<ユーロコプター>
新たな拡大と発展に向かう 去る12月2日、ユーロコプター社は海上自衛隊にEC135T2+ヘリコプターを納入した。TH135の呼称で、来年からパイロットの操縦訓練に使われる。海上自衛隊は最終的に総数15機を調達する予定。
以下は、やや古いが、「航空情報」の今年5月号に書いたものである。
エルメス機で成田へ送迎 今年1月、東京都心部に多くの不動産を所有する森ビルがヘリコプターによるVIP輸送計画を発表した。六本木のアークヒルズ屋上と成田空港を結んでビジネス客を送迎するというもの。
使用機はユーロコプターEC135双発タービン機の予定だが、これは内装も外観もエルメス仕様という特別仕立てになっている。
内装は高級バッグなどの製作技術を生かして、革張りのシートや安全ベルトなど、すべて手づくり。外観も降着スキッドの形状が変わり、そのために別の型式証明を取ったともいう。機体の塗装も白と黒を基調とする優雅な味わい。1号機はアラブの王様が購入し、2号機が日本向けになった。
アークヒルズの屋上ヘリポートは、前にテレビ朝日が報道用として使っていた場所である。しかし2003年テレビ局が移転した後は使われていなかった。
ここから成田空港までは15〜20分。地上時間にくらべて3分の1から4分の1に短縮されるので、都心から見た成田空港の遠距離感もなくなるであろう。あとは肝心の料金が気になるところである。
ヘリコプターの運航に当たるのは、新たに設立された「森ビル・シティエアサービス」。 運航開始は今年秋と見られる。景気低迷の折から嵐をついて船出するようなものだが、事業の成功を祈りたい。
(あとから一言:この旅客便の運航は2009年9月16日から始まった。運賃は片道57,000円だが、全日空の欧米7路線のファーストクラス客は無償で乗ることができると聞いた。)
エルメス機はスキッドの形状がスマートになった
TH-X練習機に採用 EC135ヘリコプターをめぐっては、今年に入ってもうひとつ大きなニュースが入ってきた。海上自衛隊の次期回転翼練習機TH-Xに採用されたというものだ。
防衛省の1月14日の発表によれば、入札の結果ユーロコプターEC135T2+が選定された。これにより2月末、日本の代理店ユーロヘリ株式会社との間で2機の契約が調印になった。1号機は今年夏までに輸入され、秋には海上自衛隊鹿屋基地の教育航空隊へ納入の予定。また2号機は来年初めに納入されるという。
さらに来年度には3機が契約され、最終的には2017年頃までに合わせて15機が調達される計画。
TH-Xは現用OHー6操縦練習機の後継機となる。OHー6の単発に対して双発であるところから、基礎訓練に加えて計器飛行の訓練にも使われる。
この選定は「総合評価落札方式」によっておこなわれた。近年、国や自治体の公共工事や物品調達の契約にあたって広くおこなわれている方式で、単に価格だけで決めるわけではない。
TH-Xに関する防衛省の説明でも「機体本体の価格のみではなく、各種の機能、性能、維持経費等を含めて、国にとって有利な提案を行った者を落札者とする方式」となっている。
具体的には先ず評価基準を定める。これには「必須項目」とそれ以外の項目とがある。必須項目は練習機となり得る小型機であること、またエンジン2基の双発機であること、騒音が基準値以下であることなど必要最小限の条件を定め、全ての項目が満足されなければならない。
そのうえで、必須項目以外の項目として騒音の大小、支援技術の優劣、在庫部品の多寡、部品補給の迅速性などが評価され、点数がつけられる。その評価点に必須項目点をを加算した合計点を、入札価格と維持経費の合計金額で割る。そこから得られる評価値によって選定機種が決まることになる。
つまり買うときの値段ばかりでなく、そのヘリコプターの運航費や整備費など、長期的な使用期間を通じてどのくらいの費用がかかるか、「ライフ・サイクル・コスト」によって採否が決まるわけである。
こうして決まったEC135の主要諸元は下表のとおりである。
防衛省発表のEC135T2+主要諸元
項 目 内 容 航空機の名称
EC135T2+
製造者
ユーロコプター社
エンジン基数
2基
エンジン型式
アリウス2B2
エンジン製造者
ターボメカ社
全長(m)
12.16
