<AMTC2009>

安全は取り戻せるか

 

何故こんなに死ぬのか

 クリント・イーストウッド主演の『続・夕陽のガンマン』は、隠された金貨をめぐって3人のガンマンが争う西部劇である。3人とは善玉、悪玉、そして卑劣漢という役柄で、原題も"The Good, the Bad and the Ugly" となっている。

 この同じ表題を掲げた講演を、2009年10月カリフォルニア州サンノゼで聴いた。といっても、映画の話ではない。国際航空医療学会AMTC2009の会場で、講師はシカゴ大学のアイラ・ブルーメン教授。主題は近年アメリカで多発する救急ヘリコプターの事故である。

 ブルーメン先生によれば、映画の中で激しい撃ち合いに勝ち残ったイーストウッドが「こんなに沢山の男たちが何故無駄に死んでゆくのか、俺は情けないぜ」といった台詞(せりふ)を吐く。そこで先生も「これほど沢山の人が何故無駄に死んでゆくのか、恐ろしいことだ」という。


ブルーメン教授の講演スライド表題

 確かに米ヘリコプター救急界の近年の事故はすさまじい。この10年間の事故は下表のとおり136件。毎月1件以上の割で事故が起こり、その3分の1が死亡事故で、117人が命を失くした。しかし、講演のあった2009年は1年近く死亡事故がなかった。それが表題の"The Good"である。

 ところが講演の一と月ほど前、9月25日にサウスカロライナ州で事故が発生、3人が死んだ。死亡無事故が続いた345日目で、これが "the Bad"に当たる。

 そして下表をよく見ると、2008年は飛び抜けて死亡事故が多い。1年間に9件で、29人が死亡。これが最悪の"the Ugly"に当たる――というのがブルーメン先生の解釈であった。

 確かに当時、2008年10月17日付のシカゴ・トリビューン紙は「このような醜悪で恐ろしい記録を一般の人びとが知れば、誰も救急ヘリコプターには乗りたがらないだろう」と書いた。

 米国運輸安全委員会(NTSB)の委員長も「最近の連続事故はまるで伝染病だ」と語っている。

事故総数

うち死亡事故

搭乗者総数

うち死亡者

1999

10

3

34

10

2000

13

4

34

11

2001

13

4

36

5

2002

14

5

42

14

2003

19

4

49

7

2004

14

6

45

18

2005

17

6

43

11

2006

12

3

32

5

2007

11

2

35

7

2008

13(14機)

9

50

29

合  計

136

46

400

117
〔資料〕シカゴ大学アイラ・ブルーメン教授

公聴会での論議の要点

 では、どうすればいいのか。ブルーメン教授は医師であって、航空の専門家ではないから、やや抽象的な結論ではあるが、危機管理という観点から関係者の姿勢、参加意識、訓練、判断力という4点を挙げた。すなわちヘリコプターに乗る運航クルーや医療クルーはもとより、地上職員も管理職者も経営者も、あらゆる人びとの姿勢が重要。誰もが安全は他人事(ひとごと)ではないという参加意識をもち、職種を問わず訓練を受け、安全上の判断力を養う必要がある、と。

 これは、むしろ問題提起といった方がいいかもしれない。航空人はそれに答える義務があろう。NTSBの委員長も連続事故は伝染病とばかり嘆いているわけにはゆかぬはずで、ついに2009年2月初め、救急ヘリコプターの安全性向上のための大公聴会を開催した。会合は4日間に及び、招かれた証人は41人という規模である。

 その速記録はウェブ上で読むことができるが、今ここで詳細をご紹介している余裕はない。ただ筆者なりに要点をまとめると、次のような問題点が指摘され、論議されたといってよいであろう。

  • アメリカの救急ヘリコプターは近年急激に機数が増え、10年間で2倍以上になった。このもようは下表に示すとおり。
  • 新規参入が増えると、規模の拡大すなわち量的な増加に反比例して質的な劣化が生じる。
  • 新規参入のほとんどは、従来のような病院拠点の事業ではなく、飛行場や基地ヘリポートに待機する独立事業で、その地域の救急本部から直接出動指令を受ける。むろんヘリコプター運航の事業免許を保有する。
  • そのため同じ地域で複数の事業がおこなわれるようになり、競争になる。
  • 飛行料金は、病院拠点の事業については病院からチャーター料として支払われる。しかし独立事業はみずから料金を回収しなければならない。すなわち患者の加入する医療保険会社や患者個人から料金を受け取るわけだが、この場合しばしば回収不能が発生する。
  • 競争激化や回収不能によって採算性が悪くなれば、安全性の確保が困難になる。すなわち小型単発ヘリコプターなどの安い機材が増え、人件費が抑制される。

