<WING紙JA2008特集号>

日常化するドクターヘリ

 アメリカの救急ヘリコプターの事故は依然おさまりそうもない。去る6月アリゾナ州の病院ヘリポートに進入しようとした2機の救急機が空中で衝突、7人が死亡した。また9月末にはメリーランド州の警察ヘリコプターが救急出動して墜落、4人が死亡した。

 これらの詳細並びに今後の対策などは、今月下旬のアメリカ航空医療学会(AMTC)で論議されるはずで、筆者も出かけるつもりにしている。

 昨年までの事故件数と志望者数は下図に示すとおりである。ドイツの季刊雑誌「4レスキュー」の2008年夏号から借りてきた。

 以下は、昨年夏「ヘリワールド」誌に書いたもので、もはや1年以上前のものだが、ここに記録を残しておきたい。

 ヘリコプターは如何にも脆弱に見える。あるジャンボ機の機長が「よくまあ、こんな危なっかしいもので飛ぶ気がするなあ」と言ったのを聞いたことがある。たしかに、細くて柔らかいローターブレードを懸命に回しながら、騒音ばかりやかましく、重い腰を振って垂直に飛び上がる姿は、どこか無理をしている感を免れない。

 それにしても、ヘリコプターはそんなに危ないのだろうか。危ないとすれば、どうすれば安全が確保できるのか。最近の日本で起こったヘリコプターの事故をふり返りながら、そのあたりを考えてみよう。

ヘリコプター対小型飛行機

 最初に、2001年以来のヘリコプターと小型飛行機の事故発生のもようを見ることにする。ここでいう小型飛行機とは、大型ジェット旅客機やコミューター機を除くジェネラル・アビエーション分野の固定翼機である。

 表1が集計の結果で、2001年から06年までの6年間の状況を示す。ここに見るように、実は飛行機もヘリコプターもほとんど変わらない。むしろヘリコプターの方が、わずかずつではあるが事故件数も死亡者も少ない。といえば、ヘリコプターの機数が少なく、飛行時間も少ないからと思われるかもしれぬが、たとえば2003年末の登録機数はヘリコプターが821機、旅客機を除くジェネラル・アビエーション分野の飛行機が765機であった。やや古い数字だが、機数から見た事故の割合は飛行機の方が高いのである。

表1 ヘリコプターと飛行機の事故比較

ヘリコプター

飛行機

件  数

うち死亡事故

死  者

件  数

うち死亡事故

死  者

2001

8

1

6

6

3

10

2002

15

3

5

4

3

6

2003

1

0

0

10

4

10

2004

6

4

9

11

2

5

2005

7

3

8

8

2

2

2006

2

0

0

4

0

0

2007

4

2

3

1

0

0

合  計

43

13

31

44

14

33
[注]2007年は上半期のみ

 飛行時間から見ても同じようなものではないかと思われるが、自家用機などの時間の統計が見当たらないのでよく分からない。ただ事業機だけは全日本航空事業連合会(全航連)の集計がある。それによると飛行機は、旅客機を除いて、2006年度の実績が48,000時間程度。それに新聞社、社用ビジネス機、個人用自家用機など、統計のない機体について考えてみても、合計で10万時間になるかどうか。

 対するヘリコプターは2006年度が事業機だけで約77,600時間。それに警察、消防、海上保安庁などの官公庁機が推定75,000時間。さらに新聞社、企業、個人所有の機体が15,000時間と推定されるので、総計およそ17万時間となる。これが2001年の当時はおよそ20万時間であった。とすれば、ヘリコプターの事故率は飛行機の半分くらいといえるかもしれない。

 統計が明確でない点もあるが、多くの人が漠然と抱いているような、ヘリコプターは危なっかしいという迷信は、この際、払拭していただきたいものである。

 ついでに言うならば、ヘリ、ヘリと呼び捨てにしないで、ちゃんとヘリコプターと呼んで貰いたい。ヘリコプターなどという長ったらしい言葉を使っているために、つい「ヘリ」と言いたくなるが、本来ならばエアプレーンを飛行機、エアシップを飛行船、エアライナーを旅客機、グライダーを滑空機というようにヘリコプターにも適切な日本語を当てるべきである。回転翼航空機という日本語はあるが、こういうもたもたした言葉はいただけない。かといって「直昇機」はシナ語だから御免こうむりたい。いつまでもヘリコプターなどと呼んでいる限り、これは筆者の偏見だが、大きな発展はあり得ないのではなかろうか。回転機とか旋翼機とか、筆者は長年にわたって考えてきたが、良い言葉が見つからない。本誌で懸賞募集などやっていただいたらどうだろうか。

