<中国航空事情>

国家の正体


ホテルの窓から見た北京紫禁城の瑠璃瓦

 ユーロコプター社は中国のAVICU(中国航空工業第二集団公司)と共同で新しいEC175ヘリコプターの開発を進めることになった。2006年初めから具体的な作業に着手、2009年に初飛行、2011年に欧州と中国の型式証明を取得して量産に入る予定。

 共同開発は、双方5対5の割合で総額6億ユーロ(約840億円)を出資しておこなう。

 EC175中型双発ヘリコプターは総重量6トン。ユーロコプター社にとっては5トン級のドーファンと10トン級のスーパーピューマとの間を埋めるものとなる。

 主ローターはスフェリフレックス構造の5枚ブレード。エンジンはプラット・アンド・ホイットニーPT6が2基。その他の同クラスのエンジン、GE T700やLHTEC T800は元来が軍用向けに開発されたもので、中国への輸出は認められない。したがって本機にも採用できない。

 コクピットとアビオニクスには最新の技術を取り入れ、パイロット2人で計器飛行、単独で有視界飛行が可能。主キャビンの乗客は14人。最大280km/hの速度性能と740kmの航続性能を持つ。対抗機種はアグスタウェストランドAB139だが、速度は同機の290km/hが上回る。

 量産に当たってはユーロコプターの南仏マリニアンヌ工場とAVICUの中国ハルビン工場の両方に組立てラインを設ける。需要見こみは、向こう20年間に世界中で800〜900機。


EC175の完成予想図

 ユーロコプター社と中国との間には、これまでも緊密な関係が続いてきた。中国がフランス機アルーエトVを購入したのは1960年代。その後1980年からドーファンのライセンス生産をするようになり、1992年からは中国側が24%のリスクを負担してEC120の共同開発をおこなった。現在は、AVICUのハルビン工場でEC120の機体製造50機分が進んでいる。EC120の最近までの売れゆきは、世界中で500機以上。

 EC175の共同開発につづいて、中国は近くEC725の購入契約に調印するもよう。これはシコルスキーS-92との競争の結果決まったもので、中国逓信省の捜索救難機として2機が使われる。引渡しは2007年の予定。

 AVICUのハルビン工場では、もうひとつ、H-425と呼ぶヘリコプターが開発されている。同機はユーロコプター・ドーファンを基本とする改修機で、ターボメカ・アリエル2ターボシャフト・エンジン2基を装備、12月初めに初飛行したばかり。


EC120

 中国では近年、ヘリコプターの市場が拡大しつつあるといわれる。2008年の北京オリンピック、2010年の上海世界博を契機としていっそうの市場拡大が期待されている。とくに警察、消防、救急、テレビ報道、VIP輸送などの需要が伸びると見られる。そのための必要機数は2015年までに300機となるもよう。

 ところでEC175の共同開発は12月5日に決まったものだが、われわれ国際ヘリコプター協会(HAI)を背景とする訪中団が北京と上海で中国側要人と話をしたのは、その1週間後であった。

 訪中団の中にはベル社、シコルスキー社、エリクソン・クレーン・ヘリコプター社の代表も含まれていたが、ユーロコプター社がいなかったのは皮肉であった。もっともユーロコプター社は、1年前からEC175の共同開発の話し合いをしてきたもので、今年2月のHAI年次大会では、アナハイムの会場でそのことを公表している。したがって今さら訪中団に加わる必要はなかったわけである。

 このように、中国との交渉がまとまるかどうかは、表舞台と楽屋裏の両方で演技をしなければならず、一筋縄ではゆかない。

 なお今回、EC175の共同開発の調印にあたって、中国のヘリコプター需要は向こう10年間に300機と報じられている。これまでは20年後に1万機になるという白髪三千丈の予測がなされていたが、それにくらべると非常に少ない。300機とは、いささか少なすぎるようにも思えるが、根拠はよく分からない。

 他方、われわれ訪中団が中国要人と会った席では、話の中に依然として1万機という数字も出ていた。では現在、どのくらいの民間機があるかというこちらの質問に対しては、ある人は360機と言い、別の人は126機と答え、112機と言った人もいた。

 これらは航空局長など航空関係の要人たちの話だが、数字がバラバラなのはうろ覚えなのか、いい加減な答えをしているのかよく分からない。2年ほど前であったか、70機という報道があったから、まあ100機程度というところであろう。

 もうひとつ航空需要に関する中国側の姿勢は、これから大きな市場が開けるというのが基本である。それを外国にも開放するのだから、メーカーもオペレーターも膝を屈してやってこいというところが見える。要するに中華思想であって、自分の方から航空関連の新しい先端技術を求めるようなことはしない。そんなことをしなくとも、世界中のメーカーやオペレーターが朝貢してくる。

 だから空域の開放も飛行許可も、すぐに出るはずがない。市場開放とか需要増加といっても、とりわけヘリコプターなどのジェネラルアビエーションに関しては、まだ何もなされていない。それに飛行許可のような切り札は、なるべく温存しておくべきである。早く出せば、それだけ早く権能が失われる。

 第一、中国にとって、ヘリコプターなぞ飛んでも飛ばなくても不都合はない。いや、本当はあるはずだが、そんなことは無視しておけばいい。真に必要な飛行は外国勢がやってこなくとも、軍の機材で充分できる。

 中国上空の飛行許可の権限は、民間機といえども、軍にある。決して交通部(運輸省)や民用航空総局(航空局)にあるわけではない。ということは、中国という国家の正体は軍である。中華人民共和国というのは表向きの看板であって、政府機関の背後には中国共産党があり、さらにその背後で実権を握っているのが人民解放軍である。今や「この人民解放軍がピンハネや商売の道具になってきた」と書いているのは、最近読んだ『国家の正体』(日下公人、KKベストセラーズ、2005年12月5日刊)であった。

 

(西川 渉、2005.12.19)

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