   

2009

2008

2007

2006

2005

……

2000

拠点数

714

699

664

647

614

……

――

機体数

867

840

810

792

753

……

<400
〔資料〕ADAMSデータ各年

救急飛行の危険な要素

 上のような問題点から見れば、ヘリコプター救急事業の急増が諸悪の根源のようにも思える。しかし、そもそも救急飛行は本質的に危険な要素をかかえている。

 具体的には、四六時中待機をつづけ、出動がかかれば一刻を争って飛び立ち、救急現場の未知の不整地にも着陸しなければならない。それも昼夜を問わず、24時間いつでも対応するのが原則で、夜間飛行も少なくない。また、有視界飛行が原則だが、悪天候に遭遇することもある。

 とはいえ、救急業務そのものは現代社会に不可欠。しかも最近は地上の救急車だけでは不充分ということになってきた。速くて機動力のあるヘリコプター救急はどこの自治体も歓迎する方向にある。

 一方、航空法から見れば救急飛行も航空事業の一種である。したがって自由化という根本原則により、一定条件を満たしていれば、新規参入を規制することはできない。かくてアメリカでは、先の表に見るように、10年間で2倍以上、800機を超える規模にまで膨張した。

 こうした状況を前提とし、上の公聴会の結果を踏まえて、NTSBは2009年9月1日、下表のような19項目の安全勧告を発表した。

勧告対象

勧告事項

FAA

1 パイロットの公式訓練基準の設定

2 シミュレーター訓練の充実

3 各組織内の安全管理システム(SMS)の構築

4 フライト・データ・レコーダー(FDR)の搭載

5 飛行時間の報告と集計

6 気象情報の的確な把握

7 低高度空域のインフラ設計

8 空域整備の実行

9 夜間暗視装置(NVG)の取りつけと訓練

10 自動操縦装置(オートパイロット)の装着

公的運航機関

1 パイロット訓練の徹底

2 SMSの実行

3 FDRの搭載

4 NVGの装備

5 オートパイロットの装着

連邦合同委員会

1 救急ヘリコプターの出動要請に関するガイドライン作成   

2 救急手段の適切な選定に関するガイドライン作成

厚生省公的医療保険本部

1 公的保険金の給付方式の再検討

2 安全水準に応じた給付額の設定

〔資料〕NTSB, September 1, 2009

 

 このうち最初の10項目は連邦航空局(FAA)に対する勧告である。NTSBは民間の航空会社に直接指示や命令を出すわけではない。FAAが勧告を受け、それを法令や通達に変えて航空会社に実行させる。ただしFAAの判断によって、NTSBの勧告すべてが実行されるとは限らない。勧告を法制化するには複雑な手続きが必要だし、時間もかかる。むろん必要なことはしなくてはならないが、航空会社の自主性にまかせることも少なくない。

 あるいは経済的な問題もあって、NTSBの勧告する安全機器を何でもかでも装備すると費用がかかるし、重量もかさむ。FAAとしては、もっと安くて軽いものが開発されのを待って義務化しようといった考えを取ることもある。

 そのあたりがNTSBの不満にもなっていて、FAAがなかなか勧告を実行しない。それが安全を損なうのだという声も聞かれるほどである。

ヘリコプターの安売り

 NTSBの勧告のうち5項目は、州政府や市町村の警察など自ら救急ヘリコプターを運航している公的機関に対するもので、内容はFAAへの勧告と重複する。そこで、これら15項目を見てゆくと、パイロットの訓練を徹底すると共に、各事業組織の中に安全管理体制を構築し、気象情報を的確に把握して、判断の誤りなきを期する。一方で自動操縦装置、夜間暗視装置(NVG)、フライト・データ・レコーダー(FDR)などの安全関連機器をヘリコプターに装備する。

 FAAは、これらの安全策を運航者に実行させると共に、自らは低空域の飛行管制システムをつくって、ヘリコプターが安全に飛行できるようにする。また定期航空と同じように、救急ヘリコプターの飛行回数と飛行時間の報告を義務づけ、それを集計することという勧告もある。

