バ フ ェ ッ ト 旋 風

――3日間で100機以上の発注――

 

 今年のビジネス航空ショーで、私の最も興味をひいたのは「バフェット旋風」ともいうべき現象であった。わずか3日間の会期中に、ウォーレン・バフェットなる人物が1人で100機以上のビジネス・ジェットを買いまくるという離れ業を見せてくれたのである。

 何故こんなに沢山のビジネス機を買うのか。いかに忙しいビジネスマンでも1人で100機を乗りこなせるはずはないし、趣味のコレクションというわけでもあるまい。よく聞いてみたら、ビジネス機の分割所有(フラクショナル・オーナーシップ)事業を進めているエグゼクティブ・ジェット社のためであった。

 バフェットとは何者か。株式投資などに無縁の私は知るよしもなかったが、米国ではだれ知らぬものもない投資家で、世界有数の大金持ち。この人がお札の詰まった財布を振りかざしてショー会場を走り回り、各メーカーのブースを訪ねては次々と豪華で高価なビジネス機を買い上げてゆくのだから、これはもう放ってはおけない。誰もがこの人のあとをついて回り、次はどこで何を買うのか、興味津々と見守ったのである。

 私は偶然ガルフストリーム社のブースで、これらから何か新しい発表があるというので立ち止まって見ていた。記者会見の発表はGVを10機、GW-SPを14機受注したというものだったが、周囲は黒山の人だかり。そこに現れたのが注文主のバフェット氏だったのである。ガルフストリーム社の会長との間でジョークを交わして周囲を笑わせ、ついにはポケットから取り出した財布を手渡すポーズまで取って、カメラマンにサービスをしたりした。

 またボーイングBBJのキャビン・モックアップでは、ソファーやテーブルなど豪華な応接セットをしつらえた内装に感嘆の声を上げ、「これを見たら誰だって欲しくなるぞ。家内には絶対に見せないように願いたい」と冗談を飛ばしてみせた。

陽気で頭脳的な大金持ち 

 日本に戻って調べてみると、この陽気で気さくな大金持ちは年齢66歳。親からは1セントの相続も受けず、子どものときから新聞配達をしたり、コカコーラを売ったりして金を稼ぎ、今ではコカコーラの主要株主という模範的なアメリカ人である。本拠のバークシャイア・ハサウェイ社は消滅した繊維会社の名前だが、バフェットはその跡目を手に入れて保険会社を傘下におさめ、その資金によって投資活動に入った。そして「ウォーレン方式」とか「バフェット学」呼ばれるやり方で、10万ドル余の資金から200億ドル(約2.4兆円)の財産を築き上げたのである。

 その投資哲学は既成の大企業の株を買うのではなく、育ち盛りのベンチャ−事業を会社ごと買い取ってしまうというもの。その買収にあたっては資産内容や財務帳簿を調べるわけではない。経営陣の顔つきを見て判断するなどといわれる。

 エグゼクティブ・ジェット社の買い取りはまさに、その典型といっていいであろう。この大金持ちが自分自身のビジネス機を持ってなかったとは思えぬが、それまではエグゼクティブ社の顧客の一人だったらしい。そして同社の仕事ぶりを見ていて気に入り、今年7月ビジネス機の部分オーナーが会社全体のオーナーになってしまったのである。

 といって、自分が経営の実務に乗り出すわけではない。エグゼクティブ・ジェットを創立し、分割所有方式を編み出したリチャード・サンチュリ会長が依然として経営トップの立場にあって指揮を執っている。

 バフェット自身は、自分は航空事業の内容や運営については何も知らない。したがって、すべてを人にまかしているが、そうするとその人が金を稼いでくれる。自分はその金を再び投じて次の事業拡大に向かうだけだと語っている。

ボーイングBBJの分割所有

 それにしても、バフェット氏の3日間の買いつけぶりは、すさまじいものがあった。まず超大型ビジネス機、ボーイング・ビジネス・ジェット(BBJ)を9機発注し、さらに16機を仮発注した。そして翌日、上記のガルフストリームを発注したと思ったら、セスナ社が開発計画を発表したばかりのサイテーション・ソヴリンに対して確定50機、仮50機の注文を出したのである。

 合わせて確定83機、仮78機の買い物で、総計161機になる。その上つい一と月前にはダッソー・ファルコン2000を12機発注し、ホーカー800XPを確定20機、仮16機発注していたのだ。

 その結果は下の表に示す通りで、金額にすれば確定注文だけで推定30億ドル(約3,500億円)を超え、ショー会場もまた、この人に買い取られた感があった。

 これらの航空機を使って、エグゼクティブ・ジェット社が進めるフラクショナル・オーナーシップ事業とはどんなものか。たとえばボーイングBBJの場合は4社で共有する。1社あたりの分担金は1,120万ドル(約13億円)。それに毎月64,000ドルの固定費と1時間当たり3,400ドルの変動費を払えば、年間200時間まで使える。

 つまり年間200万ドル余り(約2.5億円)の経費で、豪華な超大型ビジネス機を乗り回すことができるのだ。強気のバフェット氏によれば、こんなに安く使えるならば、25機の発注では不足するだろう。近いうちにもう25機を追加しなければなるまいと語っているほど。

 もっと小さい機材であれば、金額はさらに安くなる。そのため、この所有方式は中小企業に人気を博した。彼らにとって単独で高価なビジネス機をもつのは難かしい。けれども経営者の仕事は大企業以上に忙しく飛び回らねばならないはず。そのためのビジネス・ジェットが通常の四分の一くらいの費用で手に入るのである。

 おまけに、航空について何も知らなくてもビジネス機のオーナーになれる。パイロットや整備士を雇う必要もない。航空法上の面倒な手続きや技術上の問題も全てエグゼクティブ・ジェットが片づけてくれるのである。

 かくてエグゼクティブ・ジェットの運航機は今年中に160機となり、来年は200機を超える勢いである。バフェット旋風は当分つづくであろう。

(西川渉、『日本航空新聞』98年11月19日付掲載)

 

エグゼクティブ・ジェット最近の発注内容

機  種

発注機数

発注金額

NBAA期間中

の発注分

ボーイングBBJ

9機

推定3.6億ドル

16

ガルフストリームV

10

13.0億ドル

12

 〃   W-SP

14

――

セスナ・ソヴェリン

50

6.5億ドル

50

前月発注分

ファルコン2000

12

2.5億ドル

――

ホーカー800XP

20

6.7億ドル

16

合     計

115

32.3億ドル

94

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