ファーンボロ・ヘリコプター

 


(S-92コクピット)

 

 これは昨2000年7月のファーンボロ航空ショーで見つけたヘリコプターの話題である。帰国後まもなく書いたものだが、今日まで本頁に掲載するのを忘れていた。何かのひょうしに気がついて、サイトの中をあちこち探したが見あたらない。どこかに掲載してあるのかもしれぬが、念のためアップロードしておきたい。

 内容は季節はずれか時期遅れの部分もあって、まもなくパリ航空ショーが始まろうというときに間抜けな話だが、塩爺のようにわざと忘れわけではない。お目を通していただければ幸いです。

「アグスタウェストランド」誕生

 ファーンボロのような大きな航空ショーでは、どうしても人びとの耳目は演技飛行の方へ向く。とりわけ注目されるのは豪快に飛ぶ戦闘機や華麗に舞う大型旅客機など。今年のファーンボロではいよいよ本格的な量産に入ったユーロファイター戦闘機が張り切った飛行を見せ、好調のエムブラエルERJ-145シリーズ(50席)が新しい-140(40席)を-130(30席)と共に3機そろって均整のとれた編隊飛行を見せた。

 同時に地上では、エアバス懸案の超巨人機A3XXが発注契約を受けて開発が具体化し、その一方ではボーイング社との激しい受注競争が演じられた。リージョナル・ジェットも、ボンバーディアCRJが一挙500機の注文を受けたり、新登場の米アライアンス・スターライナー機も450機の受注を発表、目下計画中の大型軍用輸送機A400Mには欧州7か国の政府がそろって発注意向を表明するなどの話題が生まれた。

 そうした中で、ヘリコプターはやや陰が薄いかと思われたが、ショーの3日目、伊アグスタと英ウェストランド社の合併が発表された。この両社は初めから会場の入り口近いところに大きな区画を共同で買い占め、双方で製造中の多数のヘリコプターを展示した。合併を前提としての展示だったのである。


(NH90)

 そこに並べられたヘリコプターは約100機の注文を受けて両社共同生産中の大型3発機EH-101、アグスタ社がユーロコプターおよびフォッカー社と共同開発をしてきたNH90戦術輸送用ヘリコプター、ウェストランド社が米ボーイング社と共同で英政府から67機の注文を受けたWAH-64アパッチ攻撃機、今年5月から引渡しがはじまったアグスタA119コアラ、大量生産が続くA109Cなど。

 新しい合併会社の名前は「アグスタウェストランド」社。英伊50対50の対等合併で、関連する製品は上の展示にも見られたEH-101、NH90、WAH-64、A109C、A119のほか、アグスタA129攻撃機、ウェストランド・スーパーリンクスおよびシーキング、アグスタがベル社と共同開発中のAB139中型ヘリコプターとBA609ティルトローターなどまことに多彩で、しかも欧州および米国のさまざまなメーカーと関係をもつことになる。この合併が戦略的と評されるゆえんであろう。

 新会社の売上高は、これまでの実績を合算すると21億ドル(約2.300億円)を超えるが、向こう4年間で4割の売上増をはかるという目標を掲げている。また現在、軍需と民需を合わせた受注残高は80億ドル(約8,500億円)に達する。

 これで新会社は、ユーロコプター社を初めベル、ボーイング、シコルスキーと肩を並べることになる。つまり大手ヘリコプター・メーカーが欧州に2社、米国に3社ということになったわけだが、次は米国側で何らかの再編がおこなわれ、今の3社が2社に絞られるのではないかという見方もある。

 なお、ショーの期間中、A119コアラの売買契約が英モータースポーツ社との間で調印された。これが新アグスタウェストランド社の最初の営業実績だそうである。 


(A109)

 

S-92を再設計

 シコルスキー社はS-92を展示した。20年以上の実績と定評のあるH-60軍用機を基本として、民間向けに開発中の大型機である。展示された機体は多用途型で、機内は窓際に兵員輸送用にも似たベンチシートが並び、後部には大きなランプドアが開いている。