全高(m)
3.51
機体幅(m)
2.65
主ローター直径(m)
10.2
操縦教育の効率化と経済化 そこで新しいTH-Xの狙いは何か。発端は現用OH-6の代替だが、代替機の導入にあたっては単純な取り替えではなく、ヘリコプター・パイロットの教育訓練課程を見直し、効率化をはかって教育期間を短縮しながら、同時に教育効果を向上させようという考え方を根底に置いた。
海上自衛隊のヘリコプター・パイロットは従来、固定翼機のT-5初等練習機で基礎的な操縦訓練を受けたのち、OH-6単発回転翼機でヘリコプターの訓練、さらにビーチTC-90キングエア双発固定翼機で計器飛行の訓練という課程を踏んで養成されてきた。
つまり、2種類の固定翼機を含む3機種を使ってヘリコプターの操縦訓練を受け、それが終ったのちはSH-60J哨戒機、UH-60J救難機、MH-53E掃海機などの実用ヘリコプターを操縦することになる。
この訓練過程を2機種ですませる。というよりも、T-5の基礎訓練が終わったあとは、新しいEC135T2+だけでヘリコプター自体と計器飛行の両方の訓練をすませる考え方である。
これで海上自衛隊は、ヘリコプターの操縦訓練課程が7週間ほど短縮できるとしている。さらに計器飛行訓練も固定翼機ではなく、初めからヘリコプターを使うので、訓練生にとっては実務に近い感覚で学ぶことができる。教育効果も高まるであろう。
しかも、構造の単純なOH-6小型単発ピストン機から一足飛びにSH-60などの大型双発タービン機に移るのではなく、EC135双発機から移行するので、実用機についても円滑、容易な習熟が可能となる。
さらに防衛省によれば、TH-Xを15機とすることにより、T-5による初等練習期間が短縮され、したがってT-5の所要機数も少なくてすむ。同時にTC-90を使わないので、同機の所要機数も少なくなる。もとより固定翼機のパイロット訓練には、これらの練習機が必要なので、海上自衛隊として完全になくすわけにはゆかない。それでもT-5は33機から30機に、TC-90は24機から16機に減らすことができる。それだけ経費が削減される結果となる。
なお、訓練機としてのEC135は操縦性、運動性にすぐれ、視界が広く、振動が少ない。またグラス・コクピットなので操縦教官の指導もやりやすく、安全でもある。軍のヘリコプター訓練機としては、これまでドイツ、スペイン、スイスが採用し、成果をあげている。
民間向けを含む製造数は、1996年以来すでに800機を超えた。
民間分野への影響も ところで、EC135が自衛隊の練習機として選定されると、民間分野への影響はあるだろうか。今すぐに大きな影響があるとは思えぬが、将来に向かって少しずつ出てくる可能性はあろう。
ひとつは補用部品の貯蔵量で、現在すでに日本では42機のEC135が民間機として飛んでいる。そのため国内でも補用部品が相当に貯蔵され、また技術者をそろえた支援体制が組まれている。加えて香港には、日本を含めてアジア太平洋地域をカバーする顧客支援センターが現存する。自衛隊が15機を飛ばすということになれば、これらの態勢はいっそう充実したものになるであろう。
TH-Xは民間向けEC135とほとんど変わらない。機体の構造は同じで、多少の電子機器などが異なる程度である。したがって基本的、技術的には民間機と自衛隊機を区別する必要はなく、自衛隊も既存の支援体制を利用すれば、迅速な部品入手や技術支援を受けることが可能となろう。
さらに、自衛隊向けの機数が増えることによって補用部品の貯蔵も増えるだろうから、全体として割安になり、経済性が高まる。現に海上自衛隊みずからも、THーXを現用8機のOH-6よりも多い15機とするのは、経済性の向上を理由のひとつに挙げている。その経済性がさらに一歩進むことになるのだ。
そこで民間側も、今以上に充実した技術支援を受けられるようになり、その費用も割安になる可能性が出てくる。将来楽しみといっていいかもしれない。
もうひとつの影響は、海上自衛隊の訓練機ともなれば、もっと先の話だが、EC135に習熟したパイロットが大量に養成されることになる。その人たちが将来、民間分野に出てきたときEC135はお手のものということになろう。これは同機の売れゆきにも影響するかもしれない。
