地域航空の発展に大きな役割

エムブラエル
リージョナル・ジェットの全貌 

 

 4月初め、ブラジル・エムブラエル社に関する3つのニュースが伝えられた。ひとつは、目下開発中のERJ-145XRの量産1号機が初飛行し、開発作業が最終段階に入ったこと。今年9月に型式証明を取る予定という。

 第2はエムブラエル170の試験飛行が順調に続いているというニュース。この70席機は今年2月19日に原型1号機が初飛行し、4月10日には2号機も飛んだ。6月までに合わせて6機を飛ばし、総計2,200時間の試験飛行をして、今年末には型式証明を取る予定という。

 最後はストレッチ型175(78席)の開発がはじまり、もっと大きな195(108席)の詳細設計も着手された。175は2004年なかば、195は2004年末までに型式証明を取る計画である。

 ここでは、そうしたニュースをもう少し詳しく見ながら、エムブラエル・リージョナル・ジェットの全貌を見てゆくことにしよう。 

ERJ-145XRの誕生

 ERJ-145XRは、昨2001年6月29日に原型1号機が初飛行した長航続の高性能機である。基本となったERJ-145(旅客50席)は、エムブラエル社の標準的なリージョナル・ジェットとして1996年に型式証明を取得、5年間で400機近く生産され、好調な飛行をつづけている。

 このERJ-145の技術経験と運用実績を生かしながら、その後に続くのが短胴型のERJ-135(37席)で1998年7月に初飛行、1年後に就航した。両者の中間をゆくERJ-140(44席)も2001年7月に就航、2機種合わせて100機以上が引渡されている。

 これらに続く3番目の派生型がERJ-145XRで、今年9月に型式証明を取る予定である。

 開発がはじまったのは2000年7月、ファーンボロ航空ショーで米コンチネンタル・エクスプレスが確定75機、仮100機を発注したことによる。同航空はそれまでもERJ-145を150機、ERJ-135を50機発注していたが、これら既有機との共通性を持ちながら、航続距離が長く、メキシコの高温・高地でも余裕をもって使えるような機体というので、XRの大量発注に踏み切った。

 この要求に応えるため、ERJ-145XRの特徴は-145の胴体を強化して最大離陸重量を9%増の24,000kgとし、主翼付け根のフェアリング内部に補助燃料タンクを増設して燃料搭載量を増やすと共に、両翼端にウィングレットを取りつけ、航続距離を800km増の3,700kmとしている。

 重量の増加に伴ってエンジンも強化され、出力7%増のロールスロイスAE3007A1Eターボファン(推力3,678kg)に換装された。

 試験飛行は、今年3月末の時点で6割ほど終了している。内容は飛行性能、飛行特性、および防氷システムの利き具合などだが、これに量産型が加わって型式証明試験に臨むこととなる。1号機はコンチネンタル・エクスプレスへ引渡されるが、同航空の発注数は現在104機に増えた。


(2001年6月29日に初飛行したERJ145XR原型1号機)

170も今年中に型式証明

 ERJ-145XRよりさらに新しいのがエムブラエル170(旅客70席)である。この170から機種の呼称が改められ、従来ERJ-170と呼んできたものを、会社名に型式数字をつけるだけとした。したがって将来のERJ-195もエムブラエル195となる。これはRJの記号を外して、近距離の地域航空にしか使えないといった印象をなくし、幹線航空にも使える本格的な旅客機であることを訴えるものとなっている。

 170の開発は1999年6月パリ航空ショーで発表された。当時のスイス・クロスエアの注文によるもので、その内容は170を30機と、同じ170ファミリーの大型モデル190を30機、また両機種合わせた仮注文100機という内訳だった。2年後の昨年6月のパリ航空ショーでは、他のエアラインからの注文も合わせて確定120機、仮205機に達している。

