<ユーロコプター>

ベールを脱いだEC175

 

 去る2月、米テキサス州ヒューストンで開催された国際ヘリコプター協会(HAI)の年次大会で、新しいユーロコプターEC175双発タービン・ヘリコプターが披露された。展示会場の中央にかかっていたカーテンが開くとスポットライトがいっせいに点灯し、空色の下地に赤紫の線が入った実物大モックアップが明るく浮かび上がった。その前に朱色の作業服を着た16人の人びとが整列しているのは、これだけの人員を乗せて海上遠くの石油プラットフォームまで飛べることを示したものである。

 ヒューストンはアメリカの石油産業の中心地。HAI大会の観客の中には石油関係者も数多くいたはずで、石油開発の支援を主な用途とするEC175がここで披露できたのはまことに意義深いと、ユーロコプター社の社長が語った。

 たしかに、このあと3日間の大会期間中にEC175に寄せられた注文は111機。モックアップができたばかりのヘリコプターに、これだけの注文が集まるのは珍しい。運航者の期待がいかに大きいかを示すものであろう。

 注文を出したのは13社。うち英ブリストウ・ヘリコプターとカナダVIHアビエーションの2社はいち早く発注したローンチ・カスタマーで、両社ともに海洋石油開発の支援飛行が主な事業である。その運航経験からEC175の設計仕様にさまざまな助言をしてきた。

 ブリストウは現在550機のヘリコプターを保有する。EC175については12機を発注しており、2012年から引渡しがはじまる1〜5号機を先ず受け取ることになっている。またVIHはカナダのビクトリア国際空港に本拠を置き、現在EC135やEC145など合わせて65機のヘリコプターを保有、石油開発のほか救急飛行、遊覧飛行、物資輸送などの事業も展開している。

 なおユーロコプター社は、このHAI大会の3日間にEC175の111機に加えて、他の機種についても120機の注文を獲得した。うち7機は石油開発、43機は救急および警察用、21機は企業ビジネス用、49機は遊覧その他の多用途に使われるという。

中国との共同プロジェクト

 EC175ヘリコプターはユーロコプターと中国との共同プロジェクトである。発端は2004年10月9日フランスのシラク大統領が北京を訪れた際、新しいヘリコプターの共同開発が合意され、翌年3月実務段階で具体化した。中国側のパートナーはハルビンの中国航空工業第2集団公司(AvicU)。双方半々の資金負担だが、技術面ではユーロコプター社が主導的な立場にある。

 そして2005年秋、当面の研究開発費として750万ユーロ(約2.5億円)の支出が決まり、12月5日に正式契約が調印された。5年後の完成を目標として共同作業が始まったのは2006年初め。中国人技術者も南仏マリニアンヌ工場に派遣され、ユーロコプター技術陣と共同で予備設計にあたった。

 2006年9月にはフランス政府による1億ユーロ(約170億円)の資金援助も決まり、2006年12月5日予備設計の結果が承認された。これで中国人技術者は本国へ戻り、ハルビンで担当部分の詳細設計に入った。その結果、2007年12月5日に最終設計が確定する。これで原型1号機の製造が始まり、2009年に初飛行し、2011年に型式証明を取る予定。ただし初飛行と型式証明が、それぞれ12月5日になるかどうかは分からない。

 EC175ヘリコプターの特徴は、総重量がおよそ7トン。広範な多用性を目標として最新の技術を採用、高い安全性、すぐれた操縦性、簡便な整備性、キャビンの快適性をそなえる。

 エンジンはプラット・アンド・ホイットニー・カナダ社のPT6C-67Eターボシャフト(2,000shp)が2基。FADEC完全自動制御装置によってコントロールされ、パイロットの負担が軽減されると共に、騒音が小さく、排気ガスも少なくて環境にやさしい。信頼性にも定評があり、アグスタウェストランドAW139ヘリコプターやベル・アグスタBA609ティルトローター機に搭載されているものとほとんど変わらない。したがってAW139とは真正面から競合する。

 主ローターはEC155やEC225の実績にもとづく5枚ブレードのスフェリフレックス構造で、ローターヘッドはベアリングレス。振動が少ないだけでなく、騒音も機外、機内ともに小さい。また万一の場合の耐衝撃性が強く、手動で折りたたむこともできる。オーバホール間隔は5,000時間。スフェリフレックス機構は定期的な整備の必要がなく、状態に応じた「オンコンディション」整備ですますことができる。尾部ローターは3枚ブレード。やはり振動や騒音が少ない。