 飛行時間は、各企業や事業体ではむろん集計されている。けれども国全体の統計がない。これでは業界の動向や事故率を計算することもできない。したがってヘリコプター救急の安全を論じながら、良くなっているのか悪くなっているのか、本当のところが分からない。これでは対策の立てようもないというのが2月の公聴会で聞かれた関係者の不満だった。ブルーメン教授も証言の中で「測定できないものは管理できない」と語っている。

 もうひとつ上の表の勧告対象となった連邦合同委員会とは、連邦政府の中の関係省庁をつなぐ横断的な委員会である。2点の勧告内容は、救急ヘリコプターへの出動要請や指令の出し方について、国として安全を考慮したガイドラインを作成すべしというもの。

 たとえば同じ地域に複数のヘリコプター救急事業が存在する場合、出動要請を受けたA社が天候の悪化が予想されるために断わると、次からは呼んで貰えない。そのうえA社に断られたことを伏せたままB社に要請する。B社は無理をして飛び、悪天候の中で事故を起こしたりする。なんだか日用雑貨の安売り店を探すようなもので、これをアメリカでは自嘲をこめて「ヘリコプター・ショッピング」と呼び、安全などは考慮の外にある。

 さらに、ある救急事案に対してヘリコプターを使うか救急車だけでいいのか、出動手段の選定に関するガイドラインの作成を勧告している。2月の公聴会でも、軽症者にヘリコプターを飛ばすなど、無駄な出動が多いという指摘があった。それだけ事故の可能性も増えるという批判に応えた勧告であろう。


同じAMTC2009でのNTSBの講演
パイロット2人乗りの利点を説き、1人ならば
せめて自動操縦装置をつけるように主張している。

安全に影響する採算性

 NTSBの勧告は、最後の2項目で厚生省の公的医療保険――メディケアとメディケイドを扱う保険本部に対し、救急ヘリコプターへの給付額をもっと増やすこと。増やすにあたっては、運航形態の安全度によって金額を区別するよう求めている。具体的には双発機の使用、パイロットの2人乗務、NVGの装着など、NTSBの勧告に従う程度に応じ、支払い金額にも差をつけるべきだというのだ。

 NTSBは本来、事故の原因調査が基本任務である。調査の対象も操縦操作、機材故障、天候不良といった直接的なことがらで、それにもとづく勧告も技術的な問題ばかりであった。しかし、ここにきて経済的な勧告が出てきたのだ。

 このような例が過去にあったかどうか。ともかく航空の安全が技術面ばかりでなく、経済面にもかかわっていることを公式に認めたものといえるかもしれない。この点は、この勧告の最大の特徴で、重要な意味を持つのではないだろうか。

 救急ヘリコプターの運航経費は、アメリカでは医療保険から支払われる。しかし、保険に入っていない患者の場合は、個人的に支払って貰わねばならない。そのため3割前後の回収不能が起こる。

 おまけに、患者が医療保険に入っていても、保険会社がさまざまな理由をつけて金額を削ってくる。最大の問題は患者が乗っていないときの飛行は支払いの対象にしないというのだ。したがって独立事業者は自分のヘリポートや空港などの拠点から先ず無償で現場へ飛び、患者を乗せて病院へ搬送し、患者を降ろして再び無償で自分の拠点に戻る。つまり3区間を飛ぶうち2区間が無償なのである。

 あるいは現場で患者を診るだけで、あとは救急車で搬送した場合、ヘリコプターは完全なタダ働きである。だからといって事の性質上飛ばないことはないが、運航者も経費を切り詰めようとするのは当然であろう。そのため安全が損なわれるというのがNTSBの見方である。

 しかし民間保険会社に直接勧告するわけにはゆかない。そこで厚生省の公的健康保険本部に勧告を出したわけだが、NTSBが今まで運送事業の採算面にまで立ち入ることはなかった。しかし救急ヘリコプター事業に関しては、経済問題を解決しなければ安全問題も解決しないという考え方から、政府管掌の保険で範を示し、民間の医療保険会社もそれにならってくれることを期待するのであろう。この勧告が実行に移されるならば、安全面でも、おそらく最もすぐれた効果を発揮するにちがいない。

パイロット・エラーに疑問

 NTSBの勧告に先だって、米ヘリコプター操縦士協会(PHPA)も救急ヘリコプターの安全性向上のための提言を発表している。2009年4月のことであった。

 PHPAはヘリコプターの事業用パイロット4,000人以上の会員から成り、そのうち1,500人以上が救急飛行の実務にあたっている。したがって救急飛行の事故多発には、かねてから憂慮してきた。とりわけ事故原因の7割が「パイロット・エラー」という結論になっている点には疑問をもち、これはコクピットの外側から見ただけの結論に過ぎないと主張する。