 設計目標は、構造が簡単で信頼性が高く、整備の費用がかからず、経済的で運航しやすい旅客機となっている。基本形状は低翼で、エンジンはGE CF34ターボファンが2基。ERJ-145シリーズと異なって主翼下面に装着され、左右の翼端にはウィングレットがつく。降着装置は前輪式の3車輪。操縦系統はフライ・バイ・ワイヤである。

 このエムブラエル170がロールアウトしたのは2001年10月だったが、飛行準備に手間取り、初飛行したのは今年2月19日。ソフトウェアの調整に予想外の時間がかかったためで、本来ならば昨年末にも飛ぶ計画だった。

 その結果、開発日程は1〜2か月の遅れとなった。しかし今年なかばまでに総数6機を飛ばして試験飛行をすすめ、年末までには型式証明が取れる見込み。量産1号機は予定通りクロスエア(4月から新生「スイス」となった)へ引渡すことにしている。

 なおクロスエアは170について、エンブラエル社からロンドン・シティ空港へ5.5°の急角度進入を可能とする保証を受けている。これが実現すれば、ジュネーブから直接ロンドン市内への乗り入れが可能となる。

 170に続いては175、195、190の開発も計画されている。それぞれ2004年7月、2004年12月、2005年12月に就航する。

 このうち175は、エンブラエル社の顧客諮問委員会の助言を得て開発されることになった。この委員会は地域航空や幹線航空など10社が参加し、市場の動向や要望を見ながら、今後の望ましい機材開発について助言をするという役割をもっている。


(エムブラエル170)

柔軟性を持った機種選定

 その助言にもとづいて、エンブラエル社が175の開発着手を発表したのは昨年10月、170のロールアウトのときであった。同機は170を1.7m引き延ばし、客席を前後2列増やすストレッチ型。このため運用自重は1,000kgほど増えるが、最大離陸重量も650kg増加する。逆に燃料搭載量が減るので、航続距離は長距離巡航速度で飛んだ場合でも、170の3,890kmから2,960kmへ減る。また着陸滑走路長は1,250mから1,300mへ伸びる。

 それでも乗客の増える方が望ましいというのが顧問委員会の意見である。特に競争相手のフェアチャイルド・ドルニエ728JETが同クラスといいながら、実際は75席とすることができるので、これに対抗するのがエムブラエル社の狙いでもある。

 この諮問委員会にはクロスエアも入っていて、10月の170ロールアウトに際して、ストレッチ型175を30機発注する意向を表明した。ただし、まだ確定発注には至ってなく、エムブラエル社はエールフランス、アリタリア、英国航空などへの売り込み交渉を続けている。

 クロスエアはエムブラエル195(108席)についても30機の確定発注をしている。ほかに100機の仮発注があるが、これは170/190ファミリーのどの機種になるかは未定。というのも、今後の市場動向を見ながら70〜108席の間で柔軟に機種選定をしてゆきたいというのがクロスエアの要求であり、エンブラエル社もそれによく応えているということができよう。

 余談ながら、こうした機種選定について昨年10月、クロスエアのモリッツ・スタ会長は次のように語っている。

「エアライン業界の最近のきびしい状況下では、どのエアラインも機数を減らし、便数を減らさなければならない。そんなとき図体の大きい機材はどうにもならない。余り大きすぎないことが最良の機材である」

「たとえばエアバスA319はエンブラエル195(108席)にくらべて20トンも重いが、客席数はほとんど変わらない。ということはエアバス機が無駄な重量を余分の燃料を燃やして運んでいることになる」「私が旅客ならば、高い運賃を払って利用率70%の大型機に乗るよりも、経済的な運賃価格で利用率80%の小型機に乗りたいと思う」

新生航空スイスの発足

 こうした考え方は、半年を経ていっそう現実味を帯びてきた。というのは慢性的な業績低迷に苦しんできたスイスエアが9.11多発テロの追い打ちで経営の行き詰まりをきたし、倒産に追い込まれたためである。

 事業の一部は、子会社だったクロスエアが引継ぐことになった。そのため、クロスエアは2001年12月の総会で、資本金を一挙9倍の27.9億スイス・フラン(約2,240億円)とした。その引受けに応じて主要株主となったのは20%がスイス政府、70%がスイスの大手銀行UBSとクレディスイスの2行であった。