広くて快適なキャビン

 主ギアボックスは全く新しい。2つのアクセサリーギアボックスがついて二重の安全性をもつ。また潤滑油が切れても30分間は飛びつづけることができる。全体はモジュール構造で、不具合が生じたときは単に部品を交換するだけですますことも可能。

 機体は頑健かつ簡便な構造で、極度に軽くて強度の高いアルミ合金で製造され、万一の場合の耐衝撃性が高い。また洋上飛行による腐食が生じても簡単な整備と修理で対応できる。

 キャビンは同級機の中では最も大きく、床面は平らで、乗客16人が左右4人、前後4列にゆったりと搭乗できる。足まわりが広く、窓も大きくて視界が広い。機内にはエアコンがつく。胴体両側には大きなスライディング・ドアがあって人の乗降や貨物の積み卸しが簡単。床面は平らで、障害物がない。

 後方の手荷物室はドアがはね上げ式で、内容積は2,35立方メートル。地上では機体外部から、空中では機内から荷物の出し入れができる。 

 コクピットはパイロット2人乗り。パイロットがパイロットのために設計したもので、基本コンセプトは他のユーロコプター機と共通だが、EC175の場合は特に広くゆったりしたスペースがとってある。幅の広いヒンジ・ドアは乗降が容易で、大きな風防と窓は視界が広い。

 計器パネルには6×8インチの液晶ディスプレイ5面がつき、飛行情報を分かりやすく表示する。

 アビオニクス類はEC225からの改良型。4軸の自動操縦システムは石油プラットフォームや海上での安定したホバリングが可能。特に強風や乱気流のような気象条件の中でも、すぐれた操縦性と安全性を発揮する。またカテゴリーAの離着陸もできるので、せまい場所で片発が停止しても安全な飛行がつづけられる。

 燃料タンクは床下に4個。合わせて2,000リッターの容量になる。もっと遠く飛ぶ場合は、必要に応じて2つの増加タンクを取りつけ、500リッター余の燃料追加が可能。これで洋上長距離の飛行ができるが、万一にそなえて機体前方と後方に緊急用フロートを装備、飛行中いつでも作動可能な状態になっていて、高速飛行中でも膨らませることができる。また不時着水した機体からの脱出にそなえて12〜18人乗りのライフラフト(救命いかだ)も2個搭載している。

 緊急脱出のためには、コクピット左右のヒンジドア、主キャビンの大型スライディングドアのほか、8枚の大きな窓ガラスも強く押すだけで外れる仕組みになっている。これで16人の乗客と2人のパイロットは数秒で機体の外へ出ることができる。

 EC175の最大速度は280km/hと想定されている。

花開く長年の実積

 最後にヘリコプターに関するフランスと中国との関係を振り返っておこう。フランスはこれまでも中国に向かってヘリコプターの販売、開発、製造を進めてきた。まず1970年代初め、13機のSA321シュペルフルロンを売り渡している。この大型3発ヘリコプターは中国海軍で補給輸送、対潜攻撃、海難救助などに使われた。その後、昌河飛機工業公司がライセンス生産して、1985年12月11日、中国名Z-8として初飛行した。しかし不具合が多発したため、15年間の製造数は20機以下にとどまった。

 1980年にはアエロスパシアル社との契約により、SA365Nドーファンのライセンス生産もはじまった。初期のZ-9はSA365Nと同じ基本型だったが、次の20機はSA365N2に相当するZ-9Aとなった。これらZ-9は1992年までに50機が製造されたのち、引続いてユーロコプター社との契約により22機が追加製造された。これとは別に、昌河飛行機は7割以上を中国製の部品としたZ-9Bを開発、1992年の初飛行以来20〜30機を製造した。

 またSA342ガゼルも対戦車攻撃用に6機が購入された。さらにAS350B小型単発タービン機も中国で製造された。1994年にZ-11の呼称で初飛行し、中国陸軍が訓練用に購入したが、生産数は20機未満にとどまった。

 ユーロコプター社は昌河飛機公司によるZ-10攻撃機の開発にも協力した。同機はタンデム複座の胴体をもち、2003年4月29日に初飛行した。外観はユーロコプター・タイガーやアグスタA-129に似ている。

 1990年代初めからは、中国航空技術導入公司(CATIC)がEC120の開発に参加した。参加比率は24%で、ハルビンの航空機工場で胴体部分の製造にあたっている。同機は中国内でも最近までに16機の注文を受けている。

 こうして進展してきたユーロコプター社と中国との関係だが、その長年の積み重ねが今、EC175となって花を開こうとしているかに見える。同機は向こう20年間に総数800機の需要が見込まれ、中国内だけでも300機の需要があるという。

(西川 渉、月刊『エアワールド』誌2008年6月号掲載、2008.5.13)

表紙へ戻る