 しかし、これでもまだ不充分だったらしく、シコルスキー社は胴体部分の再設計を発表した。捜索救難機として使うには、胴体側面の主ドアが小さく、機内もせまい。というので胴体を延長してキャビンを拡大し、主ドアを41cm広げた。これでドアの開口幅は1.27m。救難作戦の際のホイストの取りつけや、リッターの操作がらくになる。加えて、この改造でキャビン容積が大きくなるばかりでなく、重心位置が変わってホバリング中の姿勢が水平になるらしい。

 ほかに尾部パイロンを1m低くし、それに伴って水平安定板の位置を下げる。パイロンを下げるのはキャビンの延長に伴う機体重量の増加を相殺するため。これで再設計後のS-92もこれまで同様のペイロードと航続性能を有し、乗客19人をのせて740kmを飛ぶことができる。

 総重量は12,018 kg、最大離陸重量11,430 kg。最大巡航速度は290km/h、地面効果外ホバリング高度限界2,225mである。エンジンはGE CT7-8(2,400shp)が2基で、ディジタル・エンジン・コントロール装置FADECがつく。

 1機あたりの価格は1,300万ドル。一見して高いようだが競争相手よりも安く、なおかつ運航費が安い。時間点検やオーバホールなどの整備回数はS-61やS-70に対して5分の1に減り、1時間あたりの整備費は800ドルしかかからない。その結果、直接運航費は燃料費、整備費、乗員人件費、保険料、減価償却費を含めて、1時間わずかに2,113ドルという。

 ファーンボロでは、ノルウェーのリース会社エアコンタクト社から6機を受注した。2004〜2007年に引渡され、オペレーティング・リース機として運航会社へ貸し出される。ほかにS-92は、これまでカナダ東部の石油開発支援にあたっているクーガー・ヘリコプター社から5機、ヘリジェット航空から1機、そしてフィンランドのコプターアクション社から1機を受注している。

 S-92は、最近までの試験飛行時間が2機で約350時間。今後、再設計の2機を加えて、総計1,400時間の試験飛行をしたのち、2002年春までにFAAの型式証明を取る予定である。


(S-92)

シコルスキー・エアライン

 シコルスキー社の話題はもうひとつ、ヘリコプター旅客輸送といえばS-76という関係が出来上がってきた。最も新しい事例はフィンランドのコプターライン。ヘルシンキから海を渡って対岸エストニアの首都タリンまでの定期路線に5月から2機のS-76C+(旅客12席)が就航している。

 所要時間は二つの首都ヘリポートを結んで片道18分だが、この区間を普通のエアラインで飛べば、市内から空港までの地上時間も合わせて2時間を超える。したがって1時間半以上の節約になるわけで、毎時1往復ずつの飛行がおこなわれている。

 ほかにS-76が飛んでいる定期路線は、別表に示す4社。いずれも海を渡る路線ばかりである。その例にもれず、日本でも伊豆6島を結ぶ「東京愛らんどシャトル」便を運航して東邦航空が、このほどS-76C+を1機発注した。来年から伊豆諸島間で運航がはじまれば、S-76の定期路線は6社になる。諸外国の例に負けぬような業績を期待したい。

 こうした旅客輸送は、実績が上がるにつれて需要が増し、大型機が必要になってくる。そこからヘリジェットの例に見られるようにS-92へ発展することになり、それによって乗客1人当たりのコストも削減される、というのがシコルスキー社の考え方である。

 なお、シコルスキー社では目下、新しいS-76Dの開発を検討している。これは現用機のエンジン、操縦系統、アビオニクスなど、さまざまな改良を加えるもので、主ローターの防氷システムはロシアのミル設計局と共同で開発研究をしているとか。

