終わるか、見せかけの

競争による茶番劇


 『3年後に笑う航空会社 泣く航空会社』(田中孝一著、ベストブック社)という本を読んだ。この本は、航空事業者にとっては痛いところを突かれたり、逆に片腹痛いところもあろうが、利用者の立場から読めば共感できるところが多い。特に幅運賃制度ができた結果、航空3社そろって運賃値上げをしたことを憤慨をこめて書いているところは、その通りといってよいであろう。

 私も実は「同一路線同一運賃」の制度がなくなれば、たとえわずかな運賃幅であっても、その中で競争がはじまり、運賃は下がるかとばかり思いこんでいた。ところが問題はそんな単純なものではなく、結果として競争は起こらなかった。むろん3社が話し合ったり、結託したわけではあるまい。が、言わず語らず、相手の出方を横目でにらみながら、暗黙のうちに数字の調整がおこなわれ、往復割引制度も誰いうとなく撤廃してしまい、本書のいう「3社横並びの実質的値上げで茶番劇の幕」となった。

 なぜ競争が生じなかったのか。参入の自由がないからである。法規上も自由ではないし、物理的にも羽田空港が一杯で新しい競争相手が入ってこれない。とすれば既存の3社間で足の引っ張り合いをする必要はない。暗黙のうちに心を合わせるならば、運賃を上げることだってできるというわけである。

 しかし今、航空業界を取りまく環境は急転回をしつつある。羽田の沖合い展開が完成して、わずか40便ではあるが増便が可能となり、そのスロットを新しい航空会社にも分けようということになった。そこから新規参入会社が東京、北海道、沖縄で名乗りを上げた。

 その中の北海道国際航空は、東京〜札幌線にボーイング767級の旅客機4機を投入、片道12,000円で1日12往復の運航をするとして、今年1月8日、事業計画を運輸省に提出した。これは現行運賃の半額である。果たして実現できるかどうか、また実現しても長つづきするかどうか、疑問の余地もないわけではないが、本当に実現すれば先の3社のような暗黙の調整は不可能になる。

 それに12,000円という数字自体、幅運賃の下限を下回るから、これが実現しただけで幅運賃の制度も吹き飛んでしまう。

 事実、運輸省も今後は需給調整はしないという基本方針を打ち出した。ということは需要を見ながら、路線の開設や便数の増減を認可したりしなかったりするようなことはやめるというのであろう。航空局長も年末のテレビ画面で「われわれとしては競争を少しでも促進しようという方向へ舵をいっぱいに切ったということです」と語った。

 この言葉が本物になるためには空港の発着枠に余裕がなければならないが、少なくとも航空政策の基本方針だけは、競争促進の方角へ向いたといってよいであろう。


 もう一度本書へ戻ると、その内容は幅運賃から大手3社の経営内容、日米航空協定、第7次空港整備計画の全容と話が進み、最後に安全問題について論じている。しかし、さすがに安全の問題は専門家でなければ難かしいとみえて、どうも、この章だけは説得力が感じられない。

 この本の著者が「週刊誌記者を経て、90年からフリー」と書いてあるだけで、実際にどういう人かは知らない。けれども本書は、この安全の章を省いて、航空問題の経済面、経営面、行政面だけに限った方がよかったのではないか。

 論法としては、「もうひとつの規制緩和」すなわち安全規制が緩和されたために、今や航空会社の運航は危険な状態にあり、さまざまなアクシデントが続出しているという。著者は「アクシデント」という言葉を本来の意味とは別の意味に使っているらしく、よく読むと「間一髪のところで大事故になりかねないアクシデント」といった表現が出てくるから、この人のいう「アクシデント」とは事故になりかねない不具合とか異常事態というような意味らしい。

 しかし知らない人が読めば、日本の航空界は経済的な規制の前に安全上の規制が緩和され、その結果として事故ばかり起こしているみたいに読める。これでは飛行機に乗る人は随分少なくなるであろう。

 それに航空機が危険という論拠として「JAL乗員組合」の引用が多い。その内容も3人乗務が2人乗務になり、飛行時間が伸び、整備要員の人数が減ったなど、量的な指摘が多い。安全の確保にあたっては、そのような量的な問題もさることながら、質的な要件が重要ではないだろうか。たとえば航空機自体の信頼性と安全性の向上、コクピットの改良による乗員ワークロードの軽減、乗員の技倆向上を含むコクピット・マネジメントの改善などはどうなっているのだろうか。

 JALの乗員組合が質的な向上を放っておいて、量的な問題ばかりを嘆いているとすれば、本書がいうように、最近「パイロットの間から“飛ぶのが恐い”という声」が出ているというのも当然であろう。乗員組合の言い分と会社側の見解とどちらが正しいかは知らぬが、乗客としては少なくともパイロットが怖がるような飛行機に乗るわけにはいかない。本書には、危険だとか恐いというだけではなく、そのあたりをもう少し解明して貰いたかった。

 蛇足をつけ加えると、本書の206209頁にエンジンの「回収」という言葉が沢山出てくる。初めは悪いエンジンを回収して、工場で改修する意味か、新しいエンジンと交換する意味かと思ったが、よく読むとそんなまだるっこい話ではなくて単なる「改修」の誤植らしい。危険性を糾弾する余り、ワープロも興奮して同音異義語を打ち出したのだろうか。それとも著者も頭から「回収」と思いこんでいるのか。

 いよいよ先週のこと、羽田空港の新しい発着枠40便の割り当てが決まった。JAS13便、JAL12便、ANA9便、新規参入会社6便という配分だそうである。これで茶番劇は終わるだろうか。

(西 川  渉、97.3.15)

 

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