ヘリコプターと小さな政府




 先日の『フィナンシャル・タイムズ』紙が、英国防省はヘリコプター・パイロットの訓練を民間企業に委託することになったと報じている。委託する側は陸・海・空の三軍。受ける方はブリストウ・ヘリコプター社と操縦訓練学校が組んだ共同企業体(コンソシアム)で、FBSと呼ぶ。訓練は向こう15年間に毎年230人ずつのパイロットを仕上げていくこととし、契約金額が4億ポンド(約700億円)。このためFBSは47機の新しいヘリコプターを買い入れ、教官を配して、軍からの訓練生を受け入れるとのことである。

 このような民間委託によって、英政府としては15年間に7,700万ポンド(約140億円)の経費が節約になる。というのは現在、20年以上も経過したガゼルやウェセックスなど、老朽機ばかり79機を訓練に使っているためで、整備費や燃料費など費用がかさんでしようがないという悩みがなくなるからである。

 それに対してFBSはAS350単発機を38機とベル412EP双発機を9機買い入れ、前者は基礎訓練、後者は実際の救難訓練などに使うことにしている。

 英三軍にはこれから最新鋭のヘリコプターが導入される。EH101大型機とアパッチ攻撃機だが、そのためのパイロット訓練を機材も内容も一新しておこない、しかも経費を下げようというのが民間委託のきっかけであった。


 同じようなことは数年前、オーストラリアでもはじまった。こちらは救難ヘリコプターの委託だが、戦闘機の格闘訓練中に誤って事故が起こった場合、通常は海上に脱出したパイロットをすくい上げるために救難航空隊のヘリコプターが使われる。が、豪州空軍はこの救難用ヘリコプターを民間機に切り換えることとし、ロイド・ヘリコプター社のS-76を7機チャーターし、数年契約で所定の基地に配備したのである。

 同様に英国でも北海に臨む沿岸警備と救難業務の一部を民間ヘリコプター会社に委託している。かつては海軍が果たしていた任務である。そしてカナダでは、まだ実現していないけれども、沿岸警備のヘリコプター数十機の運航を民間ヘリコプター会社に委託するという構想を聞いたことがある。いずれも国が機材を買い入れ、要員を抱えているよりは、経費がかからないからであろう。

 米国でも国際ヘリコプター協会(HAI)が、政府や自治体のヘリコプター業務をできるだけ民間企業に回すよう、かねてから要望を続けてきた。むしろ政府機関が民間事業の邪魔をしているのではないかというのが彼らの主張である。ヘリコプター救急にしても、警察機が飛ぶ例はあるものの、基本システムとして動いているのは全て民間機である。


 日本でも最近、地方自治体の防災ヘリコプターをヘリコプター会社へ運航委託する例が増えてきた。中には、そうした趨勢に逆行して、わざわざ民間航空界からパイロット、整備士を募集する自治体もあるが、公的機関が自らヘリコプターを運航する根拠は、国の防衛や治安の維持が政府機関の責務だからである。したがって軍、警察、消防、防災などのヘリコプターは自ら飛ばすのが当然という考え方であろう。また民間企業には労働組合があるから、争議が起これば任務の遂行に差し支える。あるいは軍隊や警察などには機密事項が多い。その漏洩を防ぐためにも、運航委託などで外部の者に入りこまれるのは望ましくないということかもしれない。

 しかし、その一方で、国や自治体の予算には限りがある。おまけに最近は冷戦終了の結果として、どの国も軍事予算の削減に手を着けはじめた。英三軍や豪州空軍の民間委託はそのせいでもある。それに訓練や救難などは民間パイロットでも充分可能な仕事だ。加えて米国だったか英国だったか、警官や消防士もストをするという話を聞いたことがある。逆に民間企業だって委託契約にもとづく任務を真面目に遂行しようという気持ちは公的機関と変わらない。そのことは現に、防災ヘリコプターの委託運航によって実証されつつある。

 そこで、もう一歩考えを進めるならば、防災ヘリコプターなどは丸ごと民間委託にすべきであろう。機材は自治体、要員は民間というのではなく、機材ごと民間企業からチャーターするのである。その方が自治体の担当者も不慣れな機種選定などによけいな神経を使う必要もなく、大型機でも小型機でも目的に応じた機材を自由にチャーターできるし、一年間使ってみて不充分ならば次年度は別の機種に変えることもできる。


 昨年度、わが政府機関が防災関連のヘリコプターとして発注したヘリコプターは、総数38機に上るそうである。そのほとんどが重装備をした中型機で、テレビの生中継装置を搭載し、情報収集に使うことになっている。しかし、豪華な機材を購入して高見の見物をするくらいならば、それよりも遙かに安い料金で小型機2機をチャーターし、1機で生中継、別の1機で空中指揮でも救急患者の搬送でも、場合によっては消火作業をする方が、どんなにか被災者の救援と保護につながることであろう。要するに、大事なトラの子を1機だけ抱えて何でもかんでも取りつけて、融通のきかない運用をするよりは、多種多様な民間機を選り取り見取りで利用する方がはるかに柔軟な防災活動ができる。

 そうなると、次は自治体ばかりでなく、国のレベルでも英・豪に照らして、自衛隊や海上保安庁のあり方が問題になってくる。われわれの頭の中にはいつの間にか、公的機関は信頼できるけれども、民間業者は狡猾で、いざというときにはどうなるか分からないといった固定観念が出来上がっている。しかし実態は決してそうではないし、公的機関といえどもどこまで頼れるのか。その疑念は阪神大震災で露呈された通りである。

 総選挙に際して、どの政党も今さらのように行政改革を叫んでいる。しかし本来は、とっくの昔に改革の実が上がっていなければならなかった。いまや「小さな政府」は世界的な潮流なのである。

(西川渉、『日本航空新聞』961017日付に掲載)



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