<ベル・ヘリコプター>

新しいモデル525Rの開発へ

 この何年間か、ベル社はすっかりオスプレイに夢中になって、ほかのことをみんな放り出してしまった。せっかく開発中だったBA139ヘリコプターやBA609ティルトローター機も途中でイタリアに渡してしまうなど、一体どうしたのかと心配させてくれたが、最近どうやら正気を取り戻したようで、先月なかばダラスで開催されたヘリエクスポで新しいモデル525Rの開発発表となった。

 その除幕セレモニーは、筆者自身現地に行ったわけではないが、YouTubeで見るだけでも派手な演出ぶりがよく分かる。ドライアイスのスモークとはじけるような音楽をとどろかせ、霧の中からヘリコプターが浮かび上がるという趣向。やや大げさに過ぎるんじゃないかと思うほどで、エクスポ会場でこれを見すごした観客の中には、あとからベル社のブースにやってきて、もう一度同じセレモニーをやってくれとせがんだ人もいたらしい。

 ところで、このヘリコプター、愛称はリレントレス(Relentless)。そんな難しい英語は不明にして知らなかったが、字引を引いてみると無情、冷酷、残忍などの文字が出てくる。たしかにリレント(relent)だけならば優しいということだが、それにレス(less)がついて、意味が逆転したのだろう。

 それにしても、この言葉あまり明るい感じがしない。何故そんな名前をつけたのか、元三井物産の野田真吾氏にお訊きしたところ、「何事にも屈しない、不屈の……」といった意味ではないかというお答えだった。とすれば、積極的な意味ではフランスやイタリアの競合機をやっつけるという気概を示したものだろうし、消極的な意味では今度こそ途中で投げ出したりしませんということかもしれない。

 ついでに、野田さんによれば、2006年コカコーラが販売を始めた飲み物にもRelentlessという名前のついたものがあったとか。元気が出るエネルギー飲料(energy drink)だそうで、ヘリコプターの愛称もコカコーラ好きのアメリカ人らしい命名といえようか。

 さて、肝腎のヘリコプターだが、525Rは乗客16人乗り。総重量は18,000ポンド以上というから8トンを超える。ベル社の民間機としては、かつてない大型機である。航続距離は740km。巡航速度は250q/h以上と相当に速い。実用上昇限度は6,000mである。

 エンジンはGE CT7-2ターボシャフト(1,800shp)が2基。主ローターは5枚ブレードで、振動が少ない。尾部ローターは4枚ブレード。主キャビンは広く、座席幅も競合機種にくらべて大きく、ゆっくり坐ることができる。

 コクピットに操縦桿はない。パイロットの右腕を置く肘掛けの先に小さなハンド・スティックがついているだけ。左手のコレクティブ・レバーもきわめて小さく、コクピット全体が広々と感じられるとか。のみならず、操縦桿がないため、操縦席を前の方へ出すことができ、これで12インチのタッチスクリーンをもつG5000Hグラス・コクピットを採用することができた。

 操縦系統は三重のフライ・バイ・ワイア。そこにコンピューターを組みこんで、制限範囲を逸脱するような操作は、したくてもできない仕組みになっている。

 525Rの主目標は海洋石油開発を支援するオフショア市場。かつてはベル機も、たとえばモデル212や412(どちらも乗客13席)が盛んに石油開発に使われた。しかし、開発現場が沖合遠くなるにつれて、もっと大きく航続距離の長いヘリコプターが必要になり、212や412の影が薄くなった。そのあたりのシェアを取り戻すのが525Rということであろう。

 そのためには乗客が洋上長時間の飛行中に窮屈な思いをしないですむよう、ベル社としてはキャビンの快適性に気をつかって設計したという。また万一にそなえて、どの席からも直接、または1席をまたぐだけで非常口にたどりつくことができるような配置になっている。そして救命用のライフ・ラフトはドアのすぐ外側につく。

 そのほかにも、525Rはさまざまな特徴をもつ。それらは多くの顧客から成る諮問委員会を設けて、そこで出された意見を取り入れた結果である。

 1号機はオフショア運航に長い歴史をもつ米ペトロリアム・ヘリコプター社(PHI)へ引渡されるもようだが、525Rは何も石油開発の支援だけが目的ではない。たとえば捜索救難、救急救助、消防防災、要人輸送、物資輸送など、さまざまな用途が考えられる。

 このヘリコプターが立派に完成することを期待したい。

(西川 渉、2012,3,12)

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