その実例はすでに、かつてのセスナ軽飛行機や今のロビンソン小型ヘリコプターに見ることができる。航空機は車と違って、操縦感覚の違いが大きい。特にヘリコプターは違いが大きく、ロビンソンR22で操縦を習った人は、訓練を終わって自家用機を買うときは、まず同じ機種を買うことが多い。
その誘い水とするために、ロビンソン社は販売代理店の契約にあたって、必ず操縦訓練学校の設置を条件とした。つまり販売と訓練を一体化することによって、今のダントツの大量販売を実現したのである。
同じような現象がEC135にも起こるかどうか、今後の注目点といえよう。
静かでクリーン 今ユーロコプター社は製造販売と研究開発のあらゆる面で、ヘリコプター・メーカーの先頭を進んでいる。特に民間ヘリコプター分野では表2に見るように2008年の生産機数が2〜3位のメーカーにくらべて約2.5倍であった。
ヘリコプター・メーカー各社の生産実績
メーカー 2008年生産機数 2007年生産機数 前年比 ユーロコプター
428 424 0.9%増 アグスタウェストランド
172 119 44.5%増 ベル
170 187 9.1%減 シコルスキー
68 75 9.3%減 ロビンソン
893 823 8.5%増 この勢いに乗って、ユーロコプター社のルッツ・ベルトリング社長は2月下旬ロサンジェルス郊外のアナハイムで開かれた国際ヘリコプター協会(HAI)の年次大会、Heli-Expo 2008で、現下の世界的な経済不況も同社に対する影響は少ないと語った。
というのも現在1,550機、180億ドル(約1.8兆円)の注文をかかえ、さまざまな計画が順調に進んでいるからである。たとえばEC145を基本とする米陸軍向けUHー72A多用途ヘリコプターは最近までに50機を納め、最終的には300機となる見こみ。また中国と共同開発中のEC175も順調に作業が進んでおり、今年末までには原型機が初飛行する。型式証明の取得と量産機の引渡し開始は2012年の予定である。韓国と共同のKHP軍用輸送ヘリコプターの開発も計画通りに進行中。そして超高速実験機X-3の試作も伝えられる。
ユーロコプター社の軍用機と民間機を合わせた生産数は2007年の488機に対し、08年は588機に増えた。売上高も54.6億ドルから2008年の58.5億ドル(約5,800億円)へ7%増。これでユーロコプターのシェアは51.1%と、世界ヘリコプター市場の半分を超えるに至った。
さらにHAI大会で、ユーロコプター社はディーゼル・エンジンを装備するヘリコプターの開発計画を明らかにした。EC120小型機を基本とする新しいディーゼル・ヘリコプターを2011年夏までに飛ばす計画という。
このエンジンは、出力がおよそ400shp。重量250kg以下。燃料消費率は1キロワット時あたり220グラムという設計になっている。
このようなエンジン換装の場合、もとよりEC120をそのまま使うわけにはいかない。トランスミッションを強化し、減速ギアボックスは従来のタービン・エンジンの高速回転に対応するものから回転数の少ないディーゼル・エンジン用に設計変更しなければならない。
さらにディーゼル・エンジンは重い。その分だけ燃料搭載量を減らし、ペイロードも減ることになろう。ただし燃料効率が良いので、燃料搭載量が減っても航続時間が減るとは限らない。またディーゼルは形状が大きいので、EC120の外形もずんぐりしたものになりかねない。これらの課題を今後どこまで解決してゆくか、ユーロコプターの技術力がものをいうところである。
この試作機は下表に示す欧州の環境基準にしたがって、燃料消費率を3割減、窒素酸化物を65%削減し、騒音を10デシベル減らすことを目標として2年後に飛ぶ予定。さらにユーロコプター社としては、2020年までにもっと大幅な削減をめざすという。
欧州委員会のグリーン・ヘリコプター目標
ディーゼル・ヘリコプター タービン・ヘリコプター 燃料消費率
30%減 10%減 二酸化炭素排出量
40%減 26%減 窒素酸化物
53%減 65%減 騒音
10デシベル減 10デシベル減 (西川 渉、「航空情報」誌2009年5月号掲載)
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