<ユーロコプター>

天皇のヘリコプター

 

 ユーロコプター社が日本の天皇向けヘリコプターの売りこみに成功したというニュースがヨーロッパから入ってきた。3月16日、親会社のEADSが明らかにしたものという。

 それによると、機種はスーパーピューマの最新型EC225で、今上を初めとする要人輸送に使われるとしている。

 今回の購入契約は、ユーロコプター日本代表のステファン・ジヌー氏によると、同社と防衛庁との直接契約になる予定。契約額は30億円程度。

 日本は20年前に3機のスーパーピューマを購入し、要人および外国首脳を輸送する特別機として使っている。ユーロコプター社は、今後さらに現用機の代替も含めて、日本のEC225購入数が増えてゆくことを期待している。

 上のニュースに関連して、2か月ほど前、以下のようなEC225の解説記事を書いた。「エアワールド」誌に依頼されたものである。ここに掲載しておきたい。

 わが国政府専用ヘリコプターとして、次期後継機の候補にユーロコプターEC225が有力視されるに至った。皇室および政府首脳の乗用機は、現在3機のAS332Lスーパーピューマが使われているが、導入から20年を経過し、そろそろ取り替えの時期に近づいたもの。

 無論まだ決まったわけではなく、正式の発表もないので勇み足になるかもしれぬが、EC225とはどんなヘリコプターか、ここで見ておくことにしよう。


EC225/ユーロコプター社提供

基本の軍用型EC725

 EC225は11トン級の近代的な大型ヘリコプターで、現用スーパーピューマの改良発達型である。このスーパーピューマ・ファミリーは、それ以前のAS330ピューマを基本とし、軍用型AS355クーガーを含めて、ほぼ25年間の実用実績をもつ。現在は世界中で600機以上が飛んでおり、総飛行時間は260万時間に達する。

 下表は、このファミリーの構成を示す。EC225と軍用型EC725は、同じファミリーの中の第3世代機ということができよう。

スーパーピューマ・ファミリー

    

民間型

軍用型

初飛行年月日

前 世 代

SA330ピューマ

1969.9.26

第1世代

AS332L1

AS532AL

1978.9.13(AS332L1)

AS332C1

AS532SC

第2世代

AS332L2

AS532A2

1987.2.6

第3世代

EC225

EC725

2002.10.3(EC725)
2004.6.24(EC225)

 開発のきっかけはフランス空軍による新しい戦闘救難機の要求であった。第一線で撃墜された戦闘機パイロットなどを遠隔の敵地や洋上から救出する作戦は、きわめて困難な任務である。その完遂のためには、万全の機能をもった手段を使わなければならない。というのでクーガーの改良、すなわちEC725の開発が始まったのである。

 そこに求められる特性は信頼性、安全性、生存性などに加えて、飛行性能はもとより、捜索救難のためのシステム自体も高い能力がなければならない。そこでユーロコプター社は、フランス空軍との密接な協力の下に開発作業を進めてきた。

 その内容は主ローターを5枚ブレードに改め、耐弾性を高める。エンジン出力を増強し、トランスミッション系統を強化、主ギアボックスは滑油が漏出しても30分は作動し続けられるようにした。実際は、地上試運転で52分間のドライ・ランが記録されている。

 軍用機としてのEC725は、操縦席と床下に装甲板が取りつけてあり、燃料タンクは敵弾で穴があいても燃料が漏れないようセルフシーリングになっている。また油圧系統は3重。

 武装火器は7.62ミリのマシーンガンを機体左右に装備する。また20ミリ砲、もしくは19発の2.75ミリ・ロケット弾の入った武装ポッドを左右に取りつけることもできる。

 こうしたEC725はクーガーUとも呼ばれ、2004年9月に実践配備の認定を取得、直ちに1号機がフランス空軍への引渡しが始まった。同空軍は総数20機を発注している。

石油開発支援と要人輸送

 民間型EC225は、こうしたEC725を基本として開発されたもので、その特徴のほとんどを取り入れ、機体や動力系統は軍用型も民間型も変わりがない。飛行性能も同様で、高速で長航続の飛行が可能となっている。

 民間機としての主な用途は海底油田の開発支援と要人輸送。油田開発のためには多数の技術者が沖合の石油プラットフォームと陸地との間を往復するため、大きなキャビンにパイロット2人と客室乗務員1人のほかに、最大24人の乗客を載せることができる。また要人輸送のためには、少人数分の豪華な座席と厚い防音壁を装備する。

 さらにブレード数が5枚になったため振動が少なくなり、快適性が増加した。ヘリコプターは一般に速度が増すと振動もひどくなる。ところがEC225は、巡航速度240q/hという高速にもかかわらず、速度が増すと却って振動が減る。これはローター機構にアクティブ防振システムが組み込まれていて、速度の増加によって作動するようになっているためである。このことを、ユーロコプター社は「高速でも優雅に飛べる」と表現している。

 コクピットは最新のアビオニクスをそなえ、多機能液晶ディスプレイを持つ。オートパイロットはパイロットの操縦負担を減らし、長距離の安全な飛行を可能にする。

 たとえば、飛行中に片方のエンジンが故障したような場合、オートパイロットは自動的に残りのエンジン出力を調整し、必要に応じて高度を下げ、速度を落として、そのときの飛行条件に合わせることができる。人間は何にもしなくていいのである。

 またオートパイロットは常に正常な飛行を維持する。もし何らかの故障が生じても、パイロットの知らないうちに超過禁止速度を超えたり、最低速度を切ったりするようなことはない。通常の進入降下に際しても、地面に近い決定高度になったところでヘリコプターを安定させる。そして、このオートパイロットにより、EC225はパイロットが操縦桿に触れることなくILS進入をすることができる。

