<救急ヘリコプター>

操縦の心得

 警察や消防の航空隊に向けたアメリカの季刊雑誌"Vertical911"(垂直飛行911)2014年夏号が救急ヘリコプターの安全について、パイロット向けの助言を掲載している。

 著者はガイ・メイハー。16,000時間以上の飛行経験を持つパイロットで、ヘリコプターのほか飛行機にも乗っており、計器飛行の資格を持つ。救急ヘリコプターの操縦経験は24年。そのかたわら自分の会社をつくって、航空機の運航や安全などに関するコンサルタントをしてきたという。

 ここに、そのベテラン・パイロットが示している9項目の助言を要約しておきたい。

1 われわれはヒーローではない。

 救急出動に際して、ここで何か手柄を立てて人びとの喝采を浴びようなどと考えてはならない。色気は禁物。おとなしく確実に飛行することだけを心がける。

2 自分の限界を見きわめて、それ以上の無理はしない。

 これまでの事故例を見ると、ほとんどが同じような原因で起こっている。すなわち気象情報を読み誤って天候急変に遭遇したり、いいところを見せようとして不用意な事態に陥ったり、自分の技術や機体の性能について過信したり……そんな、何でもないことが事故を招く。

3 救急飛行は95%が人間関係、操縦技術は5%。

 パイロットは、医療スタッフや救急隊員とのつきあい方こそ肝要。さらに救急現場では、患者の関係者が大声を上げて無理難題をぶつけてくることがある。ときには暴力をふるわれるかもしれない。それに真正面から立ち向かえば、却って事態を悪化させるおそれがある。こんなときどうすればいいか――あらかじめ関係者の間で話し合っておく必要がある。

 もうひとつ、天候がはっきりせず、出動するか取りやめるかの判断に迷うようなとき、医療クルーの要求に従うのは危険である。彼らには気象判断のための知識、経験、権限、責任がない。これは、機長が患者の治療に関して医療スタッフに指示する権限がないのと同じこと。

 もとより医療スタッフも、すでに機長の判断を尊重する気持ちを持っている。したがって強引な主張はしないけれども、言わず語らずのうちに、パイロットにプレッシャーがかかることがある。

 こうした人間関係が飛行の安全を左右する。

4 われわれが飛ばしているのはヘリコプターではなく、人間である。

 操縦はできるだけ静かにおこなう。いくら急ぐからといって急上昇、急降下、急旋回などをしてはならない。同乗する医療スタッフが患者の世話や治療に集中できるように配慮する。

5 訓練

 通常の飛行訓練や非常訓練を先輩パイロットから受けるのは当然のことだが、そのほかにも同僚パイロットの中から信頼できる友人をつくり、日頃の活動中に何かの疑問が生じたときは、その友人に問いかけ、相談し、助言を受けるのがよい。

 同じ任務についている同僚たちの経験を知ることは、きわめて重要である。安全管理というものは、自分1人でできるものではない。

6 休暇と休養

 救急ヘリコプターのパイロットには日曜も祭日もなく、盆も正月もない。世間的な休祭日とは無関係の、別のサイクルによって休日が巡ってくる。しかし、世間一般の9時から5時まで働く勤め人よりは休日数が多いはずで、それを如何に有効に使うかが大切である。

 おそらく最も重要なことは、自分なりのやり方で、日頃のプレッシャーを解き放つことであろう。

7 機体整備に関心をもつ

 といって、整備士の仕事に口出しをせよというのではない。自分の乗る機体がどんな状態にあるか、関心をもつべきである。ときには整備士と同じ安全靴をはき、同じ工具をもって、一緒に整備作業をするのもよい。整備の手助けをすれば、いつかは整備士がお返しをしてくれるだろう。

8 飛行を楽しむ

 瀕死の患者を乗せて飛ぶのは決して気が楽ではない。しかし、われわれはパイロットであって、医療者ではない。キャビン後方では今、医療者による奇跡が起こりつつあるが、パイロットはそのことからできるだけ気持ちを遠ざけ、操縦に専念すべきである。

 強いて何かをすべきだとすれば、患者の家族が同乗しているようなとき、その人に声をかけてあげるといったことであろう。

9 退きぎわを知る

 長年にわたって救急飛行にたずさわった結果、その仕事に慣れっこになり、以前のような新鮮な情熱を感じなくなったときは、そろそろ退(ひ)きぎわに近づいたと考えるべきだ。そのまま、だらだらと仕事を続けているのは却って危険である。

 普通の会社員は、仕事に情熱を感じなくなって、ちょっとしたミスをしてもさほどの危険はない。けれども救急ヘリコプターのパイロットは、気持ちが燃え尽きてくると、自分ばかりでなく、多くの人を巻きこむような危険を招くことがある。

 そんなふうになったときは、これからどうするか、今後の計画を心の中で考えるべきである。

 いうまでもなく、救急ヘリコプターのパイロットは決して生やさしい仕事ではない。この仕事は、大きなプレッシャーがかかり、心の中にフラストレーションや困惑を生じさせる。余り長く続けるべき仕事ではないかもしれない。

 この著者は、つい最近、救急パイロットを降りて、引退したらしい。とはいえ「私はいつも満ち足りた気持ちで救急ヘリコプターを操縦してきた」と書いている。その一方で「こんなきつい仕事は、早くやめるべきではないか」という疑問が胸の内にわいてくることも多かった。けれども、その答えはずっと「ノー」であった。

 結果として24年間「救急パイロットであり続けた」と、誇りをもって本文を結んでいる。

(西川 渉、2014.7.8)

 

 

    

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