<ファーンボロ2004>

エアバス対ボーイング(5)

 

 英『エコノミスト』誌が最近、ファーンボロ・ショーでのエアバス対ボーイングの競り合いについて、何度か取り上げている。英国で開催された航空ショーだから当然のこと、一般の人びとにも関心がもたれたからだろう。「イギリス南部の小さな町で、大きな航空機メーカーが覇権をめぐる論争を繰り広げた」といった見方である。

 この経済誌の読者は、むろん航空マニアでも何でもない。ごく一般の人びとだから、内容もさほど専門的にならず、しかも勘所は抑えてあって分かりやすい。

 ここでは、そうしたいくつかの記事をまとめて見てゆこう。

 最初はボーイング対エアバスの競り合いの背景である。エコノミスト誌の解説記事を要約すると次のようになる。

 エアバス社は英、独、仏、西の4か国によるヨーロッパの合弁企業。対するボーイング社は1997年マクダネル・ダグラス社と合併したアメリカの企業で、両社はこの10年来、きびしいつばぜり合いを演じてきた。

 2001年9月11日の多発テロでは、双方ともに打撃を受けた。が、エアバス社はノエル・フォルジャール氏指揮の下に回復のきざしを見せつつある。とりわけ2002年10月イージージェットからA319-100旅客機について大量100機余の注文を受けたことが跳躍へのバネとなった。しかもイージージェットは、それまでボーイング737を70機ほど使っていたから、この転換はボーイングには打撃であった。

 そして2003年はボーイングよりも多数の機体を生産し、軍用機に関してもボーイングに打ち勝って契約を獲得した。それに対してボーイング社は2003年7月、主に宇宙関連部門で1億9,200万ドルの損失を出した。2004年に入ってからも、6月末までの上半期受注数ではエアバスの後塵を拝している。

 しかし近年、両社共に犯罪捜査の対象となった。エアバスの場合は、1997年のサベナ航空の破綻がエアバス社との取引に起因するのではないかという疑惑がもたれたもので、2002年9月からベルギー裁判所の捜査がはじまった。

 一方ボーイング社は経営幹部とペンタゴンの高官との間で、空中給油機の調達に関して不正な話し合いがおこなわれたことが発覚、経営トップのフィル・コンディット氏が退任した。その後を継いだのは2002年に辞めていたハリー・ストンサイファー氏である。

 こうした背景の下、エアバス社は2003年281機の旅客機を引渡した。今年は300機を生産する予定だが、2007年には450機以上の生産計画を立てている。

 10年前、エアバス社の製造する旅客機は、ボーイングの5分の1でしかなかった。だが、この10年間エアバスのシェアは大きく伸びて、ついに昨年ボーイングをしのぐことになったのである。そしてファーンボロから聞こえてくるニュースでは、両社の差は今後もっと開くかに思われる。

 特にエアバスの伸びに拍車をかけるのはA380であろう。この555人乗りの2階建て「スーパージャンボ」は、2006年から引渡しがはじまる。そして恐らくは老朽化したボーイング747の後継機として普及してゆくであろう。

 これに対してボーイングも、小型高速のソニック・クルーザーの開発構想を打ち出した。けれども充分な注文が得られず、計画は断念された。それに代わって今、7E7――Eは"efficiency"(効率)の頭文字――の開発が始まったところである。

 7E7は250人前後の乗客をのせ14,000km以上の長距離を飛ぶことができる。また近距離区間にも適し、現用757と767に代る後継機をめざす。価格は1機1億2,000万ドル(約135億円)。現用機と変わらないが運航効率は2割ほど高いので、すぐれた経済性を発揮することができる。というのも機体材料にカーボン・ファイバーを多用しているためである。

 キャビンは窓が大きく、座席幅が広く、湿度が高くて、乗客にとっては快適な旅行ができる。

 こうした7E7についてボーイング社は、ファーンボロ・ショーの前夜、7月18日に200機分の前渡金を受けていると発表した。全日空、エア・ニュージランド、ファースト・チョイス、ブルーパノラマなどだが、それ以外のエアライン名は公表されていない。

 ところが、その2日後、今度はエアバス社がアラブ首長国連邦の国営エチアード航空から24機を受注したと発表した。この中には4機のA380が含まれる。


7E7の大きな窓

 両社の競争はファーンボロの会場で、貿易論争にまで発展した。ボーイング社が、エアバス社と関係4か国は1992年の欧米通商条約に違反しているという問題を提起したためである。この条約は政府の資金援助は開発費の3分の1以下に限るという取り決めを含み、ボーイング社の場合は軍用機開発のために受けている支援は、それも間接的なものしかなくて、収入の4%に過ぎないとしている。

 こうした問題提起は、コンディット氏の穏やかな性格と異なって、ストーンサイファー氏の積極的な経営方針を反映したものであろう。といっても、ボーイングの方もワシントン州から約35億ドルの免税措置を受けており、7E7の開発に参加している日本のメーカーは彼らの政府から推定30億ドルの助成金を受けている。したがってボーイング社としても無闇に突っ込んでゆくことはできないであろう。

 エアバス社としては確かに発足当初、開発計画の着手にあたっては政府の資金援助を受けてきた。しかし開発の結果、その飛行機の売れゆきが採算点に達すれば、利息をつけて政府に返還している。したがって、これは政府と企業との間の、いわばリスク・シェアリングのようなもの。こうしたリスク・シェアリングがあるからこそ、A380のような大きな賭ができることにもなる。


A380のファーストクラスに提案されているバー

 いずれにせよ、ボーイングとエアバスの両社は今や、100席以上の旅客機に関しては複占的な状況を享受しつつある。

 そこで関係各国の政府を初め、エアライン、部品メーカー、旅行者、納税者が望むことはボーイングとエアバスの間で健全な競争を維持してほしいということだ。複占市場においては難しいことかもしれぬが、不可能ではないはず。両社ともに財務内容を広く公開して、開発製造資金がどこからきているのか、その中に政府資金は存在するのかどうか、存在するとすればどこにあるのかを常に明らかにしておくことが肝要であろう。

 そのうえで最終的には助成金のようなものはなくしてしまい、純粋の民間企業として独立し、事業を進めてゆけるような状態をめざすべきであろう。

 『エコノミスト』誌のまとめは以上の通りだが、現状のように2社だけで市場を分け合う複占(duopoly)状態は長く続くものであろうか。

 三菱対三井、トヨタ対日産、西武対東急、朝日対毎日、講談社対岩波書店、凸版対大日本印刷、麒麟対サッポロ、早稲田対慶応、巨人対阪神、川上対大下、栃錦対若乃花、フォード対GM、ヤンキース対ジャイアンツなどの対立は、やがてよき時代のライバル物語と化してゆく。

 おそらくは再び三度び、第3、第4の競争相手が登場するであろう。その一つに日本がなり得るかどうか。それがわれわれの今の課題である。

(西川 渉、2004.7.29)

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