コンコルドの操縦

 

  

 コンコルドの後退翼について「これは単なる翼ではない。一種の芸術作品だ」と『ビジネス・アンド・コマーシャル・アビエーション』誌(2000年7月号)が書いている。まだ事故の起こる前だったが、その芸術品のような翼がパンクしたタイヤの破片で破損し、大きな事故となった。ars longa ではなくて「芸術はもろし」とでもいうべきかもしれない。

 その芸術作品を、一時は世界の主要エアライン16社が、74機を予約発注していた。メーカー側も最終的に150機の製造目標を立てていたが、芸術品であるせいか高価に過ぎて、英仏2社を除いては、どのエアラインも実用に供し得なかった。

 予約注文の内訳は、下表の通りである。

BOAC(現英国航空)

日本航空

エールフランス

ルフトハンザ・ドイツ航空

エアカナダ

中東航空

エアインディア

パンアメリカン航空

アメリカン航空

カンタス航空

ブラニフ国際航空

サベナ・ベルギー航空

コンチネンタル航空

トランスワールド航空(TWA)

イースタン航空

ユナイテッド航空

 

 この表の中で、実機を受け取ったのはBOACとエールフランスのみ。それぞれ8機ずつを実用化した。ほかに原型2機と前量産型2機を合わせて、コンコルドは総数20機がつくられただけであった。

 

 

 そのような芸術作品としてのコンコルドは、どういう構造なのか。主なところは次の通りである。

 翼は「オージー翼」と呼ばれる。S字状の前縁をもつ特異なダブルデルタ翼で、後退角は70°。そこにはエルロンもスピード・ブレーキもスポイラーも前縁フラップもスロットもついていない。あるのは2つ一組のエレボンが3組だけで、これでピッチとロールを制御する。また離着陸のときは、このエレボンが下がって翼の曲面を増大させる。

 エレボン(elevon)とは、水平尾翼のないデルタ翼機にあって、水平尾翼に取りつけられる昇降舵(elevator)と主翼に取りつけられる補助翼(aileron)の両方を兼ねた操縦翼面である。さらにコンコルドの場合は、上述のように離着陸時のフラップの役割も果たしている。

 6つのエレボンは油圧によって作動するが、コントロールは電気的におこなわれる。すなわち「フライ・バイ・ワイヤ」である。フライ・バイ・ワイヤといえば、大多数の人はエアバスA320が草分けだと思っているようだが、実はコンコルドがA320の10年も前から実用化している。このフライ・バイ・ワイヤの信号を送るための電気系統は2重になっているが、さらに機械的な作動系統もバックアップとして装備されている。

 燃料系統はきわめて複雑である。燃料タンクは13個だが、名前のつけ方は1番から11番までしかなく、ちょっと混乱させる。というのは1、2、3、4、5、6、7、7a、8、8a、9、10、11となっているからで、1〜4番のタンクはエンジンへつながり、5〜8aは1〜4番タンクへつながり、9〜10番のタンクは前方、11番は後方にあって巡航飛行中の前後の重心位置を調節するのに使われる。

 燃料搭載量は95,430kg(26,400ガロン)。これらの燃料は本来の目的のほかに、油圧液を冷やし、エアコンの熱交換器を通る空気を冷やすのにも使われる。そのうえ、速度が増すにつれて、フライト・エンジニアは重心位置が後方へゆくように各タンクの燃料を移送する。これで揚力の中心やエレボンの位置は同じところにとどまり、操縦桿を動かす必要もなく、それだけ抵抗がかからない。燃料の移送にあたっては、フライト・エンジニアはパイロットと密接に調整を取りながら、最良の操縦性を維持できるようにする。

 油圧系統は3重で、圧力は4,000psi。これでエレボン、空気取入れ口、降着装置、機首を動かす。機首は離陸のときは下方へ5°、着陸のときは12°まで下がる。

 エンジンはロールスロイス/SNECMAオリンパス593Mk610ターボジェット。高バイパス・ターボファンではない。バイパス・ファンは高度の低い空気中では燃費を減らし、出力を上げるのに有効だが、高々度を高速で飛ぶのには適さないし、重量もかさむ。

 たしかにターボジェットは時代遅れのエンジンのように見えるが、マッハ2の超音速飛行には適するのである。各エンジンにはアフタバーナがついていて、離陸時の推力を17,260kgまで高める。

 降着装置は4か所にある。左右の主脚と前輪と尾部の引きこみ式バンパーである。キャビンの与圧は10.7psi。これで高度60,000フィートでも、機内は6,000フィート相当の気圧になる。普通の旅客機は機内の気圧が8,000フィート相当で、長時間の飛行をしなければならない。それにくらべるとコンコルドは地上との圧力差が小さく、飛行時間も短いので乗客の疲労はそれだけ少なくてすむ。

 

 

 このようなコンコルドのパイロットになるには、6か月間の訓練を受けなければならない。そのうち6週間は学科の勉強で、学生は通常1対1で教官から講義を受ける。机上の講義が終わると、4時間ずつのシミュレーター課程を、19課程にわたって受ける。このうち最初の2課程は通常の操縦操作、あとの17課程は異常事態に対応するための緊急操作である。

 このシミュレーター訓練に合格すると、次はいよいよ実機に乗る。最初に少なくとも14回の着陸訓練をしたのち、教官同乗のもとにラインで2か月間の実務訓練をおこなう。そしてライン・チェックを受けてから4か月後、もう一度訓練生として離陸訓練を受ける。

