<ボンバルディア>

ダッシュ8双発ターボプロップ機

 

ジェットの後継機として

 今から1年前、ボンバルディア社は英フライビー(FlyBE)航空からダッシュ8-Q400双発ターボプロップ旅客機について20機の注文を受け、2005年のスタートを切った。その半年後、フライビーはパリ航空ショーで25機のQ400を追加発注して、同機に対する発注数を45機まで伸ばした。

 フライビーはヨーロッパ地域航空の中では最大のエアラインである。1979年ジャージー・ヨーロッパ航空として発足したのち、合併や吸収を繰り返して2000年にブリティッシュ・ヨーロッパ航空(BEA)と改称、2002年7月フライビー(FlyBE)となった。

 このときから単なる近距離航空というだけでなく、思い切った格安運賃を打ち出し、事業の拡大に向かって拍車をかけ始めた。本社は英国南西部のエグゼター国際空港だが、路線網はロンドンやバーミンガムが中心で、2005年春の時点で英国内18ヵ所を結ぶ国内線と欧州圏内13ヵ所へ向かう国際線を運航している。

 保有機はBAe146四発ジェット旅客機15機が主力。それに多数のダッシュ8双発ターボプロップ機を保有するが、BAe146が老朽化したことから2005年6月、パリ航空ショーで新しいエムブラエル195双発ジェット旅客機を14機発注して、機材の再編に乗り出した。

 同じくターボプロップ機についても、従来ダッシュ8-200や8-300を飛ばしてきたが、これらを最新の高速大型機Q400に替えるという戦略を採用、そこから上述の45機の発注となったものである。

 フライビーはQ400選定の理由として「信頼性が高く、就航率も高い。英国内線で使う場合は、速度はBAe146ジェットと同じくらいで、座席あたりのコストはボーイング737よりも安い」としている。

 結果としてQ400は今や、ダッシュ8-200や-300の後継ばかりでなく、BAe146の替わりとしても使われるようになった。そのうえフライビーによれば信頼性に富み、高速で静かなキャビンは乗客の評判も良い。ヨーロッパ圏内の区間ならば、他のジェット旅客機とも充分に対抗し、すぐれた経済性と高い生産性をあげることができる。

ダッシュ8の概要

 では、ボンバルディア・ダッシュ8ターボプロップ機は、どんな航空機だろうか。カナダのボンバルディア社は現在、リージョナル機としてCRJ双発ジェットも製造しているが、ここではターボプロップのダッシュ8に絞って見てゆこう。

 ダッシュ8の開発計画が公表されたのは1979年、パリ航空ショーであった。当時のデハビランド・カナダ(DHC)社で製造されていたDHC-6ツインオター双発ターボプロップ機(19席)と、通称ダッシュセブンと呼ばれるDHC-7四発ターボプロップ機(50席)との中間に位置する。したがってDHC-7のスケールダウンという形となり、翼幅は短縮されたが、同じ太さの胴体を持ち、キャビンは36席であった。

 高翼、T型尾翼の基本形も変わらない。しかし機首やエンジン・ナセルは抵抗軽減のためスマートに整形され、コクピットの窓も曲面パネルを採用した。主翼には大きなダブル・スロッテッド・フラップがつき、高揚力装置としてSTOL性能の向上に役立っている。また翼上面には左右合わせて4枚のフライト・スポイラーがつき、低速時の操縦性を確保する。さらに胴体とエンジン・ナセルとの間の翼上面にもグランド・スポイラーをそなえ、接地後の滑走距離短縮に使用する。

 垂直尾翼と方向舵は非常に大きい。方向舵はダブル・ヒンジで、低速時の方向安定と操縦性を確保し、短い滑走路でも発着できる。

 こうしたダッシュ8は、基本型-100(37〜39席)が1983年6月20日に初飛行、翌年9月に型式証明を取得して、定期路線に就航した。次の-300(50〜56席)は胴体を延ばして1987年5月15日に初飛行、翌年2月に型式証明を取った。この-300のエンジンを-100に取りつけたのが-200である。大きさの割に出力が増えて、高温高地での離着陸性能が向上し、巡航速度も速くなった。

 そして1995年6月のパリ航空ショーで-400(68〜78席)の開発着手が発表された。これらダッシュ8派生型の基礎データは表1に示す通りである。

表1 ダッシュ8基礎データ

8-100

8-200A

8-Q300B

8-Q400

全長(m)

22.3

22.25

25.68

32.84

主翼スパン(m)

25.91

25.9

27.43

28.42

全高(m)

7.49

7.49

7.49

8.34

キャビン幅(m)

2.49

2.49

2.51

2.51

最大離陸重量(kg)

16,466

16,466

19,505

29,257

運用自重(kg)

10,406

10,445

11,719

17,108

最大ペイロード(kg)

4,109

4,213

6,198

8,747

エンジン

PW120A

PW123C

PW123B

PW150A

出力(hp)

