<ユーロコプター>

BO105初飛行40周年

 

 今年はヘリコプターが史上初めて飛んでから100周年、BO105の初飛行から40周年にあたる。

 ヘリコプター初の飛行は1907年11月13日、フランス人ポール・コルニュの製作になる機体が地面から30cmほど浮上し、20秒間空中にとどまったものとされる。エンジンはアントワネット24馬力。これで前後2つの団扇か櫂のような形のローターを駆動し、4つの車輪が同時に地面を離れて歴史をつくった。総重量は260kg。

 いうまでもなく、1903年のライト兄弟初飛行から4年後のことである。


ポール・コルニュによる史上最初のヘリコプター

 コルニュの初飛行から60年、今から40年前の1967年2月16日ドイツのミュンヘンに近いオットブルンの工場で小型ヘリコプターが初飛行する。これがドイツ・ヘリコプター工業の発展につながる端緒であった。

 飛行したのはBO105。5人乗りの小型機としては世界で初めて2基のタービン・エンジンを搭載していた。しかも4枚のローターブレードは世界初の全複合材製で、ローターシステムはヒンジのないリジッド機構である。

 以後、この独自の特徴をもったヘリコプターは、アリソン250ターボシャフト・エンジンを装備して量産機の引渡しがはじまり、総数1,406機が製造され、世界55ヵ国に引渡されて、ドイツ・ヘリコプター工業の基盤をつくった。


2004年5月のベルリン航空ショーに展示されたBO105

 BO105を発想した西独ベルコウ社は、1956年5月ヘリコプターと軽飛行機のメーカーとしてシュツットガルトで発足した。最初の開発はBo.102ヘリ・トレーナーで、その名が示すように本物のヘリコプターではなく、垂直飛行訓練装置であった。

 この装置は40馬力のエンジンをつけ、1枚の簡単なブレードとその反対側に釣合いおもりをつけたローターを持ち、地面にゆるく固定しておいて地上60cmほど上昇したり、機首を6°ほど下げたりできるようになっていた。ローター回転面の直径は6.58m。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 次に開発されたBo103は1人乗りのヘリコプターで、1959年に製作された。胴体は簡単な鋼管構造で、コクピットは風防が透明なプラスティック材。座席の左右はドアがなく、総重量400kg、エンジン50馬力、ローター直径6.57m、ブレード数2枚、最大速度140km/h、航続距離450km。

 BO103は、後に新しいファイバーグラス・ブレードの試験機として使われた。この試験飛行がつづいている1963年、ベルコウ社はメッサーシュミット社などと合併し、MBB社(Messerschmitte Bolkow Blohm)となる。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 BO105の開発は1962年、MBBになる直前のベルコウ社で、双発の安全性と全天候性をめざして始まった。試作1号機V-1はウェストランド・スカウト機の普通のヒンジつきローターを借りたものだったが、地上で試運転中にグランド・レゾナンスを起こして破損した。

 試作2号機V-2は1967年2月16日に初飛行した。ミュンヘンに近いオットブルン工場で、初めからすばらしい操縦性を示した。

 V-2のエンジンはアリソン250-C18だったが、3号機のV-3はドイツ製のMANターボ6022ターボシャフト・エンジン2基を装備、1969年5月1日に初飛行した。さらにV-4、V-5と5号機まで製作され、これらの試験飛行を経て、BO105がドイツ連邦航空局LBAの型式証明を取ったのは1970年10月13日であった。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 最初の顧客はADACエアレスキュー社とババリア州警察である。1972年4月にはアメリカFAAの型式証明も取得した。

 こうして、先ずアリソン250-C18エンジンをつけたBO105Aの量産がはじまり、間もなくアリソン250-C20エンジンをつけた出力強化型のBO105Cとなり、さらに1976年、250-C20Bエンジンを搭載した105CBへと発展した。最大離陸重量も2,100kgから2,300kgへと増加する。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 

 余談ながら筆者は1966年2月、当時の朝日ヘリコプター尾崎稲穂社長に随行して、MBBオットブルン工場を訪ね、試作中の原型機を見せてもらった。小型機にして双発、ブレードは複合材といった新しい特徴を知って大いに驚かされたが、それから10年近く経過した1975年、朝日ヘリコプターはBO105Cを購入し、15年にわたって日本海域の油田の生産維持に使用した。

 

 BO105を改造した高速実験機BO105HGHは、2年間に及ぶ研究の結果、胴体後部を整形し、スキッドを小さくするなどして、1975年372km/hの速度に達した。さらにスパン6.2mの短固定翼をつけて時速404km/hの速度を記録している。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 1977年、ドイツ国防省はBO105を100機発注した。陸軍の対戦車用攻撃機PAH-1としてHOTミサイル6基を搭載、最終的に212機が調達された。1989年にはBO105CBの軍用型が出る。同機には機首下面に機銃ターレットがつき、胴体左右にスティンガー・ミサイルが取りつけられた。