10万時間に3件の事故

 さて、ヘリコプターの安全問題に戻って、最近の事故のもようを詳しく見てゆきたい。先ず、事故の背景となる飛行時間だが、しっかりした集計があるのは上述のとおり、全航連に加盟するヘリコプター事業会社の分だけである。それに官公庁や自家用機の推定約9万時間を加えて2001年以来の推移を見ると、表2の通りとなる。官公庁の機数は、この6年間ほどんど変わっていない。増減があったとしても10機以内のことで、飛行時間も余り大きな変化はなかったものと仮定してある。

 そこから飛行10万時間あたりの事故件数を割り出すと、表2最下欄に見るように10万時間あたりの事故は3.7件となる。しかし年ごとの事故件数は極端に多い年と少ない年があって、2002年は15件で、10万時間あたり8.3件であった。この特異な年を外して考えると、10万時間あたり2.7件に下がる。

 そのうえ、さらに2003年の1件という出来すぎ(?)の年も外してしまうと、10万時間あたり3.2件となる。こうした操作が統計学的に許されるかどうかよく分からないが、ともかくも以上のような計算結果から見て、日本のヘリコプター事故は10万時間あたり3件前後と考えてよいのではないだろうか。

表2 ヘリコプターの飛行時間と事故件数

事故件数

事業時間

官公庁・自家用機など

合  計

10万時間あたり

2001

8

108945

90000

198945

4.0

2002

15

91189

90000

181189

8.3

2003

1

85135

90000

175135

0.6

2004

6

85600

90000

175600

3.4

2005

7

79709

90000

169709

4.1

2006

2

77600

90000

167600

1.2

合   計

39

528178

540000

1068178

3.7

 このような状態が良いのか悪いのか。むろん事故は1件だって悪いに決まっているが、日本の安全水準は世界の常識から見てどのあたりにあるのだろうか。その比較のためにデータベースがしっかりしているアメリカを見ると、なぜか近年ヘリコプターの事故が多発している。とりわけ救急ヘリコプターの事故が多く、本来は人命救助のための飛行が逆に人命を損なう結果になって、社会問題にまで発展した。

 その結果、スミソニアン航空宇宙博物館の機関誌『エア・アンド・スペース』は2006年6月号に「ヘリコプター救急は有難迷惑」というエッセイを掲載した。副題は「ヘリコプター救急はあなたの健康を損なうおそれがあります」「飛びすぎに注意しましょう」というタバコの注意書きの言い換えになっている。とはいえ、著者は救急専門医で、自らも救急ヘリコプターに乗っていた経験があり、決して外部から一方的にヘリコプター救急を非難しているわけではない。むしろヘリコプター救急が必要と考えているだけに「われわれが懸命に育て上げてきたヘリコプター救急システムが、いつのまにか最も危険なシステムになってしまった」と悲痛な嘆きを書いているのである。

目標は10年間で8割減

 そこで、多発するヘリコプター事故を減らすためには如何なる対策を取るべきか。そのための会議が近年、アメリカを中心とする関係者の間で頻繁に開かれるようになった。

 そのひとつが2005年9月26日から4日間、カナダのモントリオールで開催された「国際ヘリコプター安全会議」(IHSS2005)である。国際ヘリコプター学会(AHS International)と国際ヘリコプター協会(HAI)の共催で、出席者は220人余り。世界各国のヘリコプター研究機関、メーカー、運航会社、航空技術者、パイロット、さらには米国およびカナダの航空当局や軍関係者などであった。

 このとき発表されたHAIの集計によると、2004年のヘリコプター事故は10万時間あたり約8件であった。この事故率を向こう10年間で8割減――すなわち1.6件まで引き下げる。そのために「国際ヘリコプター安全チーム」(IHST:International Helicopter Safety Team )を結成して安全のための方策づくりを進めるというのが会議の結論となった。