 しかし、ヘリコプターには大型旅客機のようなFDRが搭載されていないので、原因究明もなかなか真実にせまれない。対地衝突(CFIT)もそうで、ベテラン・パイロットが正常な操縦をしながら、なぜ山にぶつかり地面に突っ込むのか。本当のところはよく分からぬまま、パイロット・エラーとして片付けられてしまう。

 この場合パイロットは事故の犯人ではなく、むしろ犠牲者なのだとPHPAはいう。その背景にあるのは、悪条件の中で飛ぶための適切な装備や充分な訓練がなされていないためである。ヘリコプター業界の経済的な現実は、同じパイロットといっても、定期航空とは大きく異なる。定期航空は安全施設のゆき届いた空港で発着し、飛行中も航空管制に護られ、航空機にはあらゆる安全装備がつき、パイロットは徹底した訓練を受ける。

 ヘリコプターの場合、たしかに事故の罪をパイロットに着せれば話は簡単だし、おそらく正しいかもしれない。たとえば小型の単発ヘリコプターが限度いっぱいの重量で夜間、暗視装置もなければ地形警報装置もなく、コパイロットやオートパイロットも乗せないまま、交通事故の現場から漆黒の闇に向かって飛び立てば、電線にぶつかったり方向を見失ったりしない方がおかしいくらいだ。しかし、だからといって、こんなことから生じた事故をパイロットの所為(せい)というだけでは、次もまた同じことが繰り返されるというのである。

14項目の期限つき提言

 そこでPHPAはアメリカ議会に宛てて14項目の提言をおこない、実行のための予算措置を求める。

 たとえばパイロットの訓練について、いかに長い操縦経験と飛行時間を持ったパイロットでも、初めて救急飛行任務につくときは、事前の訓練と慣熟が必要。新たに雇用したパイロットがベテランだからといって、直ちに単独で救急機長として仕事につけるのは極めて危険である。

 慣熟訓練に際しては実際の救急飛行に副操縦士として同乗させ、不整地への着陸、夜間飛行、悪天候下での飛行などを経験してもらう。さらに新人パイロットばかりでなく、経験のあるパイロットについても、緊急操作などは年に数回の再訓練が必要。それも普段乗っている機種を使って、いつも飛んでいる地域でおこなうのが望ましい。

 次いで、企業や事業体の中に安全管理システム(SMS)を構築する必要がある。安全は文書や口先(リップ・サービス)だけで保てるものではない。とりわけ組織のトップにある人の姿勢や言動が重要だが、これには外部からの観察と規制がものをいう。たとえば損害保険会社は航空保険を引き受けるにあたって、その会社の安全への取り組みをよく見て、SMSもできていないような企業に対しては保険料を高くすべきではないか。

 PHPAの提言は、実施すべき事項が期限つきである点も力強い。たとえばNVGは2年以内に取りつけることとし、それ以降これを装備していないヘリコプターは夜間飛行を禁止する。また地形探知警報装置(TAWS)は、これから買い入れる機体については初めから装備し、現用機は3年以内に取りつける。GPSを利用した可動カラー・マップも、1年6ヵ月以内に全機に取りつける。計器飛行装備は5年以内とし、装備のない機体は昼間飛行に限定する。FDRは、ボイス・レコーダーを含めて、4年以内に全機装備する。

カナダは死亡事故皆無

 米ヘリコプター操縦士協会の提言では、パイロットは2人乗務が望ましいという。2人乗務はヒューマン・エラーを防ぐ最良の手段であり、とりわけ夜間の不整地着陸などには必須条件である。どうしても2人乗務ができないときは、自動操縦装置が必要だが、オートパイロットはコパイロットの代わりにならないことを承知しておく必要がある、と。

 パイロットの2人乗務はカナダの救急ヘリコプターが実行している。2月のNTSB公聴会におけるカナダ代表の証言によれば、夜間出動や天候悪化にそなえてパイロットには計器飛行の資格、機体には計器飛行装備が要求される。

 ついでに、カナダの救急飛行は州政府の公的資金によってまかなわれている。したがってアメリカのような料金回収の手間がかからない。運航拠点は病院。拠点数は13ヵ所と国土面積の割にはきわめて少ないが、競争も少ないであろう。そうした状況によるものかどうか、カナダでは1977年の運航開始から30年余り、死亡事故は全く起きていない。

