コンコルドの混乱

 

 コンコルドの事故に関連して9月27〜28日頃、世界中のメディアが一斉に報じたのは、エールフランスが米コンチネンタル航空を訴えたというニュースである。この訴状はすでに9月初めコンコルドが墜落した村の地方裁判所に、損害保険会社との連名で出されたものらしい。

 訴訟の内容は、コンコルドの高圧タイヤがパンクする原因となった金属片、長さ43cm、幅2.5cmの棒がコンチネンタル航空機から脱落したものであること。しかるに航空会社は自社の航空機から脱落した破片による損害については責任を有するという民間航空法の規定があるというのが、根拠になっている。

 これに対してコンチネンタル航空は、問題の金属片がコンコルドの数分前に同じ滑走路から離陸した同社DC-10のスラストリバースの部品によく似ていることは認めたものの、今の調査段階では未確定である。ましてやそれが事故に結びつくという結論は全く出ていないと反論している。

 とりわけコンチネンタルの社長は、エールフランスの訴訟が社会的な受けをねらったステージ・パフォーマンスであると激しく非難している。「われわれは信じられない。今の調査段階では、DC-10が事故の原因であるなどという根拠は全く出ていない。道ばたに靴ひもが落ちていたときに、誰かの靴ひもがなくなっていたからといって、それがその人の靴ひもといえるのか」「こうなったら、アメリカの事故調査委員会も事故調査に参加して、しっかり真相究明をしてもらいたい」と。


(コンコルドが踏みつけたと見られる折れ曲がった金属片)

 

 コンコルドの事故が裁判沙汰に発展したのを聞いて、航空関係者の多くは、エアラインがエアラインを訴えるのは珍しい。通常ならば、欠陥品をつくったというので、メーカーが訴えられることの方が多いと語っている。結果として負けた方の保険会社が賠償金を支払うことになるのかもしれない。逆にエールフランス側の保険会社は、のちに自分に課せられる保険金の支払いを避けようというのかもしれない、と。 

 エールフランスに続いて、ドイツ人犠牲者の遺族団体もコンチネンタル航空を訴えることを検討中と伝えられる。具体的には、犠牲者20人の遺族グループで、弁護士を通じてテキサス州の裁判所に訴状を提出する予定。コンチネンタル航空の拠点はヒューストンにある。

 これも航空事故に起因する訴訟とはやや異なるもので、通常は犠牲者の乗っていたエアラインが訴えられる。加えてメーカーも対象となることが多いが、別のエアラインを訴えるというのは異例であろう。

 ともあれ、エアライン同士の裁判沙汰からは、飛んでもない世界が出現する可能性がある。こうなれば、コンチネンタル航空もドゴール空港当局の安全管理が不十分というので訴えを起こし兼ねないし、DC-10の部品の脱落もエンジン・メーカーや機体メーカーの手落ちや責任はなかったのかのといった議論にも発展する可能性がある。

 つまりコンコルドの問題がDC-10に波及、フランスのエアラインの問題がアメリカのエアラインに及び、英仏メーカーの問題が米側のエンジン・メーカーやボーイングを巻きこみ、フランスの事故調査局の問題にアメリカの事故調査委員会も関与、パリ空港当局は何をしていたのかということにもなってきた。これに犠牲となったドイツがからみ、地上にいたホテルの犠牲者だって黙ってはいないだろう。要するに三つ巴か五つ巴の混乱状態を招来するかもしれないのだ。

 そもそも事故調査の本旨は同じような事故の再発を防ぐのが目的で、責任者をあぶり出したり、弁償や賠償のための犯人探しではない。とはいえ、この原則は、情報提供に対する免責特権が認められるアメリカの司法制度のもとではうまく機能するかもしれぬが、日本では過失責任を問う警察の捜査が先行してしまうから当事者は自由にものが言えなくなってしまう。

 欧州だって原則通りに行っていないだろうことは、最初に責任を問われかねないエールフランス自体が訴訟を起こしたことでもうかがえる。中華思想が強くてプライドの高いフランス人がやけ(自棄)を起こしたようにも見えるのだが、これを日本語では「八つ当たり」という。

 コンコルドの飛行再開もいつのことやら、先行きあやしくなってきた。本当は訴訟の前に、再開に向けての技術対策に精力を注ぐべきではないのか。残念である。

(西川渉、2000.10.2)

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