 その結論を具体化するために、IHSTの中に3つの分科会を設ける。安全に関する分析チーム、実行チーム、評価チームである。分析チームはデータの検証と分析。実行チームは安全の確保に必要な実行方策を検討し、具体策を勧告する。そして評価チームは計画の進捗状況を何らかの形で評価し、不十分なところがあれば計画を修正するなどの作業にあたる。

 ちなみにアメリカの定期航空は、事故率が10万時間あたり0.159 件だそうである。したがってヘリコプターの事故率は定期航空の50倍にあたり、それを8割減とする目標が達成されてもまだ10倍である。日本の事故率が10万時間あたり3件とすれば、アメリカの現状の半分以下であり、達成目標の2倍程度といえようか。

 なお、ヘリコプターと定期航空の安全性を飛行時間を基準としてくらべるのはいささか無理がある。というのは、定期便は少なくとも1時間程度、長距離路線では5時間も10時間もつづけて飛行する。それに対してヘリコプターは1時間に何度も離着陸する。山岳地の工事現場に資材を輸送する仕事などは1時間に10回前後もピストン輸送をしている。

大手に片寄る事故

 もうひとつは作業条件で、資材輸送などは重量物を吊下げて、狭い谷間や高い尾根に運んでゆかねばならない。救急飛行も患者さんの倒れている未知の現場に降りてゆく。特にアメリカでは、夜間でもそれを行なう。そうしたヘリコプターを待ちかまえていたかのように、電線や樹木や悪天候といった魔の手が伸びてくるのである。対する定期航空は、設備のととのった大空港から大空港へ、いつも同じ一定区間を航空管制に守られながら高々度で飛行する。事故を起こす方がおかしいくらいのもので、ヘリコプターがきびしい環境の中で困難な仕事をやり遂げるのは、神業みたいなものといえるかもしれない。

 しかし、だからといって事故はやむを得ないというわけではない。何とかしてなくしてゆかねばならぬが、最近6年間の日本の事故一覧を見ていて気になるのは、何故かプロの事故が多いことである。

 表3がそのもようを示すものだが、右端の欄、アマチュア・パイロットの多い個人所有機の事故に注目すると、6年間に10件で全体のほぼ4分の1を占める。しかし飛行時間は上述のとおり年間15,000時間程度と推定されるから、全体の1割にも満たない。つまり8%程度の飛行時間で25%の事故を起こしているわけで、時間あたりの事故率としてはやはり高いといえよう。しかしまた、2002年には多かったけれども、この3〜4年は減っている。個人所有者の安全意識が高まったのかもしれない。

 

表3運航者別の事業件数

事故件数

事業会社

官公庁

個 人

A社

B社

C社

D社

E社

その他

2001

8

3

1

2

2

2002

15

2

1

2

1

2

1

6

2003

1

1

2004

6

1

1

2

1

1

2005

7

1

1

2

2

1

2006

2

1

1

合 計

39

5

3

3

4

3

6

5

10

 そうした個人所有機を除くと、残り約4分の3が事業会社や官公庁――すなわちプロ・パイロットの事故である。そのうち事業会社の事故は24件だが、A〜Eの5社だけで4分の3の18件という事故を起こしている。調査の対象となっているのは全航連加盟のヘリコプター運航会社30社だから、この片寄り方は大きすぎないか。それに、いずれも大手といわれる企業ばかりで、機数が多く、飛行時間が多く、条件の悪い難かしい仕事が多い。しかし、それだけ事故も多いというだけですませるのだろうか。

 ともかくも、ヘリコプター事業会社の事故が少数の大手に片寄っている点が気になる。さらに表3の中のA社は2001年と2002年に立て続けに5件の事故を起こして、今は解散してしまった。事故が多いと、そういうことにもなるが、逆に解散に追いこまれるような経営不振が連続事故を招いたのかもしれない。航空会社の安全と経営は切り離して考えることはできないのである。 