 もう一度PHPAの提言に戻ると、救急ヘリコプターは多発機を求めている。飛行中に片発が止まっても、安全な飛行が続けられるカテゴリーAの機能が必要。ちなみに現在、アメリカでは多数の単発ヘリコプターが救急飛行に使われており、ブルーメン教授の講演では、2009年の877機のうち392機、すなわち45%を占めるほどであった。

 PHPAの提言はさらに、気象庁は全国各地に自動気象観測ステーションを設け、せまい地域の気象が正確に把握できる発信システムをつくり、救急ヘリコプターのパイロットが飛行前も飛行中も、いつでも気象情報が取れるようにすべきであると主張する。これによって、天候急変による事故は大幅に減らすことができるだろう、と。

 またFAAは、衛星利用の航法システムADS-Bの整備を急ぐべきである。ADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)とは、航空機がGPSで得た位置情報などを高精度で、頻繁に自動発信する仕組みだが、その整備のためにFAAは2005年に担当部局まで設置しながら、いっこうに作業を進めようとしない。このシステムは特にせまい空域で低空を飛ぶヘリコプターにとっては極めて有効であり、他機との間隔を保ち、相互に通信することもできるので、航法上の安全性が高まる。

 PHPAが代弁するパイロットたちの声は、最先端の実務にあたっているだけに具体的、かつきわめてきびしい。同時に、現状が如何に深刻であるかを物語っている。提言を受けたアメリカ議会がどんな反応をするか分からないが、すみやかに所要の予算を認め、FAAその他の関係機関に実行を促すべきであろう。

ドクターヘリは大丈夫か

 さて、それでは日本は如何にあるべきか。ドクターヘリは現在20機。この春までには、あと2〜3機が増える見こみである。幸いにして事故はないけれども、これから毎年4〜5機ずつ増えることを思えば油断はならない。

 ただし飛行条件は、今のところアメリカよりも恵まれている。夜間飛行はないし、現場着陸も、ときには患者に近い不整地におりるが、一方で河川敷、空地、グラウンドなど、あらかじめ臨時離着陸場を設定し、患者の容態に応じて無理をしないようにしている。

 パイロットは1人乗務だが、横に整備士が乗り、病院や救急車との無線連絡、障害物の見張りなどでパイロットを助ける。

 運航費は公的負担によってまかなわれているので、日常的な経済競争はない。ただし都道府県ごとにドクターヘリの運航会社を決めるときは入札をおこなう。

 気がかりなのは、病院待機の場所に格納庫のないところが見受けられる。夏も冬も、昼も夜も、野ざらしのままで置いてあるのは、精密機械から成るヘリコプターの安全にとって決して良いことではない。防犯の面でも危険である。格納庫は必須条件と考えるべきであろう。

 今後の課題は夜間出動である。病気や交通事故は夜が明けるのを待ってはくれない。そこで夜間の救急飛行を実行するには、上のNTSBやPHPAの勧告にも見られるように、ヘリコプターに自動操縦装置、計器飛行装備、暗視装置の取りつけなどが必要になろう。無論パイロットも、そのための訓練を受けなくてならないし、計器飛行に準じた2人乗務も必要ではないだろうか。

 リスクの判定や出動判断の手順なども、機長独りにまかせるのではなく、組織としての判断基準を決めておかねばならない。もっとも、これは夜間飛行でなくとも必要なことである。

 さらに重要な問題は経費の増加である。夜間待機となれば必要な人員は2倍になり、交替と休養を考えると3倍になる。またパイロットの2人乗務を考えるならば、経費はさらに増大する。こうした人件費に対応する予算を準備することが何より重要である。安全の確保には費用がかかり、費用が出せなければ危険な領域に踏み出すべきではない。

 そして何よりも安全の問題。やや古い統計だが、アメリカの1998〜2005年のヘリコプター救急飛行で、夜間の出動は35%、事故は47%だった。つまり夜間の救急出動は昼間の2倍近い危険を伴う。ドクターヘリの夜間飛行の実行に当たっては、これらの要件を充分に考えなくてはならない。

 安全の問題は論議も対策も限りがない。アメリカの事故多発はむろん不幸なことだが、日本にとっては他山の石とすべきであろう。

 
NTSBが示す米救急ヘリコプターの最近の死亡事故

 (西川 渉、「航空ファン」2010年3月号掲載) 

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