国際会議 Heli Japan 98

「水鉄砲」と「鉄砲水」

 

 去る4月下旬、岐阜で開催された国際会議、Heli Japan 98 は思いがけない盛況であった。1年前に準備委員会が発足した当初はどれほどの出席者があるのか、ひょっとすると論文発表者だけが代わる代わる演壇に上がって、聴いているのは次の発表者だけかもしれないなどとという自嘲も聞かれたほどである。

 まあ良くて200人か300人ではないかと思われていたのが、二た月前には出席申しこみが500人にせまり、開会当日は600人を超える人数になったのである。事務局は嬉しい悲鳴で、あわてて同時通訳のイヤホンを増やしたり、弁当の追加注文をしたり、論文の前刷り集が足りないのではないかと心配するようなことになった。

 開催期間3日間のうち最終日はかがみがはら航空宇宙博物館の見学と、川崎重工および三菱重工で新しいヘリコプターの開発状況を見たが、初めの2日間は外国からの参加者をまじえた講演と討議の場となった。

 テーマは「ヘリコプターの先進技術と防災」。発表者は私の数えたところ95人に上り、司会者その他を入れると100人以上のヘリコプター関係者または専門家が登壇したことになる。

 そのうち8人の特別講演と6人のパネル討論は大講堂で参加者全員が聴き、残りは三つの会場に分かれて専門分野ごとに同時並行的に研究発表と討論がおこなわれた。さらに会場の一角では協賛15社の展示会もあって、量的にはもちろん、質的にも成功したということができよう。

 

ヘリコプターの「活用は不充分」 

 2日間の講演を聴いて印象に残ったことの一つは、大災害におけるヘリコプターの活用が、日本ばかりでなく世界的にもまだ充分ではないらしいといということである。

 FAAのロバート・スミス氏の講演の中にも、一般の人はヘリコプターについてよく知らないし、関心が薄い。これでは大災害に際してヘリコプターの有効活用はむずかしいという話が出てきた。日本のことを言っているのかと思ったら、アメリカの話である。

 そこで氏はヘリコプターをもっと活用してもらうために、1991年『災害時におけるヘリコプター活用の手引き』を作成した。ヘリコプターがどのようなことに使えるのか、どのように使えばいいのかをFAAの立場から整理して、A4版五十頁ほどの小冊子にまとめ、17,000部を印刷して全米の自治体に配布したという。

 各自治体がそれぞれの防災計画をつくる際に、この手引き書にしたがってヘリコプターを組み入れるならば、きわめて機動的、実践的な計画をつくることができるというわけである。

 私も何年か前、この文書を読んで非常にうまくできていると思い、折りにふれて紹介してきた。災害に当たってヘリコプターを使いこなすにはどうすればいいか、どのような準備と訓練をしておけばいいのかが、きわめて具体的に示されている。

 しかし、その趣旨に応じて実際の地域防災計画にヘリコプターを組み入れた自治体はどのくらいあったのか。イリノイ州がそうした防災マニュアルをつくっているのを見たことはあるが、スミス氏は手引き書の配布から6〜7年を経過した今日なお防災計画におけるヘリコプターの活用体制は十分ではないとして、今その改訂版を作成中と語った。

 

消防用の「水鉄砲」

 ドイツ・アイフェックス社のルディ・シュトゥール氏からはIFEX3000と名づけた「水鉄砲」の紹介があった。長さ4〜5メートルの筒の中に18リッターの水を詰めて、圧縮空気で噴射する仕組みである。噴射速度は毎秒120mという機銃なみの速さで、噴射口の先端には仕掛けがあって最小二ミクロンという微細な水滴になる。

 すると発射された水は強い圧力をもち、燃え上がる炎の中を広く深く浸透するため、温度を一挙に引き下げ、火勢を抑える働きをする。つまり、わずかな水量で大きな火災を、消し止めることができなくても、弱めることができる。そこへ地上の消防隊が駆けつけて鎮火させるというわけである。

 会場に展示されたIFEX3000の実物は、発射管が2本で約300リッターの水タンクがつき、これをAS350小型ヘリコプターのスキッドに取りつけて火事現場に急行するという装置であった。左右の発射管から1回18リッターずつ火元に向けて16回の発射ができる。これで、ごくわずかな水量で火事が鎮まるというのである。

 実は、この消火装置は地上の消防隊ではとっくに実用化され、威力を発揮している。消防隊員1人で操作できるような小型の消火装置で、水タンクの容量はポリ缶と同じ18リッター、1回の発射水量は1リッター。これを肩にかついでバイクで交通事故の現場に駆けつけ、車の火災を2〜3発で消し止めるらしい。日本でも全国の都道府県が採用していると聞いた。

 それを、やや大がかりにしてヘリコプターに取りつける。発射管の向きは機体の前方水平方向から真下まで、飛行中でも90°の動きができるから、火災現場の上空から下方に向けて放水すればよい。まるで2門の機関砲をつけた攻撃ヘリコプターが火事を狙い撃つようなものだが、それがAS350程度の小型機で充分というから、私はいかにもドイツらしい合理性にあふれた発明ではないかと思った。


(手持ちの消火用水鉄砲、IFEX3000)

 

コーベの教訓を生かすアメリカ

 三つ目の印象はロサンゼルス・カウンティ消防局のリー・ベンソン機長による講演である。その中に一種の鉄砲水によって押し流される犠牲者を救う話が出てきた。ロサンゼルスの都市部には沢山の運河のような排水溝がある。普段は水がなくて、子供の遊び場になったりする。

 ところが川上の方で夕立があると大量の雨水が流れこんできて、あっという間に恐ろしい奔流になってしまう。それが車よりも速く流れ下ってくるから逃げる暇もない。岸の上からロープを投げても、犠牲者は濁流に巻き込まれたまま、ロープをつかむことすらできない状況になる。

 そこでヘリコプターが登場する。奔流と同じ速さで飛びながら、ホイストで救助隊員を吊り降ろし、物凄い速さで流されていく犠牲者を救い上げようというのである。排水溝にはところどころに橋がかかっているから、ヘリコプターにとっても危険この上ない。

 そのもようが講演会場ではビデオで映し出されたが、救われる方も救う方も命がけの救助活動である。それでも危険をかえりみずに救助の手をさし延ばすのは「緊急事態はわれらがビジネス」(Emergencies are our business)というのが、救助隊員一人ひとりの信念だからである。

 事実、ロサンゼルス・カウンティの消防航空隊は、世界最高の救助チームという自負を持っている。「救助のためのヘリコプターを使用する点においては、どこにも負けないつもりです」と、ベンソン機長は語った。

 講演のあと、私はこの人と直接話をする機会があったが、そのとき阪神大震災には大いに学ぶところがあったという意外な言葉を聞いた。あの地震から3日後、ロサンゼルス・カウンティ消防局は3人の防災専門家を神戸に派遣し、1週間滞在して被災現場の状況を見て歩いた。そのときの膨大な報告書にもとづいて、この3年間、危機管理計画を見直し、新しい計画をつくってきたというのである。

 日本でも同じ3年間、阪神大震災の教訓を生かすといった合い言葉がしばしば発せられたけれども、それを外国人の口から聞こうとは思わなかった。

 機長は、自分たちは今も危機管理の方法をどんどん変えている、と言葉を継いだ。旧い体制のままでは駄目だというので、消防局の内部でも保守的な人との間に激しい葛藤もあるという。

 私は、多大の犠牲をはらったのが日本で、その教訓を生かしているのがアメリカであることを知って、二の句が継げなかった。

 日本も急がなければならない。

(西川 渉、『日本航空新聞』98年5月14日付け掲載)

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