<リージョナル・ジェット>

エムブラエル170/190ファミリー

 

 去る6月のパリ航空ショーでリージョナル・ジェットの話題をさらったのはブラジルのエムブラエルであった。ショー開幕の前日にエムブラエル175を初飛行させると同時に、目下開発中の170や190が大量の注文を獲得したからである。

 それもUSエアウェイズから85機、低運賃航空のジェットブルーから100機というように、これまでのいわゆるリージョナル航空とは異なる新しい市場からの受注であった。ボーイングやエアバスの大型ジェット旅客機の分野にまで切りこんでゆくきっかけとなるかもしれない。

 一方で、カナダのリージョナル旅客機メーカー、ボンバーディアとの競争も激しさを増してゆく。実は上のUSエアウェイズの85機の受注も、ボンバーディアと分け合った結果で、CRJも同時に85機の注文を受けている。

 さらにはリージョナル・ジェットの大型化にもかかわらず、アメリカの大手エアライン業界にはパイロット組合との労使協定があり、大型リージョナル機の使用制限という問題が立ちはだかる。

 そうした中、70〜110人乗りの市場をめざすエムブラエル170/190ファミリーが間もなく最初の型式証明を取得する段階になった。

エムブラエル各機の開発時期

ダブルバブルの胴体

 リージョナル・ジェット170/190ファミリーは、エムブラエル社によれば、全く新しい種類の旅客機である。そこには従来の地域航空分野を越えて、ボーイングやエアバスの大型機の分野にまで踏み込もうという野心が秘められている。

 大きさは旅客70席から110席までの4種類があり、それぞれ170(標準70席)、175(78席)、190(98席)、195(108席)と呼ばれる。その特徴は、従来のリージョナル機にくらべて客席がゆったりして乗り心地が良く、飛行性能にすぐれ、運航コストが安い。キャビンはエコノミー席ばかりでなく、2クラスに分けて、本格的な旅客機にもなる。

 こうした70〜120席のリージョナル・ジェット市場は今急速に拡大しつつある。エムブラエル社の狙いは、この新しい分野を抑えることにある。

 基本となる170の開発計画が発表されたのは、1999年6月のパリ航空ショーであった。それから2年半を経て原型1号機が完成、2002年2月19日に初飛行した。

 その特徴は第1に胴体にある。周知のように170にはERJ-145という先行機がある。50人乗りの同機は、キャビンが左右3列の座席配置で、エンジンは胴体の後部左右に取りつけてある。しかし、この形状をそのまま大きくしたのでは、将来の発展性に欠ける。まったく新しく設計をやり直す必要があるというのが当時のエムブラエル社の判断であった。

 こうして、胴体断面はいわゆる「ダブルバブル」に変わり、エンジンは主翼下面に取りつける今の形式が生まれた。これはリージョナル・エアラインばかりでなく、大手エアラインにも好感をもって迎えられた。ということは売れ行きにも影響するわけで、リージョナル・ジェットの選定は地域航空そのものよりも、むしろ上位にある大手エアラインの意向によって決まることが多いからである。

離着陸距離が短い

 では、ダブルバブルとは何か。この胴体は単純な円筒ではなく、小さい円の上に大きい円をのせたような断面を持つ。これで床面から上の主デッキの幅が広がり、左右の座席を4列にしても余裕が生じる。天井も最大2mまで高くなり、ギャレーやトイレの配置が柔軟になった。

 これは競争相手のボンバーディアCRJ700/900を多分に意識した形状で、乗客1人当りのキャビン容積はCRJ700/900よりも大きいばかりか、エアバスA320よりも大きくなるという。

 そのうえ床下貨物室の天井も0.94mと高くなって、荷物の積み卸しが楽になる。こうした逆ダルマ型の胴体については、すでに設計寿命の4倍――32万時間の疲労試験が終わっている。

 キャビンの座席配置は、170の場合、前後ピッチが32インチ(81cm)で70席、30インチ・ピッチで78席、さらに36インチ6席と31インチ60席の2クラスに分けることも可能。この場合、6席のビジネス・クラスは左右3列になる。

