<ADAC Stationsatlas>

独逸ヘリコプター救急の近況

 

 先日、ドイツADACから厚い地図帖が送られてきた。

 副題は"Christoph - bitte kommen!"(クリストフ、早く来て!)というもの。クリストフとは、幼いキリストを肩に乗せて川を渡った旅の守護神クリストフォラスにちなむもので、ドイツの救急ヘリコプターは殆どが「クリストフ1」(ミュンヘン)、「クリストフ2」(フランクフルト)、「クリストフ3」(ケルン)、「クリストフ4」(ハノーバー)といった愛称をもっている。


ドイツ救急拠点地図帖の表紙

 この地図帖は数年に1度ずつ出ているもので、ドイツのヘリコプター救急拠点の案内書である。子細に見ると、ドイツの現状がよく分かって、なかなか面白い。

 見開きの左頁には各拠点の写真とヘリポートの所在地、緯度経度、標高、運航開始年、運航機種、運航者、運航実績などのデータ。右頁にはその拠点を中心とする半径70km範囲の地図が掲載されている。標高は最も高いところで750m程度。ほとんどは300m前後だから、ドイツという国が如何に平らな土地であるかが分かる。面積は日本の94%だから、日本の山や谷を取り払って、平らに撫でつけたようなもので、ヘリコプターにとっては飛びやすい地形といえよう。

 掲載されている拠点数は、数えてみると全部で75ヵ所。1ヵ所に2頁ずつを割り当て、前後の目次や解説などを加え、A4版で総数170頁というのが地図帖の大きさである。


ベルリンの頁――左頁に病院およびヘリポートの写真とデータ、右頁に半径70kmの周辺地図

 本の発行時期は 2011/2012 版とあるところから、2011年であろうか。出動実績のデータも2010年と2009年の数字が記載されている。つまり、この時点で、ドイツのヘリコプター救急拠点は75ヵ所であった。ただし、よく見ると1ヵ所だけオランダのクローニンゲン医科大学も入っているので、厳密にドイツだけということでは74ヵ所というべきかもしれない。

 ただし、クローニンゲンの運航はADACが担当している。何年か前に山野さんともども、マツケアールさんの運転でクローニンゲンを訪ねたことがあるが、ドイツ国内のケルンあたりからアウトバーンに乗って、北へ北へと走っているうちにいつの間にか国境を越えていた。検問も入国手続きも何にもなくて、国境を示す看板を写真に撮ることもできず、ヘリコプターも自在に国境を越えて往き来しているのであろう。

 それというのも、ヨーロッパ連合の域内だからではあるが、そもそもドイツとオランダは昔から関係が深い。言葉もよく似ていて、ドイツ語とオランダ語で会話をしても、お互いに相手の言うことはよく分かるのだそうである。


クローニンゲン医科大学屋上で待機するADACのEC135救急機(2007年7月)

 では、75ヵ所の拠点は誰が運航しているのか。そのもようは下表に示す通りである。

運 航 者

運航拠点数

シェア

ADAC航空救助

34

45.3%

DRF航空救助

26

34.7%

内務省防災局

12

16.0%

ドイツ赤十字救急サービス

1

1.3%

エルベ・ヘリコプター

1

1.3%

交通事故救助のためのヨハネ騎士団

1

1.3%

合     計

75

100.0%

 これら75ヵ所の拠点では、どんなヘリコプターが使われているのだろうか。実際は予備機などがあって、機種もときどき変わるだろうが、本書のデータの中に通常使用している機種が記されている。それを見てゆくと、EC135が51ヵ所で使われており、BK117/EC145が20ヵ所。合わせて71ヵ所になるが、ドイツだから、この2つの国産機がほとんどであるのは当然のこと。あとはベル412が3ヵ所、AS365Nが1ヵ所で飛んでいる。


ベルリン航空ショーに展示されたDRFのEC135救急機(2008年5月)

 これらのヘリコプターは年間どのくらい飛んでいるのか。本書の1ヵ所ごとの数字を足してゆくと、2010年の総出動件数は96,630件、2009年は98,902件であった。ただし75ヵ所のうち1ヵ所は2011年から運航を開始したもので、出動件数の勘定に入っていない。したがって、74ヵ所で総出動件数を割ると、2010年が1ヵ所平均1,305件、2009年が1,336件になる。

 いずれにせよ、平均で1,000件を大きく上回る。実際に1,000件以下の出動拠点は、2010年で12ヵ所しかなかった。あとの62ヵ所はいずれも1,000件以上の出動で、最も多いのはベルリンの2010年が2,334件、2009年が2,641件である。これは1日7件前後の出動にあたる。

 事実、筆者も山野さんと一緒に何度かベルリン市内のベンジャミン・フランクリン病院を訪ねたが、頻繁に飛ぶのでドクターやパイロットと落ち着いて話をしている暇がない。話が佳境に入りかけると、ドクターの腰につけた呼び出しベルが鳴って、すぐに飛んで行ってしまう。あるときは、そのまま2時間ほど戻ってこなかった。どうしたのかと思ったら、4〜5人の患者を順番に診てまわっていたらしい。1人を救護している間に次の要請が出て、そちらへ回るという状態が続いたためとか。

 ベルリンの救急出動が何故このように多いのか。周囲に湖水が多く、救急車では遠回りをしたり、時間のかかるケースが多いからだと聞いた。

 ところでドイツは昔から夜間飛行をしないのが原則であった。ほとんどの拠点は午前7時から日没まで待機することになっている。

 しかし最近は、夜間飛行をするところも増えてきたらしい。本書で探すと、24時間いつでも出動するという拠点は、14ヵ所に上る。つまり全体の2割近くが夜間も飛ぶのである。

 この14ヵ所を運航者別に見ると、最も多いのがDRFの8ヵ所、ADACの4ヵ所、そしてエルベ・ヘリコプターとヨハネ騎士団が1ヵ所ずつ。つまりDRFは拠点数26ヵ所のうち8ヵ所というから、3分の1の拠点で夜間飛行をしており、ADACは34ヵ所のうち4ヵ所と1割強である。夜間飛行はドイツでも、これから少しずつ増えてゆくのかもしれない。

(西川 渉、2012.6.18/加筆2012.6.19)


ミュンヘン・ハラヒン病院を飛びたつBK117救急機
ドイツ南部のアルプス山岳地の遭難救助にそなえて
胴体左舷にホイストを装備している。

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