 これによりスイスエアは3月31日をもって71年間の歴史を閉じ、クロスエアも社名を変更して新しい「スイス」になった。運航は4月1日からはじまり、従来のクロスエアによる欧州全域の地域航空に長距離の国際線が加わったのである。この長距離便のために新生スイスはスイスエアのMD-11を13機と従業員およそ5,000人を引き継いだが、今後1年ほどの間に新しい13機のA340-300に取り替えてゆく計画である。

 またクロスエアが運航していたアヴロRJやサーブ2000は向こう4年間でERJ-145、170、195に取り替える。これで、大陸間横断の長距離便はA340に譲るとして、欧州圏内の路線は近距離でも長距離でも、旅客が多くても少なくても、ERJ-145、170、195といった共通機種を自在に取り替えながら、需要の多寡に応じて柔軟に運用してゆくことが可能となる。

 ただし、こうした考え方を現実のものとしたスタ会長は、増資と株主の変更によって、追われるような形でクロスエアを去ることになった。

 スタ会長がクロスエアを創設したのは1979年、3機のメトロライナーで発足した。以来23年間、強力なリーダーシップによって発展したクロスエアは、欧州随一のリージョナル・エアラインとなった。規模は最大で、財務内容も健全であった。

 ところが、その株式の70%が倒産したスイスエアの保有になっていたため、銀行団がそれを買い取った。これで経営の主導権は銀行に移り、さらに資本規模を一挙に拡大したことで、スタ会長の発言権が弱まった。あるいは、この人自身の個性が強すぎたという見方もある。その個性がすぐれたリーダーシップとなってクロスエアを育て上げ、エンブラエル機の大量発注と柔軟な運用を実現させたのではあったが。


(スイス新生航空のERJ145)

機材の大型化と労使協定

 このように、エムブラエル170/175と190/195は同じファミリー機種として扱われる。それというのも同じ設計思想でつくられ、同じ胴体直径で同じコクピットを持ち、パイロットの資格も共通だからである。

 エムブラエル社によれば、170/175と190/195との間の共通性は89%、170と175の間および190と195との間は95%であるという。それでいて座席数は70席から110席までの幅があり、旅客の多寡や路線の長さに応じて柔軟に使い分けることができる。

 190/195はまだ詳細設計がはじまったばかりだが、胴体長は190が170より6.25m長くて乗客98人乗り。主翼スパンも2.56m延びて、エンジンは2基のGE CF34-8E-10を装備する。重量が増加する分だけ降着装置も強化される。

 195は胴体をさらに2.41m延ばして、乗客108人乗りとするもの。新生スイスはクロスエアの当時から195を30機発注しており、開発も195の方が先になる。

 今後の日程は、今年末に引渡しがはじまる170に続いて、2004年なかばには175も就航、年末には195が就航し、1年後には190が型式証明をとる計画。そしてピーク時には毎月8機の170/190ファミリーを量産できる工場能力をととのえつつある。

 こうしてリージョナル・ジェットは、急速に大型化しつつある。しかし、そこで問題となるのは、北米地域のエアラインに見られる「スコープ・クローズ」である。

 これは操縦士組合との労使協定に定められた条項で、リージョナル航空のほとんどが大手エアラインの傘下にあることから、大手のパイロット組合が自分たちの待遇悪化を防ぐために、たとえば傘下のリージョナル航空会社が70席を超える航空機を使わないとか、自分たちの給与をリージョナル航空の水準に合わせて引き下げたりしないといった制約を課したものである。

 具体的にはユナイテッド航空の場合、幹線を飛ぶ大型ジェット旅客機とリージョナル・ジェットとの間の比率が決まっている。またアメリカン航空は大型機とリージョナル機を運航する場合のシート・マイル比率が決まっており、デルタ航空は区間時間が限定され長距離路線にはリージョナル機を投入することができない。