 もうひとつの特徴は主翼である。170の主翼には可動式のダブル・スロッテッド・フラップがつき、離陸距離が1,200m以下と短くなった。また7.5°の急角度進入ができるよう、胴体下面にエアブレーキをつけた。これでロンドン・シティ空港にも着陸可能となるはずである。

 次の問題はエンジンで、エムブラエル社はいくつかの候補の中からリスク負担をしてくれるメーカーを選定した。ジェネラル・エレクトリック社(GE)である。170/175にはCF34-8E(推力6,440kg)を取りつけることとし、将来の大型機、190/195にはその発達型でファンの大きなCF34-10E(推力8,390kg)を取りつけることとした。そのため後者は全く新しく開発される。

型式証明は今年11月

 しかしコクピットは、どの4機種をとっても変わらない。操縦系統にフライ・バイ・ワイヤを採用したためである。計器パネルには大きな5つの液晶画面が並び、基本となる飛行計器、航法および気象情報、エンジン計器、警報システムなどが表示される。さらに電気系統、燃料系統、油圧系統、防氷系統、補助電源などの情報も示される。

 こうしたアビオニクス類は試験飛行のたびにソフトウェアに手が加えられ、改良に次ぐ改良がなされてきた。実は本機の2002年末の引渡し開始が遅れて2003年なかばになり、さらに2003年11月になろうとしているのは、こうしたソフトウェアの書き換えが続いたからである。その結果、本機はヘッドアップ・ディスプレイをそなえ、カテゴリー3Aの着陸も可能となった。

 電気系統と油圧系統は3重。燃料タンクは主翼の中とその付け根付近にあって、最大搭載量は9,470kg。さらに将来、170をビジネス機に改造するような場合は、床下貨物室に燃料タンクを置いて、7,400kmまでの長距離飛行が可能になる。

 エムブラエル170の、もうひとつの特徴は運航費の安いこと。とりわけ整備費が安くなるように設計されており、整備データは常に機上のコンピューターに記録される。それを地上でダウンロードすることもできるが、飛行中にデータリンクで整備基地へ送信することも可能。これにより、たとえば米国内で925kmの路線区間を飛ぶ場合、直接運航費は推定2,748ドル(約30万円)だが、そのうち整備費は8%程度と見られる。

 エムブラエル170の飛行試験は、原型6機と量産型1機で進んできた。総計1,800時間の飛行が予定されたが、その95%以上が終わった。構造荷重試験も終了し、最後の飛行に拍車がかかっている。

 最近終了したのは防氷テスト、フラッター試験、高地での離着陸試験、緊急脱出試験などで、いずれも順調だった。今後の試験の中にはバフェッティング評価、アビオニクス類の点検、信頼性試験、航空検査官による飛行試験などがある。またシミュレーターを使ってウィンドシア試験もおこなうが、これはFAAの要求にもとづくものである。

 これらが予定通りに終われば、今年11月には型式証明が取得できる見こみで、工場では量産機の製造もはじまり、8月末にはアリタリア航空向けの1号機が完成する。つづいて今年中に合計12機が引渡される予定である。うち6機がアリタリア向け、2機がGEキャピタル向け、残り4機の行く先は公表されていない。来年は、170の量産態勢を45機とする計画も立っている。

発端はスイスからの注文

 エムブラエル170の開発は今から4年前にさかのぼる。当時ヨーロッパ全域を飛ぶリージョナル航空で成功を収めたスイスのクロスエアから注文を受け、1999年に開発が本格化した。

 クロスエアの注文は170を30機と195を30機、また両機合わせた仮注文100機という内容だった。合わせて160機の大量注文で世界中を驚かせた。ところが翌2000年、スイスエアが倒産したためクロスエアを基本とする新会社スイス国際航空が設立される。しかし世界的な経済不況が続く中、第2次湾岸戦争や劇症肺炎SARSなどの追い討ちがかかって、新会社の経営も悪化し、昨年は7億ドル(約830億円)の赤字を計上した。

 そのため今年に入って路線の縮小や従業員の解雇など、さまざまな再建策が講じられることになった。その一つが去る3月のエムブラエル機に関する契約変更である。内容は、170と195について各30機ずつの発注を15機ずつに半減する、仮発注の100機を170と175各10機に減らす、受領開始の時期を1年遅らせる、というもの。