軍用型AB139を展示

 ベル/アグスタ社はBA609とAB139のモックアップを展示した。BA609ティルトローター機は米沿岸警備隊向けに提案中のHV-609の胴体部分で、外観は赤と白のコーストガード・カラー。機内にも救難用のさまざまな器具が装備されている。これでBA609はティルトローターの特性を生かし、捜索と救難の両方をこなす。つまり、広範囲を飛び回って遭難者を捜す飛行機の役割と、ホバリングをしながら遭難者を救い上げるヘリコプターの役割を1機で果たすことができる。これをベル社では“Two-in-One”ミッションと呼んでいる。

 同機は軍用機としても提案されていて、ロッキード社の協力を得ながら国防省への売りこみ努力が続いている。また民間機としては今年初めまでに77機を受注した。原型機の初飛行は来年夏。その後2年ほどのうちに型式証明を取って実用化される予定。

 一方A139双発ヘリコプターは軍用仕様のモックアップが展示された。戦場で次々と兵装を取り換えながら、兵員輸送、偵察、火器支援、救急搬送、補給輸送などの多用性が想定されている。軍用機としての装備はグラスコクピットの液晶ディスプレイが4面、装甲操縦席、赤外線暗視装置FLIR、敵ミサイル警報装置、ロケット弾、ミサイルなど。

 エンジンは当面、民間型と同じP&W.PT6-7Cだが、将来は出力強化も検討中。機内燃料タンク容量は450リッター。燃料補給に要する時間は4〜5分ですむ。

 実用化の時期は民間機の型式証明取得から1年後、2003〜04年の予定。目下イタリア、ベルギー、スイス、さらには中東諸国へ提案中。

 なお、ベル/アグスタ社は本機の特徴について軍・民両用の対比をしながら表2のように整理している。原型機は3機を製作中で、1号機は来年初めに飛行し、その1年後に型式証明を取得する予定。民間向けの受注数は最近までに6機となった。

ヘリコプター市場の将来

 最後に、アメリカの市場調査会社ティール・グループは、2000〜2009年のヘリコプターに関する需要予測を発表した。それによると、今後10年間のヘリコプター新製機は745億ドル相当の需要がある。その大半は5大メーカーが取り、ほとんどは軍需になるという。10年間の生産機数は9,206機。

 軍需はしばらく低迷状態にあったが、そろそろ復活しつつある。金額にして民間需要の5倍にもなる。特にV-22が大きい。これにBA609を合わせると、ティルトローターの需要は向こう10年間のロータークラフト需要の2割を占めるであろう。BA609は民間、軍用、警察などへ200機ほど売れるであろう。しかし、欧州のティルトローターがこの10年間に実用になることはないと見られる。

 業界再編成も進む。アグスタとウェストランドが合併した後は、その合併会社とベル社が協力体勢を組む。それに対抗するためボーイングとシコルスキーの合併が考えられる。ただし現実には多くの問題があって、実現は難かしいかもしれない。

 軍用機では、アパッチ攻撃機も大きな需要の要因となる。というのは、同機はいっそう強化される可能性を秘めているからだ、米陸軍の構想では主ローターを5枚ブレードとし、各ブレードの形状を改め、エンジンやトランスミッションを強化し、新しいアビオニクスを取りつける。

 このようにローター・ブレード5枚にすると振動が少なくなり、ブレード自体の耐用時間が延びて信頼性が高まる。また騒音も小さくなって、敵から発見される可能性が減る。エンジン出力とトランスミッションの強化は飛行能力の向上をもたらし、敏捷な行動が可能になる。

 アパッチに続くのがベルAH-1Zやユーロコプタータイガーで、AH-1Zはトルコ政府から50機の注文を受けた。最終的には145機になる計画という。

 かくてファーンボロ航空ショーはヘリコプターについてもさまざまな話題を残して閉幕した。

(西川渉、『ヘリコプター・ジャパン』2000年11月号掲載)

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