<コマンチ>

計画中止の衝撃と影響

 

 米陸軍が開発を進めてきたRAH-66コマンチ武装偵察ヘリコプターが突如、キャンセルになった。去る2月23日(月)朝、ワシントンの国防総省で発表されたものである。

 コマンチ計画は1983年以来21年間にわたり、日本円にして1兆円に近い巨額の開発予算を注ぎ込んできた。それが、ここにきて何故急に中止となったのか。今後のヘリコプター界にどのような影響があるのか。全貌はまだ必ずしも明らかではないが、その一端を探ってみよう。

かかり過ぎた時間と費用

 計画中止の発表の中で聞かれた言葉は「この2年半の間、テロと中東での戦争経験から得られた教訓に照らし、これから予想される作戦環境にもとづいて」決定されたというもの。それは「大きな決断だが、正しい決断でもある」とされている。

 コマンチは20年余り前、ベトナム戦争の経験から発想された計画である。当時としては理想に燃えた構想で、「陸軍航空の近代化をもたらす中核的なプログラム」であった。しかし、如何せん余りに長い時間が経過した。

「どんなにすぐれた計画でも、20年かかってまだ完成しなければ、問題になるのは当然」といわれてもやむを得ないだろう。しかもコマンチに課せられた戦場監視や偵察などの任務は、今や無人機(UAV)によって、はるかに安く、人命を心配することなく遂行できるようになった。

 そのうえ陸軍の発表では、20年余りで69億ドル(約7,500億円)がこの計画に投入されてきた。別の計算では80億ドルともいうから、日本円にして1兆円に近い開発費である。そのため完成のあかつきには1機当りの調達価格も、当初800万ドルとか1,200万ドルと想定されたが、今では5,890万ドル(約65億円)にまではね上がった。

 やむを得ず、調達機数は値段が上がるにつれて減らされてきた。当初のもくろみは5,000機ともいわれたが、やがて3,000機になり、2,096機に減って、昨年の見直しでは1,213機から650機に修正されたのである。

 これでは納税者の納得が得られようはずがない。というので、ラムズフェルド国防長官の判断となったのであろう。同じような決断を、ブッシュ政権はこれまで2度下してきた。一つは2001年12月に中止したレイセオン社のミサイル防衛システムである。海軍が90億ドルの予算をつけていた計画であった。

 二つ目はクルーセイダー移動砲で、2002年5月110億ドルの計画が中止となった。そのホワイトハウスの決定に対し、国防省は強く抵抗し、議会に働きかけて計画の復活を試みたものである。だが今回、コマンチ計画の中止には、さほどの反発はあらわれていない。

開発支持は意外に少ない

 開発にあたっていたシコルスキー社の精神的衝撃と経済的打撃は、むろん大きいだろう。けれども同社のコメントは「コマンチの開発継続について、今後とも国防省と議会の理解が得られるよう努力したい」としながら、一方では「国防省との関係を壊すことなく、また陸軍のために密接な協力を惜しまない」とも語って、決定を受け入れる姿勢を見せている。

 わずかに労働組合が国防省の決定に反対する声明を発したり、シコルスキー社の存在するコネチカット州ブリッジポートの地元で、市長が「コマンチ計画は市にとって大きな経済的事業であるばかりでなく、ひとつの名誉でもあった」と残念ぶりを表明しただけである。

 最も大きな声を出したのはコネチカット州選出の議員であった。「コマンチの中止は、私を侮辱するようなものだ。陸軍はこれまで戦闘能力の高度化、近代化のために最新鋭のコマンチが必要だと主張してきた。自分もそれに賛同してきた。ところが突如、その主張をひるがえした。これは裏切りだ。コマンチを捨てて将来どのようにして軍隊としての高い戦闘能力を維持するつもりか」

 しかし議会全体では、コマンチの開発継続を主張する政治家はさほど多くない。「非現実的な期待をかけすぎた」という声も聞かれるほどである。

 消費者団体なども、コマンチの開発中止を拍手で迎えている。この人びとにいわせると「コマンチは国防省の調達制度がゆがんでいることのシンボルである。長年にわたって莫大な税金を注ぎ込み、黄金製のブレードをきらびやかなリボンで飾り立て、役立たずの品物にバカ高い値札をつけて売り出そうとしていたのだ」

 そもそもコマンチは冷戦時、ソ連および東欧諸国に対向することを目的として計画された武装偵察機である。それが最近はテロとゲリラに備えるためという名目に変わっていたが、いささかこじつけの感がないでもなかった。

 国防省でも、コマンチは時代遅れという見方が広がっていた。それがホワイトハウスに伝播し、現状に合わないような武器はさっさと諦め、新しい技術開発に向かうべきだという考えが生まれてきたのである。

 計画中止の決断がこの時期でよかったという見方もある。もう少し後だったら、メーカー側は出血多量の大怪我をしたにちがいない。とすれば、今回のようにおとなしく引き下がるようなことはなかったであろう。

コマンチに代わる調達計画

 コマンチの開発契約を受けていたのはシコルスキー社とボーイング社である。シコルスキー社では、約700人の従業員がコマンチ関連の仕事をしていた。共同開発のボーイング社でも、フィラデルフィア工場で約600人がコマンチにたずさわっていた。

 この両社のほかに、コマンチ開発チームにはBAEシステムズ、ジェネラル・ダイナミックス、ハミルトン・スタンダード、カイザー・エレクロニクス、LHTEC,ロッキード・マーチンなど錚々たるメーカーが参加していた。これらのコマンチ関係者は総勢およそ1,000人。とすれば全部で2,300人前後の人が何らかの影響を受けることになろう。