2,000×2

2,150×2

2,500×2

5,075×2

通常巡航速度(km/h)

448

448

450

648

最大巡航速度(km/h)

500

525

531

666

最大運用高度(m)

7,500

7,500

7,500

7,500

離陸滑走路長(m)

992

1,000

1,178

1,194

着陸滑走路長(m)

786

780

1,041

1,287

客席数

37

37

56

74

航続距離(km)

1,928

1,713

1,558

2,519

最も静かなターボプロップ

 ボンバルディア・ダッシュ8シリーズのQ400は1998年1月31日に初飛行、2000年2月に就航した。座席数が多いのは旅客需要の多い地域航空路線を目的とするもので、独自の「騒音・振動抑制装置」(NVS)を装備、キャビン内部は世界で最も静かなターボプロップ機とされる。以後NVSをつけたダッシュ8はダッシュ番号の前にQuietの頭文字をつけ、Qシリーズと呼ばれるようになった。

 さらにQ400は最大巡航650km/hの高速性能と2,500km以上の長航続性能によって、従来の地域航空には見られない長距離路線にも適合する。またヨーロッパでは5.5°の急角度進入を認められ、市街地のきびしい条件に縛られたロンドン・シティ空港での離着陸も可能。

 胴体は円形に近い断面。コクピットには大きさ6インチ×8インチの高解像度液晶パネル5面がついて、飛行情報を表示する。さらに当然のことながら、緊急位置発信のためのトランスポンダーやコクピット・ボイス・レコーダーも標準装備である。

 航法装置は気象レーダー、衝突警報装置、電波高度計、ADF、DMEなどがつき、飛行管理システムや衝突回避システムの選択装備も可能。

 キャビンは、客席が68〜78席で、単一クラスか2クラスかによって異なる。スカンジナビア航空(SAS)の場合は全席ビジネス・クラスの58席で運航している。乗降ドアは2ヵ所だが、キャビン前方のドアにはエアステア(階段)がつき、地上施設の不十分な空港でも旅客の乗降ができる。手荷物室の容積は14立方メートル。

 エンジンはプラット・アンド・ホイットニー・カナダ社のPW150A(5,075shp)が2基。完全ディジタル・コントロール装置(FADEC)を装備する。プロペラは6枚ブレードの可変ピッチで、複合材製。電熱式の防氷装置が埋めこまれている。

 燃料タンク容量は6,526リッター。これで乗客74人をのせ、航続2,500km以上の飛行が可能。

 降着装置は前輪式の引込み脚。二重車輪にはアンチ・スキッド・ブレーキがつく。

 こうしたダッシュ8シリーズは2005年11月末現在、受注総数がちょうど800機に達した。内訳は表2の通りだが、世界およそ40ヵ国で90社前後のエアラインその他の企業や政府機関が運航している。

表2 ダッシュ8の受注・引渡し状況

総受注数

引渡し数

引渡し残

ダッシュ8-Q400

163

105

58

ダッシュ8-Q300

240

219

21

ダッシュ8-Q200

98

96

2

ダッシュ8-Q100

299

299

0

合  計

800

719

81
[資料]ボンバルディア社、2005年11月末現在

 

 このうち日本での受注数は、表3のとおり37機。1機は航空局が飛行検査機として使っているが、残りはエアライン8社が各地の地域航空路線に運航中。

表3 日本のダッシュ8

運 航 者

Q400

Q300

Q200

Q100

合  計

日本エアコミューター

9

  

  

  

9

エアニッポン

8

5

  

  

13

エアセントラル

4

  

  

  

4

全日空

2

 

  

  

2

琉球エアーコミューター

  

1

  

4

5

オリエンタル・エアブリッジ

  

  

2

  

2

天草エアライン

  

  

  

1

1

航空局

  

1

  

  

1

合  計

23

7

2

5

37

洋上パトロールにも好適

 ダッシュ8は旅客輸送ばかりでなく、多くのさまざまな用途に使うことができる。現に、わが国航空局は飛行検査機として使っているが、ノルウェー航空局やカナダ運輸省も同様の使い方をしている。

 またカナダ沿岸警備隊は空中探査機として使用中。洋上哨戒機としてはスウェーデン沿岸警備隊がQ300を3機、米税関移民局がQ200を3機飛ばしている。さらにオーストラリア政府は洋上哨戒を民間航空会社に委託しているが、受託会社はその任務のためにダッシュ8-Q200を使っている。

 このオーストラリアの洋上パトロールは、ナショナル・ジェット・システムズ社と呼ぶ民間航空会社が関税局との10年契約によって飛行している。オーストラリアはヘリコプターによる戦闘救助や沿岸警備など、本来は軍や政府の仕事とされてきた任務を民間企業に委託することが多く、洋上パトロールもそのひとつである。

