以上の救急飛行をしていますが、事故は皆無です。

安全管理システム

 次は、安全管理システム(SMS)を、どのようにして救急飛行に応用するかという問題です。

 航空の安全は明らかにトップダウンによって始まります。すなわち要員、機材、施設、訓練などの内容を決めるのは組織のトップです。その基本方針の下に中間管理職の人たちが作業要領や判断基準を定めます。現場の職員は、これらの基準に従って仕事を進め、「ゴーかノーゴーか」の判定をします。

 上に立つ者は、安全にかかわる現場からの報告に耳を傾け、些細なことにもきちんと対応し、罰則を科してはなりません。些細な問題に対応することが大事故の予防になります。というのは、ここで一度、処理の前例をつくっておけば、次に同じようなことが起こるのを予防したり、現場の職員だけで対応できるようになるからです。

 この積み重ねが標準作業要領(SOP)や方針になってゆくわけです。

(要約:西川 渉、「HEM-Net安全研究報告書」2010年3月刊所載)

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