謎だらけの事故

 次に官公庁の事故も2001〜06年の間に5件起こっている。警察2件、消防1件、海上保安庁2件である。うち警察ヘリコプターの1件――静岡県警の事故については最近、航空事故調査委員会の報告書が発表されたので、ここではそれを取り上げたい。内容を読んでみると、この一件は初めから終わりまで疑問だらけの飛行任務、謎だらけの事故だったような気がする。

 事故が起こったのは2005年5月3日、ゴールデンウィークの真っ只中であった。場所は静岡市清水区の住宅地。事故機のアグスタA109K2には、パイロット1人と警察官4人が乗っており、全員が死亡した。そこで首をかしげたくなるのは、飛行目的は交通渋滞調査のためというが、何故こんなに沢山の人が乗っていたのか。単に交通状況を調べるだけならば、パイロットのほかに1人乗れば十分のはず。現に昔、東京上空でもラジオ放送局が毎朝ヘリコプターから交通情報を流していたが、東京のきわめて複雑な道路網でも、小型ヘリコプターにパイロットと放送担当者の2人が乗るだけであった。それとも警察特有の外部には明かせない任務があったのだろうか。

 この飛行は大勢の人を乗せるために、初めユーロコプターAS365N3ドーファンで飛んだ。当日14時パイロットを含む7人が乗って基地の静浜飛行場を離陸したが、10分ほど経過したところで不具合が発生、基地に引き返した。そして急きょAS365からA109に乗り換えることになり、当初の7人のうち副操縦士と整備士が降りて、14時42分5人が乗って出発した。この再出発まで30分足らずの間に機体の取り替え、飛行計画の修正などがあわただしく行なわれたに違いない。

 というのも、事故報告書には書いてないが、新聞報道では県警本部の交通規制課長が乗っていたそうである。そんな重大な飛行で不具合が発生したために、航空隊としては大いに慌てたであろう。結果として計算ミスが起こった。事故機は重量オーバーで離陸したのである。報告書にはA109の最大離陸重量に対して58kgの超過という推定値が書いてあるが、実際にどのような計算をしたのか、計算の過程は書いてないので分からない。ひょっとしたら、あわただしさに取り紛れて細かい計算を省き、直感で判断したのかもしれない。

大きすぎるデッドウェイト 

 そこで簡単な計算をしてみよう。このヘリコプターの最大全備重量は2,850kg、燃料搭載量は462kgだった。この数字は報告書に書いてあるが、機体の運用自重が書いてない。したがって計算の過程も不明である。やむを得ず標準自重1,570kgを基本として、それに搭乗者5人分の重量(1人77kgとして385kg)と燃料の重量を加えると2,417kgになる。最大全備に対して、まだ433kgの余裕がある。むろん標準自重は軽い。

 事故報告書では、462kgの燃料を積んだときの全備重量が2,938kgだったというから、実際の運用自重は標準状態よりも521kgほど重かったことになる。すなわち運用自重は2,091kg前後だったのだ。運用自重が重いのは特殊装備が取りつけてあるからだが、このヘリコプターに何がついていたか、報告書には書いてない。おそらくはホイスト、テレビカメラ、赤外線暗視装置、警察無線、拡声器、サーチライト、あるいは生中継装置などがあったかもしれない。

 本来ならば、A109というヘリコプターは8人乗りである。5人が乗ったくらいで、重量オーバーになるはずはない。それがそうなったとすれば、この機体には特殊装備品が盛りだくさんに取りつけてあったのだろう。そもそも日本の公用機は、警察も消防も装備品をつけすぎるきらいがある。航空機は本来できるだけ身軽でなければならない。その基本原則に反して重装備をすれば機敏な運動ができず、利用面でも融通が利かなくなるばかりか、いざというときには安全も保持できなくなる。

 それに対しては、さまざまな任務をこなさなければならないという反論もあろう。しかし何でもかんでも常にもって歩かねばならぬものか。こんな有様を見て、佐貫亦男先生は昔「舌切り雀」の欲張り婆さんが大きなつづらを背負っているみたいと評した。筆者に言わせれば乞食の引っ越しである。大きな荷物を背負ってよたよた歩いていては、いざというときに足腰がきかない。このときも渋滞調査に必要なもの以外は、装備を外して飛ぶべきだった。というよりも、普段は外しておいて、必要なときに必要なものをつけて飛ぶようにすべきであろう。こうした無用の重量は「デッドウェイト」という。デッドウェイトはできるだけ減らしておかなければ、文字通り死を招くことになる。