事業の発展を阻むもの

 ところが大手エアラインの多くは9.11テロの影響で旅客需要が減ったため、輸送供給量を2割近く減らしている。それには便数を減らすだけでなく、将来的には機材を小型化して、需要に見合った大きさの機体を使うのが合理的である。そこで障害となるのがスコープ・クローズである。

 協定の内容は無論、9.11テロ以前に取り決めたものである。したがって現実の状況には合わなくなり、再検討の必要が出てきたというのが経営側の主張。たとえばアメリカン・イーグルは、このままでは一部の路線運航も中止せざるをえないという声明を出した。

 たしかにスコープ・クローズの影響は、個々の企業ばかりでなく、地域航空はもとより、エアライン全体の発展を阻害し、パイロットにとっても悪い結果になりかねない。航空事業がうまくゆくか否かは、市場の要求に合うような機材を使うことである。これまで大型ジェットが飛んでいた路線でも、需要が少なくなれば大型機に代えて小型機を投入するのは当然のこと。つまり、この場合の選択は小型機か大型機かということではなく、リージョナル・ジェットか事業中止かということになってしまう。

 かくてスコープ・クローズの存在は、航空事業ばかりか、そのサービスを受けていた地域の発展をも阻害する。とすれば、この問題がいつまでも当事者間で解決できなければ、議会や政府が乗り出してくるかもしれない。

 逆に、このクラスの機材が主要路線でも使えるようになれば、減少気味の旅客需要に見合うばかりでなく、パイロットの人件費も安くてすむ。9.11テロの後遺症に苦しむ米エアラインの救世主にもなり得るであろう。

 アメリカの予測企業ティール・グループは、スコープ・クローズの制約がなくなれば、リージョナル・ジェットの需要は大きく伸びる。加えて旧型ターボプロップ機の取り替え時期がきているので、その分の数百機に及ぶ需要も合わせると、リージョナル・ジェットの年間売上高は2010年までに64億ドルに達すると見ている。


(ERJ135)

増収増益のエムブラエル社

 エムブラエル社は1969年に設立、航空機メーカーとして30年余の経験を重ねてきた。途中1994年12月に民営化され、株式は銀行が45%、政府が18%、従業員が10%を保有する。ほかに1999年からEADSフランス、ダッソー、SNECMA、ターレスなど仏メーカー数社から成るコンソシアムが参加し、20%を持っている。

 最近までの生産実績は軍用機、コミューター機、ビジネス機など広範囲の機材が約5,500機。現在はEMB-120ブラジリア双発ターボプロップ、ERJ-145/-140/-135リージョナル・ジェット、イパネマ農業機、ツカノ・ターボプロップ軍用練習機などを製造。ほかにパイパーPA-32とPA-34軽飛行機をライセンス生産している。

 工場はブラジルのサンパウロ州にある。広さは25万u。従業員は11,000人を擁するが、海外も入れると12,200人になる。

 2001年の営業実績は良好であった。9.11テロの影響で第4四半期の引渡し数が急落したものの、ドルに対するブラジル通貨の為替レートが下がったために、売上高は前年比5%増の29.3億ドル相当(約3,800億円)となり、純利益は36%増の4億6,800万ドル(約600億円)に達した。

 この1年間の引渡し数は、リージョナル・ジェットとビジネス・ジェットを合わせて161機。当初の計画よりも45機ほど少なく、2000年に対して1機減であった。今後の生産計画は、2002年が135機、2003年が145機で、2001年の実績に対してかなり少ないが、売上高はさほど変わらないと見られている。

 なお、2001年末のエムブラエル機の受注残は135/140/145が364機、170/190が112機、そしてレガシー・ビジネスジェットが68機であった。

 かくてエムブラエル社を取り巻く環境は、良い面と悪い面のさまざまな要因が見られるが、今や民間機メーカーとしては世界第4位にのし上がった。今後いっそうの発展を期待したい。

【付録】エムブラエルRJ各機の基本データ表

  (西川渉、月刊『エアワールド』誌2002年7月号掲載)

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