 

 1980年にはBO105CBSが登場する。従来のBO105CBにくらべて胴体が25cm長くなり、側面に3つ目の窓がついた。これはアメリカ市場の要求に応えたもので、救急機としてよく使われた。総重量は2,400kgだが、1984年には2,500kgまで増加した。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 

 1981年にはBO105LS(Lift Stretch)が出現する。キャビンが大きくなり、トランスミッションが強化され、アリソン250-C28Cターボシャフト(550shp)2基を装備する。これで高温高地性能が向上し、機外吊下げ能力が強化された。

 このLS A1型は1986年、最大離陸重量2,600kgのBO105LS A3となり、1995年には「スーパーリフター」となって最大離陸重量2,850kg、吊上げ容量1,350kgにまで成長した。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 

 1985年にはBO105オフェリアが登場する。ローターマストの上に照準器をそなえた攻撃機である。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

  

 BO105の発展に平行して、BO108の開発がはじまる。BO105の過去20年間の技術的成果を詰めこみ、その後継機として1988年10月15日に初飛行した。ローターシステム、複合材を使った構造部分、新しいダイナミック・アセンブリー、振動防止機構、アビオニクス・システムなど、いくつもの進歩発展の成果が飛行試験によって確認された。

 とりわけベアリングレス・メーンローター(BMR)は最も革新的な技術であった。普通の意味のローターヘッドがなく、ファイバーグラスのフレックスビームとコントロール・カフに取りつけられたブレードから成り、空力的に最良の状態に成形されたブレードの取りつけフランジとローターシャフトが一体となって、通常のローターヘッドに見られるフラップ、ラグヒンジ、またはベアリングなどの必要もない、きわめて簡単な主ローター構造であった。それだけ整備の手間もかからないことになる。

 BO108は原型1号機が飛んでから3年足らず、1991年6月に2号機が飛行した。エンジンはターボメカ・アリウス1Bターボシャフトが2基。胴体は15cmほど長くなっていて、パイロット1人のIFR飛行ができるようなアビオニクス装置を搭載していた。

 このBO108についてMBB社は量産化することとし、1994年中に型式証明を取り、95年から引渡しに入ると発表した。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 ところが1992年1月、MBB社と仏アエロスパシアル社ヘリコプター部門の合併によってユーロコプター社が誕生した。そのためBO108は、フランス側の技術を採り入れて設計の一部を変更し、名称も変えることになる。そこからEC135が誕生したのである。

 技術的な変更の中には、通常の尾部ローターの代わりに多数の小さいブレードを尾翼の中に囲いこんだフェネストロンがある。これはアエロスパシアル社が開発したものである。

 さらに顧客調査の結果から、キャビン内部を広げて、パイロット2人、乗客6人乗りとした。また視界を広げ、床面積も拡大して、さまざまな用途に適合できるようにした。これでEC135の多用性が向上し、売れゆきの良いことは改造の成功を実証したことになる。

 EC135の設計は1992年末までに確定し、94年2月15日に初飛行した。型式証明の取得は1996年6月で、それ以来EC135は軽双発ヘリコプターの中で最も人気の高い機材となり、今ではドイツADACの主力機ともなっている。ほかにもEC135は石油開発、警察、社用ビジネス、その他の輸送用まで、さまざまな分野で幅広く使われている。


(ユーロコプター社1995年カレンダーより)

 EC135の売れゆきは最近までに700機となった。引渡し数は下図のとおり順調に伸びつづけ、2007年は100機が目標という。また現在使われているEC135は、用途のほぼ半分が救急飛行である。


(ユーロヘリ社提供)

 

 EC135が初めて日本に輸入されたのは1997年4月。以来10年間に38機となった。用途の内訳は下図のとおりである。


(ユーロヘリ社提供)

 

 こうしてBO105に始まったドイツのヘリコプターはBO108試験機を経てEC135に成長する一方、その枝分かれによってBK117、今のEC145ともなった。さらにフランスとの合併によってAS350、SA365ドーファン、スーパーピューマ、EC120などを加え、大小さまざまな機種をそろえたユーロコプター社へ発展した。

 日本では下図のとおり、総数288機が飛んでいる。最新のEC225はスーパーピューマの発達型だが、政府専用機として3機が導入されたばかりである。


(ユーロヘリ社提供)

【関連頁】

  メーカー訪問――ユーロコプター・ドイツ社(2004.3)

  <ビデオ>BO105の飛行ぶり(You Tube)

(西川 渉、2007.5.28)

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