復活なるか、実用オートジャイロ

 飛行機の専門家は、パイロットでも技術者でも、ヘリコプターにはちょっとした不安感を持っている人が多いらしい。ときどき、あんな羽根のない航空機には乗りたくないといった声を聞く。同様に、ヘリコプターの専門家はオートジャイロに疑問をもち、前世紀の遺物か子どもの玩具くらいにしか見ていない。したがって、マイクロライトやホームビルトは見かけるけれども、実際に乗ったことのある人は余りいないのではないだろうか。ところがオートジャイロは決して不安全な乗り物ではない。それどころか、飛行機やヘリコプターにくらべてはるかに安全というのがジャイロ派の言い分である。

 そもそもオートジャイロは、回転翼航空機としては、ヘリコプターの先駆者であった。ヘリコプター特有のローターの原理やオートローテイションなども、実はオートジャイロによって実現したものである。オートジャイロがなければ、ヘリコプターの発達は10年も20年も遅れただろうといわれるほどだ。

 オートジャイロの特徴は、飛行機と同じような胴体とプロペラを持ち、頭上にはヘリコプターと同じローターが回っていることで、何だかティルトローターの説明にも似ているが、ヘリコプターやティルトローターと違って、ローターはエンジンとつながっていない。エンジンはプロペラを回すだけで、その推力が機体を前進させ、前進に伴う気流を受けてローターが自動回転をする。そこから揚力が発生して比較的短い滑走で離陸することができる、というのがオートジャイロの基本原理である。

 そのことから、オートジャイロは飛行機よりも短い滑走で離着陸できるし、飛行速度を落としてもなかなか失速しない。したがって安全であると同時に、もし失速したりエンジンが停まったりしても、機体の降下に伴う気流がローターに当たって揚力を発し、墜落するようなことはない。

 これはヘリコプターのオートローテイションに相当するが、オートジャイロのローターは常に自動回転――すなわちオートローテイションの状態にある。一方、ヘリコプターのローターは自動回転ではないから、飛行中にエンジンが停まると急速に回転が低下する。したがって急いでクラッチを切り、急降下をしながらオートローテイションに入れ、ローター回転を維持しなければならない。そのあたりの操作を考えても、オートジャイロの方が操縦がやさしく安全というのである。

 もうひとつオートジャイロの利点はコストの安いことである。たとえばローターは揚力を受け持つだけだが、ヘリコプターの主ローターは揚力と推進力の両方を負担しなければならない。そのためエンジンによって駆動され、常に一定の速度で回転する必要があり、機構も複雑になる。したがって設計、製造、整備、運航が厄介で、コストがかかる。また必要馬力が大きく、燃料消費が増えて、やっぱりコストの増加につながる。

 一方、オートジャイロのローターは揚力を支えるだけだから、構造は簡単だし、回転数も気ままなもので、気流に応じて自然に変化する。燃料消費も少なく、コストは安くてすむ。ただしホバリングだけは、オートジャイロにできない。だから重量物の吊り上げ搬送や遭難者のホイスト救助などは不可能で、そこのところはヘリコプターにおまかせしますということになる。

 だがオートジャイロも、最終的には垂直離陸が可能になった。離陸の直前に限ってエンジン出力をローターに伝え、滑走せずに揚力が得られるようにしたのである。これで郵便局の屋上からでも郵便輸送ができるようになり、1930年代から40年代初めにかけてフィラデルフィア、ワシントン、シカゴ、ニューオーリンズなどではオートジャイロが郵便物を積んで屋上から飛んでいたらしい。

 このように多くの長所をもつオートジャイロが、ヘリコプターよりも早くから実用になりながら、戦後はなぜ普及しなかったのだろうか。「オートジャイロ」というウェブ・エッセイによれば、理由のひとつは、ローター回転が空力的なものだったからではないかという。

 ヘリコプターのローターはエンジンによって駆動されるので、理解も早い。けれどもオートジャイロのように自由回転をするだけで揚力を発するといった空力学的な理屈は理解がむずかしく、つかみどころがなくて不安感がつきまとう。そのせいかどうか、米陸軍は英陸軍と違って、なかなかオートジャイロを採用しようとしなかった。しかるにシコルスキー・ヘリコプターが飛びはじめるとすぐにR-4Bとして採用している。

 もうひとつは、これは筆者の推論だが、オートジャイロを発明したファン・ド・ラ・シエルバがスペイン人だったからではないか。当時、新しい航空機の採用に熱心だったのはアメリカで、シエルバもアメリカの会社と組んで米国政府への売りこみに努力し、現に郵便機として採用されたが、軍用機にはなれなかった。しかるにシコルスキーはVS-300が成功するや、直ちに採用されたのである。おまけに1936年、シエルバ自身が航空事故によって死んでしまう。わずか41歳という若さであった。

 ところが最近、実用オートジャイロの挫折から半世紀以上を経て、復活の兆しが見えてきた。計画のひとつは「カーターコプター」と呼ばれ、試作機は昨年9月に初飛行した。胴体後方のプロペラに加えて、固定翼とローターを持ち、離陸の際はヘリコプターのようにローターを駆動して垂直に上がる。巡航中はローターを自動回転させながら、主として固定翼で揚力を負担し、高度15,000mを650km/hの高速で飛ぶことができるという。

 最終目的は今の空港問題を避けて、都市から都市へ空港を使わずに直接高速輸送ができるような航空機を実現すること。民間型ティルトローター機と同じねらいだが、コストははるかに安いらしい。

 もうひとつの計画は「グレン・ジャイロプレーン」。ローター・ブレード先端にラム・ジェットをつけ、最初の10〜15秒間回してジャンプ発進をする。あとはプロペラと固定翼で高速・長航続の飛行をするというもので、機体は4〜6人乗り。空のタクシーとして、ドアからドアへ安く飛び回ることができるという。

 いずれも新しい夢と理想を追うプロジェクトで、果たして実現できるか、やや心もとないところもあるが、話を聞くだけでも想像力が掻き立てられる。そもそも成層圏をオートジャイロで飛ぼうなどという発想を誰がするだろうか。一見やわなオートジャイロがコンコルドと同じ高度を飛び、しかも地球一周の長航続性能を持つというから、実現すればきっと面白かろう。

(西川渉、『WING』紙、99年5月26付掲載)

 (「本頁篇」目次へ) (表紙へ戻る)