<ATRターボプロップ旅客機>

進歩と拡大つづく

 

 ATR双発ターボプロップ旅客機が注目を集めている。改良と進歩が続いているからだ。1984年の初飛行以来、長年の実績に裏打ちされた信頼感に負うところも大きい。

 加えて近年、アジア太平洋地域の航空需要が伸びているところから、去る2月なかばシンガポール航空ショーでも人びとの関心を呼んだ。事実、インドネシアのライオンエアは、ショー会場で27機のATR72-600を発注した。同航空は現在、ATR72-500を16機運航しているが、2015年までにATR保有機数を60機まで伸ばし、世界最大のATR運航会社となる。

 またアジア太平洋地域では、現在エアライン52社が251機のATR旅客機を使っている。世界中で飛んでいるATRの28%に相当する。例外は日本とオーストラリアで、この両国だけはATRの姿が見られなかった。しかし、そのオーストラリアでも最近ついにATRが飛ぶようになった。スカイウェスト航空がATR72-600を使い始めたからで、ヴァージン・オーストラリア航空も同機を発注した。

 いずれは、日本でもATRが飛ぶようになると思われるが、それに先だって同機の現状を見てゆくことにしよう。

風向きが変わった

 シンガポール航空ショーの1と月ほど前、パリでATRの記者会見が開かれた。席上、最初に強調されたのはリージョナル航空界の風向きが変わってきたことである。50〜90席のリージョナル旅客機の売れゆきを見ると、2011年の受注実績はターボプロップ機が全体の85%を占めるに至った。ジェットは残りの15%にすぎない。この傾向は、すでに2007年を境として始まっており、この年からターボプロップ機の受注数がジェット機をしのぐようになり、2009年、10年と差を広げてきたものである。

 この統計の対象機種はATRのほか、ダッシュ8、E145/170/175、CRJ200/700/900で、いずれも90席以下。そしてEシリーズとCRJシリーズがジェットである。この中でATRは2011年受注実績の8割という市場を抑える成果をあげた。

 同様に引渡し数もターボプロップ機が増えており、2011年の実績は全体の72%を占めた。また受注残は77%がターボプロップ機で、ATRは70%を占めている。

 50〜90席クラスのリージョナル機は、一時ジェットが優勢だった。エンジンの進歩によって、近距離用の小型機でも、ジェットで採算が合うとされたからである。しかし近年、燃料費の高騰によって採算を取るのが難しくなってきた。

 その一方で、新しいATR-600は最新の技術により、ターボプロップの燃料効率がいっそう良くなり、排気ガスが減って、騒音も少なくなった。その結果、環境にやさしく、経済性も高くなり、乗客の乗り心地の良さと相まって、リージョナル航空界で高く評価されるに至った。

拡大つづくATR市場

 そこで2011年のATR機の実績を見ると、受注数は確定157機で、2007年の最高記録を40%も上回る結果となった。ほかに79機の仮注文がある。

 確定受注157機の内訳は、ATR42(46〜50席)が13機、ATR72(68〜74席)が144機。また、全体のほぼ3分の1,50機はアジア太平洋地域からの注文であった。これはシンガポール航空ショーで見たようにアジア地域の経済発展と需要拡大に伴うものだが、もうひとつ従来のリージョナル・ジェットや第1世代のターボプロップ機の代替機として、ATR機の市場が広がりつつある。

 ATRの市場拡大は、たとえば2011年中の発注企業の中に新しい顧客が10社も含まれていることからもうかがえよう。さらにリース会社からの発注が、受注数の2割に達することも大きな特徴で、ここからATR機の新たな顧客が生まれることになる。

 こうしてATR機の2011年中の生産数は54機となった。うち10機がATR42-600である。また、2011年末の受注残は224機となり、前年末の159機を大きく上回った。金額にしておよそ50億ドルに相当する。これらの受注残を消化するために、ATR社は今後生産数を増やし、2012年は70機を出荷する計画である。さらに2013年には80機、14年には85機程度の生産と引渡しが予定されている。そうなると売上高も増えるから、現在13億ドルの収入は、近く20億ドルにも達すると見られる。