 この日程変更によって、エムブラエル170の初号機の引渡し先はスイスからイタリアへ変わり、上述の通りアリタリア航空が量産1号機を受け取ることになった。

 余談ながら、スイス国際航空の苦難は今も続いており、今年第1四半期(1〜3月)の3か月間だけで2億ドル(約230億円)の赤字を計上したと伝えられる。そこで、もう一段の再建策として、新しい子会社をつくり、リージョナル機の運航はそこへ移す構想が検討されている。新会社はスイス・エクスプレスと呼び、今年秋からリージョナル航空会社として運航開始の予定。

 この措置によってリージョナル路線の運航コストは2割ほど下がり、今のスイス国際航空を合わせたグループ全体としても1割ほど下がると計算されている。

 こうしたことからエムブラエル170や195量産機も、スイス・エクスプレスに引渡されることになり、将来は同航空の中心的な機材として使われる予定。引渡し開始の時期は170が2004年夏、195が2006年になるもよう。

USエアウェイズから大量注文

 もうひとつ余談だが、クロスエアを創設し、欧州最大のリージョナル航空に仕立て上げたモリッツ・スタ氏は、同航空を基本としてスイス国際航空設立の際、なぜか経営陣に参加しなかった。ところが、あれから2年、最近になって再度、新しいリージョナル航空を創設する準備に入ったと伝えられる。

 先ずはジュネーブからルガノまでのスイス国内線を1日3往復、サーブ2000双発ターボプロップ機で運航する計画。運航開始は今年10月末。片道45分で、運賃は現行便よりもはるかに安くするという。

 以上のように、クロスエアの注文によって開発が始まったエムブラエル170は、スイス国際航空の動揺によって、一時は前途危うしと見られた。そこへ去る5月のこと、USエアウェイズから大量85機の注文を受けて、大きく前進することになった。加えて同航空は50機の仮注文を出し、その上に50人乗りのERJ145(50席)についても140機を発注したのである。なお、仮発注の50機はエムブラエル175に切り換えることもあり得る。さらに将来は190/195の導入へ発展するかもしれないという。

 USエアウェイズはつい先頃まで破産法の保護下にあった。ところが、そこから脱け出た途端にこれだけの大量発注である。しかも同航空はエアバスA330やA320/321についても大量注文を出しており、企業再建に向かって一挙に進みはじめた。

 USエアウェイズは、北米で初めてエムブラエル170を発注したエアラインである。座席配置は2クラスに分け、合計70席として運航する。運航にあたるのは傘下のミッドアトランティック航空。引渡しは今年11月からはじまり、2006年9月までつづく予定。

 なおUSエアウェイズは米エアラインとしては7番目に大きく、米国、カナダ、メキシコ、カリブ、欧州など200か所近い都市に定期便を運航している。路線の大半はアメリカ東部に集中しており、ミシシッピの東側では最大のエアラインである。関連企業のUSエアウェイズ・シャトル、USエアウェイズ・エクスプレスを加えると、1日あたりの飛行便数は3,300便といわれる。 

175も飛行開始

 エムブラエル175は170/190ファミリーの2番目の機種だが、パリ航空ショーの話題をねらったかのように、開幕の前日、6月14日に初飛行した。姉妹機170を伴ない、120分にわたって飛びつづけ、各システムの機能チェックがおこなわれた。

 175の胴体は170よりも1.77m長く、座席数は前後2列分が増えて、32インチ・ピッチで78席になる。最大では86席とすることもできるし、全体を2クラスに分ければいっそう本格的な旅客機にもなる。貨物搭載量は1割ほど増加。航続距離は3,300kmに達する。

 それでもエンジンは170と同じGE CF34-8E。コクピットやフライ・バイ・ワイヤの操縦系統も変わらず、パイロットの操縦資格も170と同じだから拡張試験を受ける必要がない。こうした条件は将来登場する190/195も同様である。したがってエアラインは乗客の多寡に応じて、70〜110席の大小4種類の機材を自在に使い分けることが可能となる。

 開発飛行試験も、170を基本としているところから、すべてを新しくおこなう必要はなく、比較的短期間で終わる予定。2004年秋には型式証明を取得することになっている。