 その影響を少しでもやわらげようというのか、米陸軍はコマンチの中止によって浮いた財源を、現用機種の近代化や調達機数の増加に当てる考えである。具体的にはアパッチ攻撃ヘリコプターの改良、ブラックホークとチヌークの増機、そして無人機の開発である。

 当面、陸軍では今後5年間にコマンチ121機を買い入れるために146億ドル(約1.6兆円)の予算を考えていたが、この資金でボーイングAH-64Dアパッチ・ロングボウの近代化、ならびにCH-47チヌーク50機とUH-60ブラックホーク80機を増強する。さらに小型多用途ヘリコプター303機、小型武装ヘリコプター368機、戦術輸送用の固定翼機25機を調達し、無人機の開発にも3億ドル以上を当てる考えである。

 増強される無人機の対象としては、ノースロップ・グラマン社の回転翼無人機RQ-8Bファイアスカウトが候補に挙がっている。同機は2.75インチ・ロケット弾を装備する武装偵察機で、2010年実用化の予定で開発が進んでいたが、コマンチの挫折で速められるかもしれない。

 こうした予算修正案を、米陸軍は近くブッシュ大統領に出す予定だが、そのまま通ればメーカー側の痛手もさほど大きくならないかもしれない。しかし最終的には議会の承認を得なければならない。アメリカ政府の予算が緊縮状態にあり、国防費も削減されている折から、陸軍案がどこまで認められるか、まだはっきりしないところがある。

 なお、計画中止に伴うキャンセル料として、米陸軍は4.5〜6.8億ドルの出費を予想している。最終金額はシコルスキーおよびボーイング社との交渉によって決まる。

ステルス性と情報収集力

 RAH-66コマンチの開発は1983年にはじまった。当時としては意欲的、野心的な武装偵察ヘリコプターであった。決して批判者がいうような役立たずではない。

 ヘリコプターとしては最新鋭の技術を採り入れた双発タービン機で、総重量5,600kg、T800エンジン(1,680shp)2基を装備して最大速度324km/h以上。乗員は2名。機銃、ロケット弾、空対空ミサイルを胴体内部に装備する史上初のステルス・ヘリコプターでもある。

 その発想はベトナムの実戦から生まれた。あのときアメリカ軍が最も苦しんだのは、敵の存在位置が的確に把握できないことだったからである。そこで、偵察任務がヘリコプターに与えられた。しかし当時のヘリコプターは速度が遅く、航続距離が短く、騒音が大きい。そのため逆に、こちらの存在を敵に知られることとなり、ミサイルに狙われる結果となった。

 そこからステルス機コマンチが出現した。このヘリコプターがあればベトナム戦争の結果も変わっていただろうといわれるほどである。たとえば脚はもちろん、火器も、小さな把っ手までも、すべてが機体の表面から突出しないよう、胴体の中に収納される。胴体外板の複合材もそれ自体がステルス性をもち、エンジンの排気も熱量を減らすために空気と混合して排出するようにした。

 このようなコマンチは、超低空で敵地深く進入するが、それでもレーダーに捕捉されるようなことはない。そのうえで目標を正確にとらえ、その情報を瞬時に味方基地へ送ると共に、攻撃を加えることもできる。

 つまり情報収集力に加えて、強い攻撃力も備えていた。火器は20ミリ砲、2.75インチ・ロケット弾、空対空ミサイル。パイロットが首を回すと火器も連動し、ゴーグルの中に見える目標に自動的に照準が合う。しかもコンピューターは敵目標を選別し、優先順位をつけて提示してくれる。したがってパイロットが敵目標について迷うようなことはない。これらのすべてが瞬時に処理され、遅れは生じない。「サイバーコプター」と呼ばれるゆえんでもある。

 火器照準と同じシステムで外部の地形や障害物もゴーグルに映し出される。暗闇でも赤外線を使ったセンサーで肉眼よりはっきりと見えるし、飛行データもゴーグルの中に表示される。したがって昼も夜も同じように操縦できるので、夜間や悪天候でも作戦行動が可能となる。

 さらにコマンチは戦場で生き残るための高い生存力も有する。反応の速い操縦性と機敏な運動性を持ち、ダイブ速度は370km/hに達する。

重量問題が命取り

 こうしたコマンチは1996年1月4日初飛行した。初飛行から降りてきたテスト・パイロットは「何もかも予期以上だ。飛び方に勢いがある」「新しい技術がいろいろと採り入れられているにもかかわらず、どこにも異常はなく、信頼性も高い」と語った。

 だが、余りに理想をねらい過ぎたせいか、試験飛行が進むにつれて技術上の不具合が見つかるようになった。とりわけ苦しんだのが重量問題である。最近は量産段階までに、あと90kgの重量削減が必要ということで、その努力が続いていた。しかし、これまでの航空機開発の歴史をふり返って、どの航空機も設計重量は増えこそすれ、減ったためしはない。

 そうなると増加燃料タンクはつけられなくなるし、装甲板も外さなければならない。おまけに費用ばかりかさんで、そんな高いヘリコプターは買えないし、重すぎては使えないという悪循環におちいったのである。

 コマンチは現在、技術製造開発(EMD)段階にあった。シコルスキー社では、そのための4機のEMD機を製作中で、来年から飛ぶ予定だった。

 その試験飛行を経て、2009年から量産機の引渡しに入り、2010年から本格的な量産に移る計画である。当面の調達予定は121機。そのため、2004〜11年度の間に約146億ドルが投入されることになっていた。

 最終的には、総数650機を390億ドル(4兆円余)で買い入れる計画であった。しかし、その全てが中止となり、既存機材の増強に財源が振り向けられることになった。皮肉にも、米陸軍の戦闘能力は却って高まる結果になるのかもしれない。

(西川 渉、『航空情報』2004年5月号掲載) 

 

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