A380の技術も援用

 改良型の新しいATR72-600が型式証明を取得したのは2011年5月であった。その1号機は8月から、最初の発注者エアモロッコの定期路線に就航したが、このときリージョナル航空界に一段高い快適水準が生まれたといえよう。乗客70人で1,500kmの航続性能をもつ同機は、最近までの半年間に約3,000時間を飛び、定時出発率は99.7%という高い値を示している。

 機体形状は高翼。アルミ合金製だが、構造部材の一部に複合材が使われ、水平尾翼、方向舵、ウィングボックス、エルロン、フラップ、エンジン・カウリングなど、重量にして19%を占める。

 エンジンはPWC100シリーズ。ATR72-600はPWC127M(3,365shp)を2基装備するが、ブースト機能によって定格出力を4.5%アップし、高温高地や短滑走路での離着陸も可能。燃料タンクは容量5,700リッターである。

 プロペラはハミルトン・サンドストランドの6枚ブレードで、電子的にコントロールされる。このプロペラ前縁を初め、エンジン空気取入れ口、風防、主翼前縁、尾翼前縁などには電熱式の防氷装置がつく。

 操縦室は完全にデジタル化され、超巨人機A380のグラス・コクピット技術を援用している。ATR72-600の場合、アビオニクスはタレス、航法装置はハニウェル・トリンブルHT1000を基本とし、これに自動操縦装置その他の電子装備が組み合わされてパイロットの作業負担を軽減し、カテゴリーVAの計器着陸も可能となった。これで滑走路面の高さ15mまで雲の中を進入し、視程200mで着陸できる。マニュアル類も紙をなくし、全て電子ディスプレイ画面に映し出されるペーパーレスである。

 操縦席前面の電子ディスプレイは5面。うち2面が飛行データを表示する基本ディスプレイ。次の2面が航法、通信、機体システムの概況を表示する多機能ディスプレイ。最後のひとつがエンジン・データ、チェックリスト、不具合管理などを示す警報ディスプレイである。

 降着装置は3輪式の油圧引込み脚。ミシュランのタイヤとアンチ・スキッド・コントロール装置がつく。


エア・ニュージランドのATR72-600

優雅なキャビン内装

 客室はインテリア・デザインで有名なジウジアロが手がけ、優雅な内装は世界で最も信望の高いシカゴ・グッドデザイン賞などを受けている。

 座席は軽量スリム・シートが左右4列。中央の通路をはさんで2列ずつ並び、最大74席。左右3列のファーストクラス席を入れることもできる。

 頭上の手荷物入れも拡張され、大きなキャリーバッグの収納が可能。照明にはLEDを採用。乗降ドアは後方左側につくが、エアラインの希望によって前方左側にもつけ、ボーディング・ブリッジからの乗降も可能となる。これで乗客70人と貨物500kgを搭載して区間距離550kmを飛行する。巡航速度は500q/h。

 貨物室は前後2ヵ所だが、貨物専用機へのクィックチェンジも可能。そのためのキットが準備され、45分の作業で客室はコンテナの搭載が可能となる。これにより同じ機体を昼間は旅客輸送、夜間は貨物輸送に使うことができる。コンテナは胴体前方の標準貨物ドア(1.52m×1.27m)からの出し入れが可能で、容積は2.8立方メートル。最大搭載量は500kgで、これを一度に13個まで搭載する。

 さらに大型旅客機と同じLD3コンテナ7個を搭載する貨物機に改造することも可能。この場合は、前方貨物ドアを2.95m×1.8mまで大きくする。こうしたATR貨物機は現在50機以上が使われている。

