『墜落!の瞬間』(マルコム・マクファーソン編、山本光伸訳、青山出版社、1999年6月25日刊)は、航空事故の最後の瞬間が生々しく再現され、大型旅客機が次々と、あっけなく墜落してゆく。もちろん、そういう話ばかりを集めたのだから当然ではあるが、それにしても最新の近代装備をそなえた旅客機が、実に些細なミスで大惨事を起こしているのは驚くばかりである。
それだけに恐ろしく、この本を読んだ人は誰しも飛行機に乗りたくなくなるのではあるまいか。エアラインの乗客数も減るかもしれず、航空会社にとってまことに恐るべき本といわねばなるまい。
本書は28件の航空事故のコクピット・ボイス・レコーダー(CVR)の記録を集めたものである。28件の中で苦闘の末に助かった例は数件のみ。あとは全て多数の犠牲者を出した例ばかりで、そこに至るコクピット内部の音声が管制塔との交信をまじえて記録されている。その最後の言葉を並べると、次のようになる。
機長「待て! しまった!」<バーンという音>
機長「一体どうなってるんだ?」<衝撃音>
副操縦士「あー、何があったんだ?」
副操縦士「あー……だめだ! 終わりだ!」
機長「クソッ!」
機長「押し上げろ!」
航空機関士「ああ、神様」
副操縦士「エイミー、愛してるよ」<唸り声、衝突音>
機長「上げろ……速度の出しすぎだ。出しすぎたんだ」
副操縦士「ああ、駄目だ」<バリバリという大きな音>
機長「どうしたんだ! ああ……」<悲鳴>
機長「上がれ、上がってくれ」
機長「引いて……引いて……」<悲鳴>
乗員「左のレバー、左、左、左、左……あーっ!」<衝撃音>
こうした最後の一と言を読むだけで、土壇場の恐ろしい場面が想像できるではないか。
また、機長「管制塔、墜落します。こちらPSA……」。管制塔「了解……」<失速の警報音>というような奇妙な記録もある。パシフィック・サウスウェスト航空のボーイング727旅客機が1978年、サンディエゴ上空で訓練飛行中のセスナ軽飛行機と衝突、総数144人が死亡した事故である。言葉だけは冷静のように見えるが、実際は高度750mで衝突して火を噴きながら20秒かかって道路上に墜落したもので、その間の悲愴な交信であろう。
そして、機長「機首上げろ、機首上げろ。パワー」<警報音「プルアップ! プルアップ! プルアップ!」尾根に墜落した衝撃音>という記録は、わが国航空界にとって忘れることのできない日本航空123便の御巣鷹山の事故である。
これら多くの事故に共通するのは、おそらく機長ですら何が起こったのか分からず、またどうしていいか分からないような状況であった。日本航空の事故も周知の通り、与圧隔壁が破裂して尾翼がなくなっていたことを乗員は全く知らなかったのである。
あるいは本書に登場するアエロペルー航空の事故例だが、静圧孔が整備作業のときにふさいだままになっていたため大惨事となった。このときも乗員はいったい何が起こったのか理解できないまま、狂った計器に翻弄されながら墜ちていったのである。
いったん迷路の中に迷いこむと、そこから抜け出すのはなかなか難かしい。本書はそのあたりの状況を生々しく伝えている。
さて、このような悲惨な航空事故は活字ばかりでなく、インターネットによって生の声を聞くという恐ろしい体験をすることもできる。
本書を読んでいて、もっと詳しく事故の状況を知りたいと思い、かねてブックマークに登録してあった「エアライン・ディザスター」(航空災害)というサイトを呼び出した。
そこには1908年から最近までの航空事故に関する膨大な資料が集めてある。総数1,000件を超えるデータの集積で、これを見るだけでも航空機が如何に多くの人命を奪ってきたかが分かるというもの。
そして概要説明を探していたとき、不図このサイトの中に「コクピット・ラスト・ワード」という頁があり、本書のようにCVRの内容が文字になっているのに気がついた。そればかりでなく、音声まで収録されていたのである。
試しに、その一つを取り出してみると、機長と副操縦士が何とかして危機を脱出しようと、怒鳴り合うようなやりとりをしている。
機長「進め、上がれ!」
機長「下がってる、落ちてるぞ」
副操縦士「機長、下がってます、機長」
機長「分かってる!」
そこへ「どどーん」という物凄い音が響いてテープが止まるという、実に生々しい音声が聞こえるのである。
これは1982年1月13日、ワシントン・ナショナル空港を飛び立ってすぐ、凍てついたポトマック川に墜落したエアフロリダ90便の最後である。
私はその一例を聴いただけで、あとは恐ろしくて続けることができなかった。
(西川渉、『WING』紙99年7月21日付掲載)