異常な蛇行と異常操作

 静岡県警機の死出の飛行も、始まりは離陸重量が重すぎたことである。そのために燃料消費が予想外に大きくなったが、機長はおそらく、そのことに気づいていなかったと事故報告書は推定している。事故発生の3分前、間もなく着陸予定という正常な無線連絡があったことでもそれが分かる。

 ところが、その後まもなく、機は高度を300mから100mまで下げながら清水区上空で異常な蛇行を繰り返した。何故こんな蛇行飛行をしたのか。蛇行の先々に調査すべき場所があったのか。あるいは燃料不足に気がついて不時着場所を探し回ったのか。

 報告書は、しかし「残燃料が少ないときの通常の運用を考えれば、高度を上げ、飛行場に直線で向かうものと考えられるが、これに反して低高度、蛇行飛行をしていた」のは、燃料減少の注意灯に気づいていなかったものと見る。とはいえ、この異常飛行の理由を「明らかにすることはできなかった」

 そして事故現場の手前500m付近で両エンジンが停止する。そんなとき、通常ならばコレクティブ・ピッチレバーを下げてローターの回転を上げ、オートローテイションに入る。ところが機長は墜落までの8秒間、ピッチレバーを引き上げたらしい。そのために主ローターのフラッピングやリード・ラグが許容範囲を超え、ローターヘッドについているオイル・リザーバーやダンパーの部品が破壊し、脱落して、地面にバラバラと落ちていった。それを追うようにして、ヘリコプター本体も5人を乗せたまま地面に激突したのである。

 機長が何故このような異常飛行や異常操作をしたのか。事故報告書は「明らかにすることはできなかった」としている。しかし異常操作に関して筆者の思うところは、機長は前方の民家や歩行者が目に入り、このままオートローテイションで突っ込めば危害が及ぶと感じ、咄嗟にレバーを引いて高度を維持しようとしたのではないのか。飛行経験9,100時間、59歳のベテラン機長が身体で覚えた緊急操作に際して、まさか「不適切」といわれるような間違いをするとは思えないのである。

2007年も事故多発

 最後に今年、2007年の上半期の状況を見ておこう。この半年間に起こった民間ヘリコプターの事故は4件だが、ほかに自衛隊機の事故1件が発生した。これら5件の概要は表4の通りである。

 

表4

 

月 日

航空機

発生場所

概  況

3月30日

陸上自衛隊CH-47

鹿児島県徳之島

深夜に近い午後11時20分頃、沖縄の那覇から患者搬送のために1時間余をかけて飛来したが、濃霧のため徳之島の予定地に着陸できず、同島空港に向かう途中、山中に墜落した。徳之島出身の機長など乗っていた自衛隊員4名が全員死亡。

4月9日

"アカギ・ヘリコプターベル204B-2"

富山県北アルプス

水晶岳の山小屋へ作業員を迎えに行き、全員を収容して離陸直後に墜落、乗っていた8人中2人が死亡。

5月21日

"個人所有ロビンソンR22"

兵庫県篠山市

飛行場外に着陸の際、主ローターが格納庫の屋根に触れ、機体を損傷した。

6月2日

東邦航空ベル412

岐阜県恵那山中

緑化作業後、帰投予定時刻になっても戻らず、捜索の結果、途中の山中に墜落しているのが発見された。機長1名が死亡。

6月4日

東邦航空SA315B

長野県穂高山荘付近

山荘付近の場所で物資の吊り上げ作業中、建物の屋根に墜落、機長が負傷した。

 半年間に5件、自衛隊機を除いても4件という事故は、上に見てきたところからしても決して少なくない。5件のうち3件が死亡事故というのも憂慮すべきで、死者は7人に上る。さらに5件中2件は東邦航空の、わずか1日おいての連続事故で、事故の様相は全く異なるけれども、安全と経営は切り離せないという観点からすれば余程注意する必要がある。さらに同社は表3でも3件の事故を記録している大手のひとつである。いったい、どうしたことであろうか。