日本の地域航空

 さて、このような100席未満の旅客機を使用するリージョナル航空は、いま日本ではどのような状況にあるのだろうか。

 日本の地域航空は現在、ヘリコプター路線を除いて、10社でおこなわれている。使用機は88機で、そのうち58機――すなわち3分の2がターボプロップ機である。国土がせまいので当然のことであり、よほどの長距離区間でなければジェットもターボプロップも飛行時間に大した差はない。

 もうひとつは燃料費が上がってきたため、燃費の多いジェットでは採算が取りにくくなった。2005年頃は1バレル50〜60ドルだった原油価格が、今や2倍の100ドルを超えるほどである。そのため世界的には、リージョナル・ジェットの運航を取りやめるエアラインが増え、冒頭で見たようにジェットの発注や生産が減っている。ターボプロップへの回帰が始まっているのだ。

 さらに日本の現用ターボプロップは、旧世代のものが多い。そろそろ買い換えの時期になっているはずだが、買い換えの対象が50席クラスであれば、今や製造中の機体はATR42しかない。また70席クラスであればATR72-600が最有力候補になる。むろん昔ながらの機体を再び入れることも可能だが、コスト・パフォーマンスに差が出るであろう。

 そこで今370km区間で旅客輸送をする場合、ATR72-600(70席)は51分間の飛行で632kgの燃料を消費して、区間コストが188,869円となる。それに対して現に飛んでいる競争相手(74席)は、飛行時間が44分と7分ほど短いものの、燃料消費が939kgと1.5倍近くにはね上がり、226,432円の運航費がかかる。ATRの2割増である。

 これらの数字はATR社の計算だから、いくらか割り引きして受け取る必要があろう。けれども毎日何回も同じような飛行をくり返すとすれば、1年間に生じる差は決して小さいとはいえない。

90席級の大型機も計画

 そこでATRの今後はどうなるだろうか。ATR社では現在、南仏ツールーズの本社工場でATR72-600とATR42-500の生産がおこなわれているが、現在試験飛行中のATR42-600が間もなく型式証明を取得、2012年8月から量産機の引渡しに入る。それに伴い、今年中に旧来の-500の製造を終わり、ATR72-600およびATR42-600への完全移行を果たす計画。

 こうした新規開発に加えてATR社は世界各地にエアライン支援のための訓練センターや部品補給の拠点を増やしつつある。最近はパリ、トロント、および南アフリカのヨハネスブルグにパイロットの訓練センターを開設した。

 特にアジア太平洋地域では、予備部品の補給施設をシンガポール、ニュージランド、クアラルンプールに置いている。また台湾、ベトナム、マレーシア、シンガポール、バンコク、インド、ニュージランドなどに重整備のための工場も有する。

 もうひとつATR社は昨年来、90席クラスの大型ターボプロップ旅客機の構想を検討し始めた。具体的な設計仕様はまもなく公表されるもようで、今年はそれをもとに顧客への提案を進め、年末までに開発着手の決断をする意向と伝えられる。開発コストはおよそ20億ドル(約1600億円)と想定されている。

 ATR社は、90席以下のリージョナル・ターボプロップ機について、向こう20年間に3,000機の需要があると予測している。そのうち50席クラスが500機、70席クラスが1,600機と見て、残りが90席クラスになる。

 1981年の発足から30年。ATRは今やターボプロップ旅客機の先端を走るようになり、その進歩はとどまるところを知らない。

(西川 渉、月刊エアワールド誌、2012年5月号掲載)

ATR-600の基本データ

      

ATR72-600

ATR42-600

客席数(席)

68〜74

48〜50

主翼スパン(m)

27.1

24.6

全長(m)

27.2

22.7

全高(m)

7.7

7.3

空虚重量(kg)

13,000

11,300

最大離陸重量(kg)

22,800

18,600

エンジン

PW127M×2

PW127M×2

巡航速度(q/h)

511

555

航続距離(km)

2,100

1,800
 

 

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