 この警備任務を遂行するために、ダッシュ8-200は機首に赤外線暗視装置FLIRをつけ、胴体下面には探査レーダーを取りつけて360°全方位のスキャンが可能となっている。また翼下面の4ヵ所には容量170kgのハードポイントがあり、サーチライトや投下可能の救命いかだやサバイバル・キットを取りつける。さらに胴体側面には大きな見張り窓がある。

 現在はこうしたダッシュ8-Q200が5機使われているが、このほど2020年までの12年契約が決まったため、2008年からは10機のダッシュ8が飛ぶ予定。この中には新たにQ300も加わり、250km/hのパトロール速度で航続9時間の飛行をすることになっている。

 パトロールの目的は沖合200海里までの排他的経済水域の中で、捜索救難、密漁監視、密輸監視、船舶管理、漁業支援、環境保護などの任務に当たることである。

 ボンバルディア社は、こうした洋上パトロールを日本向けにも提案しており、ダッシュ8-Q300を使用すれば、半径1,200海里の航続飛行性能を有することから、羽田空港を拠点とするだけで充分な余裕をもって経済水域をカバーすることができる。たとえば4機で6時間ずつのパトロール飛行をすれば2日間で経済水域の全域を巡視できるし、6機が4時間ずつ飛べば2日ですみ、8時間ずつ飛べば1日で全域をカバーする。

 ダッシュ8は本来が定時性の重視される旅客機であり、機内の居住性、機体の信頼性、全天候性、稼働率などにすぐれていることはいうまでもない。また運航支援のためには、メーカーの技術者2名を日本に送りこんでいる。

ダッシュ8増産へ

 ターボプロップ機は過去10年来、地域航空の分野ではリージョナルジェットに押され、売れ行きが落ちていた。ダッシュ8の受注数も表4に見るとおり、必ずしも順調ではなかった。

表4 ダッシュ8受注数の推移

Q400

Q300

Q200

合  計

2004

13

21

1

35

2003

23

7

1

31

2002

4

6

0

10

2001

12

6

0

18

2000

7

33

2

42

1999

――

66

1998

――

25

1997

――

44

1996

――

71

1995

――

42
[資料]ボンバルディア社、2005年

 

 さらにターボプロップ全体の生産数は表5に示すように、リージョナルジェットの成功以前は年間300機を大きく超えていたものが、2003年は生き残ったボンバルディア機とATR機を合わせても30機に満たない。一方リージョナル・ジェットは対照的に、引渡し数が300機を超えるまでに伸びてきた。ところが最近、本誌2月号でもご報告したとおり、ターボプロップの受注数が急速に回復してきた。

表5 リージョナル旅客機引渡し数の推移

ターボプロップ

ジェット

1985

190

14

1986

263

14

1987

262

9

1988

284

1

1989

340

2

1990

398

1

1991

341

1

1992

251

5

1993

216

24

1994

206

30

1995

244

61

1996

238

72

1997

184

88

1998

154

131

1999

105

191

2000

91

283

2001

78

328

2002

65

318

2003

27

304

2004

36

294

2005

45

224
[注]2005年は推定値

 最大の理由は燃料費の高騰である。リージョナルジェットは、乗客には好まれるが、どうしても運航費が高い。ボンバルディア社は同じ70席前後のQ400ターボプロップとCRJ700ジェットの経済性を比較している。それによると、まず機体価格はQ400が2,100万ドル、CRJ700が3,000万ドルで、ジェットの方が5割増である。これを近距離区間で運航する場合、ジェットが速いといっても、さほど大きな時間差がつくわけではない。高速の利点がほとんど発揮できないのである。

 具体的に東京〜名古屋間に相当する320km区間では、キロ当りの燃料消費はジェットの方がターボプロップよりもはるかに多い。Q400の燃費はCRJ700の28%減であり、エンジン整備費は83%減になる。他の運航費もターボプロップの方が安いことから、運航費総額ではターボプロップが46%安くなる。その結果、Q400で採算のとれる乗客数は、ジェットより1便当り10人少なくてすむのである。

 また東京〜大阪間に当たる560kmの区間では、10機のターボプロップを運航する場合、同じ大きさのジェットを運航するのにくらべて、燃料費は年間169万ドル安くなる。これは3年前の計算で、現在は3倍に値上がりしていることを勘案すると、ターボプロップの節約額はジェットに対して年間550万ドルになる。

 こうして石油価格が下がらない限り、ターボプロップの売れ行きは高レベルがつづくというのがボンバルディア社の見方である。

 別の予測では、15〜89席のターボプロップ新製機について今後10年間に600機、金額にして104億ドル(約1.2兆円)の需要があるという。年間平均60機だが、次の10年間も2023年まで毎年40機以上の需要を予測している。

 こうした需要増に応じて、ボンバルディア社はカナダのトロントに近い最終組立工場でターボプロップの生産数を2004年の20機から2005年は33機に増やした。2006年はさらに大きく増やす計画を進めつつある。

(西川 渉、「エアワールド」誌2006年4月号掲載)

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