数々の改良で安全性が向上

 エンジンは、新世代のターボメカ・マキーラ2Aが2基。2重のFADECシステムをそなえ、高出力と安全性を発揮する。離陸出力は2,100shp。AS332Lのエンジンはマキーラ1A2で、離陸出力1,845shpだから、14%増になる。また片発停止の場合の緊急出力は2,411shpで、15%増。これらの詳細は下表のとおりである。 

エンジン出力表

   

EC225/EC725

比較(AS332L)

エンジン

マキラ2A

マキラ1A2

装着基数

2

2

離陸出力

2,100

1,845

最大連続出力

1,873

――

最大緊急出力(30秒)

2,411

2,109

中間緊急出力(2分)

2,230

――

連続緊急出力

2,166

――
[注1]出力単位は軸馬力(shp)    
[注2]緊急出力は片発停止のときのみ

 

 ギアボックスは再設計され、出力を上げ、安全性を高めるために強化された。これは新しく開発された緊急用冷却システムによるもので、滑油が完全になくなっても30分間は安全に飛びつづけることができることは先にも述べたとおりである。

 防氷装備も完全で、氷結気象状態の中でも安全に飛行することができる。

 これまでのスーパーピューマ・ファミリーにはなかった初めての安全機構としては、たとえば床材と座席が衝撃吸収機能をそなえている。

 キャビンの窓が大きいのもEC225の特徴のひとつ。これで視界が広がり、乗客にとっては快適であると同時に、海面に不時着したようなときの非常脱出口になる。その大きさは、競合機種の2倍にもなり、AS332より5割増しの42×69cmだが、緊急脱出用の窓はさらに大きい。しかしふつうの窓でも脱出用に使うことができる。これらの大きな窓は、今後AS332L2にも装着される。

 こうしてEC225はエンジン、ローター系統、主ギアボックス、アビオニクス類を初め、数々の改良が加えられたが、従来のAS332L2と変わらない装備品も少なくない。たとえば電気系統、油圧系統、降着装置、燃料系統、中間ギアボックス、尾部ローター、さらには副次的なAPU,レーダー、無線通信機、ホイストなどは共通である。

 EC225は、パイロット単独の計器飛行が承認されている。2005年初めには防氷装置も認められる予定。FAAの型式証明も2005年半ばには取得できる見こみである。

 このように、EC225は法規類で定めている以上の安全性をそなえている。これで沖合遠くの石油開発リグへも安全に飛ぶことができるし、VIP輸送にも安心して使うことができる。


EC225/ユーロコプター社提供

EC225の量産はじまる

 こうしたEC225は2004年6月24日に初飛行した。EASA(欧州航空安全庁)の型式証明を得たのは同年7月末。10月には要人輸送のための特別内装をほどこした機体がフランス政府首脳の乗用機として引渡された。2005年には3機のEC225が引渡されるが、うち1機も要人輸送用である。

 残り2機は英ブリストウ・ヘリコプター社向けで、同社は2004年初めにEC225を発注した。発注数は確定2機、仮2機。1番機は2005年6月に引渡され、パイロット訓練その他の準備期間を経て、秋からイギリス北部のアバディーンを拠点として北海の海底油田支援飛行を始める。客席数は19席。

 ブリストウ社がEC225を選定した理由は3点。ひとつは同機が最先端の技術を採用していること、第2は高速で航続距離が長いなど洋上飛行に適した飛行性能にすぐれていること、第3はこれまで使ってきたスーパーピューマ・ファミリーがすぐれた安全記録を残していることである。事実、同社は現在AS332L2など38機のスーパーピューマを使っている。

 EC225はオートパイロットが完備しているので、操縦もやさしい。今のAS332Lのパイロットならば4〜5時間の飛行訓練で完全に習得できよう。またスーパーピューマの経験がない者でも、地上の講義が約2週間、飛行訓練10時間でよいであろう。

 民間向けEC225の基本価格は1,200〜1,300万ユーロ(約17億円)。実際は、これに顧客の仕様による内装や電子機器などの装備費用が200〜300万ユーロ(約3.5億円)ほどかかる。EC725の方は軍用装備が高いために、推定2,000万ユーロ(約27億円)程度となろう。

 これら新しいEC225/725が実用になっても、南仏マルセイユに近いユーロコプター社マリニアンヌ工場では、今後もAS332LやAS532など従来のスーパーピューマとクーガーの製造が続き、おそらくはEC225/725との間で半々くらいの製造機数になるもよう。

EC225基本データ

主ローター直径(m)

16.20

16.20

全長(ローター回転時、m)

19.50

19.50

全高(m)

4.97

4.97

自重(kg)

5,256

4,660

最大離陸重量(kg)

11,000

9,300

機外吊り下げ時総重量(kg)

11,200

10,500

エンジン

マキーラ2A×2基

マキーラ1A2×2基

出力

(出力表参照)

(出力表参照)

燃料容量(リッター)

2,553

2,020

乗員数(有視界飛行時)

1

1

乗員数(計器飛行時)

2

2

標準乗客数

24+1(客室乗務員)

19〜24

要人客席数

8〜12

8〜15

最大速度(q/h)

324

315

巡航速度(q/h)

276

278

航続距離(km)

877

830

最大航続時間

4時間15分

――

ホバリング高度限界(地面効果内、m)

2,772

3,280

ホバリング高度限界(地面効果外、m)

2,084

2,110

 この新しい大型ヘリコプターが日本の要人を乗せて飛ぶようになるかどうか、その前途に期待したい。


EC225/ユーロコプター社提供

(西川 渉、『エアワールド』誌2005年5月号掲載)

 

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