 

 

 では、実際にコンコルドの操縦をしてみよう。

 コンコルドの最大離陸重量は185,000kg。このときのV1は166kt,VR(引起し速度)は197kt、V2は219ktである。

 コクピットはせまい。3人の乗員がぎゅう詰めにすわる。パイロットが立ち上がるためには、まずフライト・エンジニアが席を立たねばならない。頭上のパネルも頭のすぐ上にある。

 管制塔からの離陸許可がでて、離陸位置につくと、「3、2、1、ナウ!」のかけ声と共にエンジン・スロットルを前方一杯に押す。エンジン出力は1秒間でアイドル状態から最大推力に達する。そしてブレーキを放すと機は動きはじめる。

 離陸に際しては常にアフタバーナを使用する。これは騒音のフットプリントを小さくして、地上に与える影響を小さくするためである。このときの燃費は時間あたり95,000kg以上に相当する。つまりコンコルドの搭載燃料のすべてを1時間以内に使いきってしまう割合になる。

 スロットルを押してから21秒後、滑走速度は100ktになり、31秒後V1に到達、40秒後に195ktとなって、操縦桿を引き上げる。すぐに降着装置を引きこみ、ブレーキを放してから47秒後、コンコルドはV2(197kt)で上昇を続ける。

 そして1分もしないうちに240ktに達し、18°の角度で上昇を続ける。250ktになると「3、2、1、ノイズ!」のコールでフライト・エンジニアがアフタバーナを切る。エンジン出力が下がり、機体の姿勢を13°まで下げて、250ktの速度を維持する。上昇率は1,500fpmで落ち着く。

 やがて加速の許可が出て、機体の上向き姿勢を8°まで下げる。速度はマッハ0.70。フライト・エンジニアが燃料を後方へ移送しはじめる。コンコルド本来の性能が出てきて、上昇率は4,000fpmに上がり、高度16,500フィートを超えたところでさらに加速し、395kt/マッハ0.80に達する。

 高度25,000フィートで上昇率は3,000fpm、速度は393kt/マッハ0.91。ここまで、操縦はすべてパイロット自身の手動でおこなわれてきた。コンコルドは必ずしも自動操縦にする必要はない。離陸から着陸まで、ということはロンドンからニューヨークまで全行程を手動で飛ぶパイロットもいる。その方が燃費は最小限ですむらしい。

 マッハ・メーターが0.99から1.00になったときも、操縦桿の感覚には何の変化もない。わずかに高度計と昇降計の針がジャンプするだけである。間もなく高度33,000フィート、速度計が410kt/マッハ1.10を表示する。

 マッハ1.3でエンジン空気取入れ口のダクト内部にあるランプがデジタル・コントロールによって自動的に下向きに動きはじめる。衝撃波の発生を遅らせるためである。マッハ1.7でアフタバーナを切るが、コンコルドは加速を続け、速度はマッハ2に達する。このとき空気取入れ口と排気ノズルは最良の状態で推力を発揮し、燃料消費はほぼ半分になる。すなわちオリンパス・エンジンは離陸時の推力38,050ポンドが、このときはわずか9%の推力しか出していないのだ。

 マッハ2のとき、ランプはほぼ45°まで下がり、ダクトの中の空気は入口でマッハ2――すなわち1,350mphだったものが500mphまで下がる。これが、わずか11フィートのダクトの中で起こるのである。

 さて、着陸である。コンコルドは着陸地点の真横にあって、速度は210kt,ピッチは8.5°。それからベースレグへ回って190kt、最終進入速度は162ktになる。そこでピッチ・ボタンを回して13°へ上げ、水平飛行の姿勢を保つ。

 それからオートスロットルを使って、地上500フィートまで降下する。パイロットは高度500フィートでは窓の外と計器を1対2の割合で見る。200フィートまで下がったら外と内を1対1の割合で見る。100フィートでは外と内を2対1の割合で見る。そして50フィートでオートスロットルを切り、20フィートで機首を1°上げて降下をチェックする。これで機体は地面効果に乗って、スムーズな接地が可能になる。滑走路に着いたら、操縦桿を引いて、機首が早く下がるのを押しとどめる。

 

 

 実はこの飛行――雑誌記者によるパイロット・レポートはシミュレーターによるものだった。さすがに高価なコンコルドを雑誌記事のために実際に飛ばすことはできなかったのである。

 そこで記者は飛行の途中で何度か異常事態を想定した緊急操作を試みる。ひとつは離陸滑走中のV1におけるエンジン停止である。コンコルドは4発のうち1発が停止しても、容易にセンターラインを維持することができたという。これは、あの事故に近い状態だったかもしれない。

 1発が故障したり、火を発したりしたからといって、コンコルドは機体がぐらついたり、向きが変わったりしないのであろう。したがって管制塔から「火が出ている」と言われるまで、コクピットの乗員は気づかなかった。

 すぐ気がついたからといって何かができたかどうかは分からぬが、エンジンがもっと機体の中心線から離れたところにあって、推力が変わればすぐに影響が出るといった構造の方が良かったのかもしれない。

 コンコルドのシミュレーション飛行の記事を読んで、そんな妄想を考えた。

(西川渉、2000.9.11)

 

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