<ドゥバイ航空ショー>

エミレーツの世界戦略

 

 

 中東のアラブ首長国連邦で今週初めからドゥバイ航空ショーが始まった。ここは原油価格の高騰によって史上最高の好景気に沸く地域でもある。それだけに、ショー会場ではエアバスやボーイングなど、高額大量の航空機発注契約が華々しく発表された。

 そのひとつ、かねて誰だろうといわれていたA380超巨人旅客機「フライング・パレス(空飛ぶ宮殿)」の発注者が公表された。サウジアラビアの王子だそうで、予想通りだから驚くようなニュースではないし、無為徒食のオイル・マネーかと思えば大して面白くもない。価格は3億ドル(約350億円)以上。これは機体本体の値段で、機内の内装費を加えると1.5倍くらいになるらしい。なお、この王子は現在すでに747-400を自家用機として使っているとか。


「空飛ぶ宮殿」に提案されている内装のひとつ

 エアライン各社も負けてはいない。特にエミレーツ航空、カタール航空、エティヤード航空などの中東各社は、エアバスやボーイングに対し、合わせて140機、400億ドル(約4.5兆円)相当の注文を出した。

 とりわけ目立つのがエミレーツ航空で、A380を11機、A350XWBを70機、ボーイング777-300ERを12機発注した。これに仮発注も含めると発注総額は350億ドルになり、民間航空による1回の発注額としては史上最高という。これでエミレーツの発注したA380は確定58機になる。また同航空発注のA350XWBの内訳はA350-900が50機、A350-1000が20機で、ほかにA350-900を50機仮発注したもよう。

 この決定に至るまで、ボーイング社もエアバスに対抗して787と新しい747-8の売り込みをはかったが、採用には至らなかった。これについてエミレーツ航空はかねてボーイングに787の乗客数を増やすために、ストレッチ型787-10の開発を要望していた。しかし具体化しないので、現状の比較から、大きい方のA350を採用したと説明している。

 なおエアバスA350XWBの就航は2013年の予定で、かなり先のことになる。けれども787も多数の注文をかかえているため、今から発注すると引渡し時期は同じ頃になってしまう。したがって引渡し条件に関しては両者同じ土俵に立ったといえるかもしれない。

 また今年に入ってからのエアバス受注数は9月末までに854機で、ボーイングの956機に対し約100機の差をつけられていた。しかし、ドゥバイでの大量受注でボーイングに迫り、本年末までの受注競争の帰趨は分からなくなってきた。


エミレーツ航空のA380

 ところでエミレーツ航空は中東最大の航空会社である。そのトップに立つティム・クラーク社長は、かねてからエアバスとボーイングの両者に圧力をかけ続けている。この人自身は中東のエアラインといってもイギリス人で、小柄ながら押しが強く、冷徹でもある。

 その構想はドゥバイをハブとする地球規模の航空路線を構築することで、そのためにはもっと大きく、もっと長航続の旅客機を望んでいる。今年5月シアトルでの講演でも、できるだけ早く長航続の旅客機を手に入れ、アメリカへの直行便を開設したいと語った。「たとえばドゥバイからロサンジェルスまでの飛行は16時間半を要する。それには目下発注中の777-200LRの引渡しが待ち遠しいし、いずれはここシアトルへも乗入れるつもりだ」と。

 エミレーツ航空の最終目標は世界最大の空港ドゥバイをハブとして、そこから世界各地へ直行便を運航し、エミレーツみずから世界最大のエアラインになること。A380の大量発注はそのためだという。

 しかし、これらの新しい機材が手に入るまでは、777が同航空の基盤となる。「777は充分な大きさと速さと信頼性を有し、旅客の人気も高く、すばらしい旅客機だ」と語った。その言葉を裏付けるように、エミレーツの777発注数は114機になる。

 しかし「777の背後にせまってきたのがA350XWBだ。胴体を複合材としたために自重が軽くなり、エンジンも新しい。777の地位がA350XWBに奪われないためには、ボーイングとして777の自重を軽減する必要がある」というのがクラーク社長の主張だった。けれども結局、今回のドゥバイ航空ショーでA350XWBが採用されることになった。


エミレーツ航空のボーイング777

 エミレーツ航空は2007年夏777ワールドライナーを入手し、266席の座席配置で、まずドゥバイ〜ヒューストン線に就航させた。ヒューストンはアメリカの石油ビジネスの中心地だが、そこと中東とが17時間の直行便で結ばれたことは大きな意味を持つ。

 その後エミレーツは、ロサンジェルスやサンフランシスコへも乗り入れを始めた。いずれも北極回りの直行便である。いずれは、ここに400〜500人乗りの旅客機を飛ばしたいという考えもあるが、クラーク社長によれば「A380や新しい747-8では届かない。もっと航続距離の長い大型機の開発が必要」という。

 こうした主張を続けながら、あり余るオイル・マネーを背景に、エミレーツ航空はおそらく、エアバス機もボーイング機もカタログ価格の半分近い値段で買っていると見られる。それが可能になるのは、一挙に何十機もの大量発注をするからで、たとえば、かつて47機のA380を発注したとき、公表価格では150億ドル(約1.7兆円)になるはずだが、実際はおそらく半額程度ではなかったかという。また777を大量発注したときも、公表価格で32億ドル(約3.7兆円)のところ、ボーイングはおそらく18億ドルまで値引きしたと見られている。

 かくて、エミレーツ航空の壮大な世界戦略は、エアバスとボーイングの2大メーカーを手玉に取りつつ、実現に向かって着実な歩みを進めている。

(西川 渉、2007.11.15)

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