 さらにアカギ・ヘリコプター社も表3の中で4件の事故を記録している。したがって両社ともに、この6年半の間に5件の事故を起こしたことになる。この事態に当たって、国土交通省はそれぞれの会社に立入り検査をおこなった。その結果、事業改善命令が出たようだが、むろん命令だけで安全が確保できるわけではない。筆者も両社の経営陣を存じ上げているだけに、なんとかして真の安全を取り戻していただきたいものと、切に願わずにはいられない。

 今年の事故を見ていて、もうひとつ注意すべきは徳之島と北アルプスの2件である。徳之島の事故は、自衛隊のCH47チヌークが那覇から深夜の海上を1時間余もかけて飛んできたものである。ところが島は濃霧の中にあって、患者さんに近い予定地に着陸できない。空港ならば計器進入も可能と判断したのかどうか、着陸地点を変更することにした。機長は徳之島出身のベテランである。勝手知ったる裏庭を飛ぶような気持で、患者さんの苦痛を思うだけでも、このまま那覇へ引っ返すなどは考えなかったにちがいない。そこを黒い魔の手にとらえられたのである。

 同様にアカギ・ヘリコプターの機長も、北アルプスの山小屋に送りこんだ作業員が天候悪化のために戻れなくなり、雪の深い山小屋で夜を過ごすことを思えば、何とかして連れ戻したいと考えたにちがいない。厚い雪雲の下で一時は飛行を諦めたものの、夕方になってわずかに雲の切れ間が見えた。首尾よく山小屋の前に着陸して作業員を乗せ、離陸した瞬間に墜落とはどういうことだったのか。突風か。乱気流か。自らのダウンウォッシュに吹き上げられた雪煙の中のホワイトアウトか。いずれにせよ標高2,900m余の水晶岳では、出力の余裕は余りなかったであろう。そこを白い魔の手につかまれたのである。

危険に満ちた飛行環境

 この2件の事故は、どちらも苦難の中にある人を迎えにゆく任務であった。責任感の旺盛な機長は何とかして目的地に到達し、そこに待つ人びとを連れ戻したいと考えたであろう。そのこと自体は決して責められるべきではない。

 しかし、こうした責任感は多くの場合、心理的ストレスにまで高まる。とりわけ天候が悪かったり時間が切迫したりしていると、ますますストレスは強くなる。その結果、要請された飛行任務を何とかしてやり遂げたい、計画通りに飛行を終わらせたい、対象者本人を初め家族や関係者などに喜んで貰いたいという心理状態になる。そのため的確な判断ができなくなり、つい無理をすることにもなってしまう。

 そうした危険な事態を避けるには、飛ぶか飛ばないかの判断をパイロットひとりではなく、組織的に行なう必要がある。現地の関係者やその地域の気象の変化などをよく知っている地元の人の意見を聞くのもいいだろうが、教科書通りのやり方をするとすれば運航管理者の助言を求め、副操縦士と話し合い、作業の責任者、会社の運航本部、場合によっては経営陣の指示を仰ぐといったことも必要かもしれない。

 いずれにせよ組織的な判断が必要で、そうした手続きについても、その場の思いつきではなく、普段からきちんと決めておき、実行していなければならない。静岡県警の事故も同様で、航空隊長だった事故機の機長に他の隊員が盲目的に従うばかりでなく、飛行計画の見直しや重量および燃料の計算などは組織的に行なうべきであった。いわゆるCRM(Crew Resource Management)を、官庁航空隊も企業も全員が実行し「安全の文化」を醸成してゆく必要がある。

 神ならぬ身の人間は間違える。ヘリコプター事故の7割はパイロット・エラーが原因という。それならば却って話は簡単である。組織を挙げてパイロットにエラーをさせないようにすればいいのだ。

 もう一度、冒頭の課題に戻るならば、ヘリコプター自体は決して脆弱な乗り物ではない。けれども、その作業条件や飛行環境は危険がいっぱいで、とてもパイロットだけで対応できるものではない。とすれば、事故が起こったからといって、パイロットひとりの責任に帰すべきものではない。パイロットを取り巻く大勢の人びとの組織的な協調態勢こそが安全の確保につながるのである。

(西川 渉、『ヘリワールド2008』所載、2008.10.8)

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