ひと回り大きな190/195

 こうしたエムブラエル170/175を一回り大きくするのが190/195である。

 開発の発端は、クロスエアが170を発注すると同時に、110席の195を開発するよう求めてきたことにある。エムブラエル社はこの難題に応じることとし、設計が出来上がったのは2000年3月のことであった。

 機体は胴体を引き延ばした分だけ主翼を大きくし、重量の増加を支えると共に、飛行性能を損なわないように考えられている。せっかく大型化し、乗客数を増やしても、そのために速度が落ちたり、航続距離が短くなるといった犠牲を払うようでは、意味がない。

 エンジンも大きくなる。左右の主翼下面にファンを大きくしたGE CF34-10Eを取りつけるため、脚を高くし、車輪も大きくする。またブレーキも強化される。燃料搭載量は13,000kg。

 乗降口はキャビンの前後にあり、短時間のうちに乗客の乗り降りを終えることができる。座席配置は単一クラスで98席〜108席、2クラスで8席+86席になる。

 こうしてエンジン、主翼、脚が異なるために190/195と170/175との間の共通性は85%くらいになる。ただし190と195、あるいは170と175との間ではそれぞれ95%以上になっている。

ジェットブルーから100機受注

 エムブラエル190/195ファミリーは、クロスエアの要請にもとづき、195が先行して開発が進んでいた。ところが上述のようにスイス国際航空の不調から、発注数の削減や引渡し日程の延期といった事態が起こった。

 そこへパリ航空ショーの数日前、今度は米ジェットブルー航空が、モデル190に対し確定100機、仮100機、合わせて200機という大量注文を出してきたのである。確定分だけで30億ドル(約3,500億円)に相当する。

 こうした発注によって、ジェットブルーはエムブラエル190のローンチ・カスタマーとなり、エムブラエルの方も先行していた195の開発を急遽190へ切り換えることになった。胴体が長いか短いかだけの違いだから、つくりかけていた原型機も胴体を短くするだけでよく、2004年春には初飛行する。引渡しは2005年秋からはじまる予定。

 ジェットブルーはニューヨークのケネディ国際空港を拠点とする低運賃エアラインである。2000年2月にエアバスA320を使って運航を開始、以来3年間で1,300万人の旅客を輸送した。最近では米国内とプエルトリコなど23都市を結ぶ路線で42機のA320を運航している。

 これにエムブラエル190を大量追加するのは、近距離路線網を拡大し、乗り入れ空港を10倍に増やすため。その戦略は、500km未満の路線では運賃60ドルと、大手エアラインの半分以下にするという大胆な計画を含んでいる。

 しかし、低運賃といっても決してサービスの手を抜くわけではない。190の機内は広くて快適で、客席は左右4列、前後32インチ・ピッチの革張りで、各席にディレクトTVの受像機を設け、乗客は24チャンネルの中から衛星テレビ放送を無料で見ることができる。

 このように低運賃に妥協することなく、キャビンの快適性とすぐれたサービスを提供するのがジェットブルーの低運賃経営の特色であり、そうした高品質の旅客輸送を可能にするのがエムブラエル190ということになる。

 こうして2000年に発足したジェットブルーは、2年目の2001年から黒字を続けている。といって、現状に満足するつもりはない。同航空は最近A320についても65機の大量発注をしたばかりで、2011年にはエアバスA320とエムブラエル190を合わせて290機を運航し、その組合せによって米国内のさまざまな市場に対応してゆく戦略を進めつつある。

エムブラエル170/190ファミリーの基本データ

500機を超える受注数

 エムブラエル社はリージョナル・ジェットの市場について、今後20年間に約8,600機の需要があると予測している。そのうちEMB-145に代表されるような30〜60席機は伸びが横ばいで3,600機、70〜110席機は成長いちじるしく約5,000機となる。

 その時流に乗って間もなく170/175が登場し、数年後には190/195もそろうことになる。これら170/190ファミリーは、最近までに確定234機、仮289機、合わせて523機の注文を受けている。

 リージョナル・ジェットの発展は、今後なお続くであろう。 

(西川 渉、『エアワールド』2003年10月号掲載)

 

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