救急ヘリコプターに見る体重制限

 

 畏友ミヤタさんがかつて現役のパイロットだった頃、自分は体が小さい分だけ会社に貢献していると言ったことがある。小さいといっても、体重などは私より重かったかもしれないが、何故か当時の会社の幹部クラスのパイロットは体の大きな人が多かった。

 そういう人にくらべて、むろん半分は冗談の言説だが、体重が軽ければそれだけ物資輸送の荷物をたくさん積めるし、薬剤散布の薬剤も増えるから、同じ作業をするのに飛行時間は少なくてすむ。あるいは同じ荷物や薬剤を積んでも、重量の軽い分だけ燃費が少なくてすむ。

 物資輸送も薬剤散布も一時間に十数回の離着陸を繰り返し、荷物や薬剤を一杯に積んで飛ぶから、体重の差がそんなに大きくなくても、1年に300時間から500時間の作業量を考えれば、相当な差になる。大きなジャンボ機などは問題にならないかもしれぬが、昔の200kgくらいしか積めないベル47では大変な影響があった。

 そして今でも、ヘリコプターの場合は、こういう問題が決して冗談ではない。そのことをアメリカの『エアメッド』という航空救急誌が昨年秋、「乗務員の身体的要件」という記事で真面目に取り上げている。

 

AAMSの調査結果

 それによると、救急ヘリコプターの場合、医療器具や救急隊員の重量が重ければ、充分な予備燃料が積めなくなり、計器飛行ができなくなる。逆に搭載重量が軽ければ、安全上の余裕も大きい。もしも双発のうちの一発が停止した場合、残りの片発でぎりぎりの飛行をすることになるが、そのときも重量の軽い方が望ましいことはいうまでもない。

 また重量が軽ければ、機体の速度は増し、飛行性能が良くなる。それに、せまい機内では体重ばかりでなく、小柄の人の方が動きも楽であろう。

 そこで米エア・メディカル・サービス協会(AAMS)は1995年、全米の航空救急隊228隊に対してアンケート調査をおこなった。その結果、7割近い157隊から回答があった。その中で体重制限の規定を設けているのは回答数の55%、87の救急隊であった。

 その内容は男性の制限値が80〜110kg。最も多いのが90kgであった。また女性については65〜110kgで、最高はやはり90kg。男女とも余り変わりはなく、区別しているところは4隊だけであった。

 体重制限と使用ヘリコプターの大きさとの関連は、一般に使用機材が小さくなるほど、重量制限をしている救急隊の数が増えるという傾向が見られた。

 また体重が制限値を越えるとどうなるか。ある救急隊では直ちに搭乗停止命令が出て、2週間たっても減量できない場合は搭乗勤務から外され、場合によっては解雇される。また別の救急隊では、6週間以内に減量をはじめ、適当な期間内に目標の体重に達することが求められる。

 全体では、体重超過の隊員を搭乗勤務から外したことのある救急隊は37隊であった。そのうち14隊は15人の隊員を解雇していた。そのため解雇された隊員が訴訟を起こすという例も1件見られた。しかし解雇された隊員が減量によって元の職場に戻った例は1件もない。

 逆に、二つの救急隊は体重の重すぎる隊員を解雇したものの、優秀な隊員を失う結果になったため体重規定を廃止してしまった。

 パイロットの体重制限を設けているところは54隊であった。そのうち8隊が実際に体重が多いという理由でパイロットを解雇している。

体重規定の具体例

 以上の中から、ある救急隊の具体例を見てみよう。同隊は2機のBK117を運航しているが、搭乗配置にある救急隊員は男女を問わず、飛行服と飛行シューズを着用して重量100kg以下でなければならない。隊員は3か月に一度ずつ、ヘリコプターのウェイト・アンド・バランス計算の必要上、機長の責任において体重測定をしなければならない。

 制限重量を超えたものは、超過2kg以下の場合、30日以内に制限内まで減量しなければならない。超過2kg以上の場合は、最初の30日で2kg減らし、次の30日以内に制限範囲内にもってこなければならない。

 これらの規定に適合しないものは救急隊の管理委員会の審議により、職務を異動する。また連続6か月にわたって制限を超えたものは、救急隊員の資格を失う。

 実際に、この救急隊では1995年に体重制限規定が施行されたとき、2人の隊員が制限値を超えていた。2人はすぐに減量カウンセリングにかかり、その効果が認められたので、解雇されることはなかった。

 ところで、航空界全体を見たとき、このような体重制限を設けているところはあるのだろうか。日本では余り聞いたことがないが、自衛隊では操縦要員の募集要項に身長と体重の関連表がある。たとえば身長170cmの人は体重が53〜84kgの範囲、179cmの人は58〜89kgの範囲になければならない。しかし、これは航空機の安全や性能を確保するための制限ではなくて、その人の健康状態を知る目安として身体のバランスが取れているかどうかを見るためであろう。

体重制限は是か非か

 東南アジアのエアラインには、スチュワーデスの体重を制限しているところがある。これも安全や性能の問題ではなく、肥満と容姿の問題であろう。たとえばシンガポール航空の場合、粒選りのスチュワーデスがそろっている蔭には、個人個人に守るべき体重が決まっていて、その指定体重を超えるとチーフパーサーから警告が出される。そして3度の警告でも減量ができないときは解雇される。情状酌量の余地があるときは地上勤務に移され、引き続き減量を要求されるそうである。

 ただし女性の容姿や体重を問題にしすぎると労働問題やセクハラになるから注意しなければならない。何年か前にユナイテッド航空だったか、スチュワーデスが規定の体重を超えたために乗務停止になったり、解雇されたりして社会問題に発展したことがある。

 確かにアメリカでは、ジャガイモをたくさん食べるせいか、同じアングロサクソンでも英国より肥満の人を多く見かける。したがってジャンボ旅客機のスチュワーデスの容姿はともかく、小さなヘリコプターで危険な飛行が要求される救急業務では隊員の体重も無視できない。先の調査に見たように半分以上の救急隊が体重規定を設けているのも、そのせいであろう。

 とはいえ、体重制限に関する航空界の考え方は、必ずしも定着しているわけではない。制限をすることによって航空機の安全と飛行性能に効果があるかどうか、乗務員の健康に効果があるかどうか、認識が固まるのはこれからであろう。

 ところで、ダイエットに悩むアメリカの救急隊員が減量施設に行った話がある。受付でたずねると500ドル・コースと1,000ドル・コースがあった。彼は懐具合と相談して、500ドル・コースを申しこむ。すると体育館のような大きな部屋に連れて行かれた。そこには大変な美女がいて、首から下げた札に「私をつかまえたら何をしてもいいわよ」と書いてある。彼はちょっと考え、1,000ドルだったらどんなことになるだろうと思い、受付に引き返して「やっぱり1,000ドル・コースにします」と言った。そこで連れて行かれた部屋はバスルームのような狭い部屋で、体重2トンを超えるようなゴリラが待っていた。その首には「お前をつかまえたら、何でもしてやるぞ」と書いてあった。

 そんなところへ行く必要のないミヤタさんから聞いた話である。

    (西川渉、『日本航空新聞』98年9月3日付掲載)

 

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