救急専用ヘリコプターの実現へ

 本頁では防災救急篇で、いくつかの外国におけるヘリコプター救急の現状をご報告している。それぞれ長い報告が多くて、いちいち読むのは面倒だと感じておられる方もいるに違いない。

 そこで、各報告のエッセンスを抜き出すと次表の通りとなる。実際にヘリコプター救急がおこなわれている国で、いったいどれくらいの人がその恩恵にあずかっているかを示したものである。

救急ヘリコプター数

出動件数または搬送人数

アメリカ

約350機

225,000人/年

ドイツ

50機

約50,000件/年

フランス

37機

20,839件/1995年

スイス

13機

6,842件/1996年

イギリス(ロンドン)

1機

6,549件/6年間

日本

(消防防災機58機)

1,000件/年

  上の表に見るように、たとえばアメリカでは全米に約350機の救急ヘリコプターが配置されている。これで、あの広い国土の90%を上回る面積がヘリコプター救急システムでカバーされている。それも政府が配置しているわけではない。民間病院がそれぞれの経営政策にしたがってヘリコプターを保有したり、チャーターしたりして、自らの敷地の中や病院の屋上に待機させておき、急患発生の場合は直ちに医師やパラメディックをのせて飛び出すような仕組みになっているのである。

 そのほかに市やカウンティなどの自治体も、消防や警察が救急ヘリコプターを保有しているところがある。したがって全体では500機に近いヘリコプターが救急専用機として活動しているといわれる。

 これらのヘリコプターによって救助される人は年間22万人以上。その1〜2割の人が、もしもヘリコプターがなければ命を喪くしたかもしれないと見られている。

 同じようにドイツでは、全国を隈なくカバーするヘリコプターが50機。それらが1機平均で年間1,000回の出動をして、アウトバーンなどの交通事故による怪我人の救助に当たっている。ヘリコプターには必ず医師が乗っていて、まずは事故の現場で応急医療をおこなう。これによって路上の死者の数は20年間に2万人から7,000人程度まで大きく減少した。

 フランスでも、医師が先頭に立って救急現場へ駆けつける。ヘリコプターはドイツと同様、救急医を現場に送りこむための手段であって、患者の搬送は二の次である。これで救われた人は年間2万人を超える。

 スイスは日本の10分の1余りの国土面積に13機の救急ヘリコプターが配備されている。ということは、日本ならば120機程度のヘリコプターに相当する。

 ロンドンではシティの中心部に近いロイヤル・ロンドン・ホスピタルの屋上に、ヴァージン・グループの費用負担でヘリコプターが待機している。その1機だけで1年間に約1,000回の出動をして、必ずといっていいほど現場に着陸し、医師が患者を診ている。必ずというのは6年間に6千回以上の出動をして、現場に着陸できなかった回数がわずか14件しかなかったからである。もちろん市街地の中の話で、ダラスのような平原地帯ではないというのがロンドンの関係者の言い分だが、むろん事故を起こしたことはない。

 こうした救急ヘリコプターが飛んでいるのは、ここに挙げた国ばかりではない。北欧、オーストリア、オーストラリアでもヘリコプター救急システムの整備が進み、東南アジア地域でも計画されている。

 それに引き替え日本では……というのは簡単だが、去る3月25日いよいよ「消防法施行令」が改正された。第44条(救急隊の編成および装備の基準)で従来「救急隊は、救急自動車および救急隊員3人以上を持って編成しなければならない」とあったところに「または回転翼航空機1機および救急隊員2人以上」という文字が挿入された。

 ヘリコプターが救急のための手段として公式に認められたわけで、これまで消火、情報収集、調査、救助など多様な目的をもって配備されていた消防機や防災機に加えて、救急専用機を配備する根拠ができたのである。

 もとより機体を配備しただけでは仕事にならない。119番の電話要請の受付けからはじまって、出動の是非の判断、病院との連携、医師の同乗、着陸場所の手配と警備、現場治療の内容、無線連絡の方法など、さまざまな機関が協力し合って大きなシステムを構築しなければならない。ただし日本には、すでに救急車によるすぐれた救急システムが存在するわけで、上の施行令が「または」という言葉で表現しているように、基本的にはヘリコプターも救急車と同じシステムの中で同じように扱っていけばいいのである。

 なるほど車とヘリコプターでは、いろいろな違いがあろう。その背景には道路交通法と航空法の違いがあり、安全上の配慮も大きな違いがある。けれども、だからといってヘリコプターがことさらに特殊な手段でないことは、世界中がこれを救急システムに組み入れ、それぞれに効果を上げていることからも分かる。

 これで、わが国でも毎年1万人という路上の死者を減らすことが可能になる。その専用1号機は、いつ、どこに配備され、どのようなシステムで動かされるのか。これからの具体的な動きに注目したい。

(西川渉、98.5.31)

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