ファーンボロ2000

変化の時代を迎えた航空界

 

 去る7月下旬ロンドン郊外で開催された航空ショー「ファーンボロ2000」の話題は、3つに大別することができよう。@新しい開発計画の進展、A大量注文ラッシュ、B航空界の世界的再編である。このうち先月号では新しい開発計画の進展にしぼってご報告した。

 具体的にはエアバスA3XXの開発が正式注文を受けて確実になってきた。新しい大型軍用輸送機A400M四発ターボプロップ機(最大ペイロード37トン、兵員120人搭載)にも欧州8か国から合わせて225機の調達意向が表明された。欧州4か国の共同開発で620機の採用が約束されている新戦闘機ユーロファイター・タイフーンの量産が本格化した。2010年頃の実用化をめざしてボーイング社とロッキード・マーチン社が競争開発中の米英4軍向け未来型戦闘機ジョイント・ストライク・ファイター(JSF)の初飛行がせまった。新リージョナル・ジェット、ボンバーディアCRJ-900の開発が決まった。新ビジネス・ジェット、エムブラエル・レガシーの開発計画が発表された、などの話題である。

 今月は、そうした計画進展の背景にある大量注文ラッシュと世界的な航空再編の動きを見ることにしよう。

 

 

史上最高の受注額

 軍用機はもとより、エアラインや企業からの航空機に対する注文は普段のビジネス活動の中でおこなわれる。発注契約の調印までには、メーカーと発注者との間で長期間の交渉や検討がなされる。そのようにして最終的な結論が出ても航空ショーまで伏せておき、人の集まる会場で発表したり、調印したり、機体の引渡しをしたりすることがある。メーカーにとっても、発注者にとっても、その方が恰好のPRになるからだ。

 同時にまた、航空ショーは新たなビジネスのきっかけにもなる。展示品の中にはこれまで気がつかなかった新製品も多く、それを見つけた人がその場で話を聞き、メーカーとの交渉に入ることがある。それが直ちに契約に至ることもあろう。

 今回のファーンボロでも、そうしたさまざまな契約の成立が発表されたが、その総額は520億ドル(約5.7兆円)に達し、史上最高記録となった。2年前のファーンボロの2倍であり、4年前の4倍以上というから倍増に次ぐ倍増の好成績を上げたのである。

 参加した展示企業または団体は世界30か国から1,287社(団体)。航空機は167機で、地上展示は121機、飛行して見せたのは地上展示機から33機、飛行展示のみ46機で、合わせて79機。1週間の入場者は30万人以上となった。

 航空ショーの成否は、飛行演技が素晴らしかったとか、入場者の数が多かったといったことばかりではない。見本市としてどれくらいのビジネスが成立したかが最も重要な要件となる。その意味で、今回のファーンボロは大きな成果をあげたということができよう。

 とりわけ世界の2大旅客機メーカー、米ボーイング社と欧州エアバス社の受注合戦は白熱した闘いとなった。結果として両社を合わせた受注額は336億ドル。全体の65%を占める巨額である。

 そのうちエアバス社は238機で186億ドル相当の注文を取り、ボーイング社は139機、150億ドルを獲得した。エアバス社の受注の中には22機のA3XXが含まれていて、大きな意味を持つ。一方ボーイングの機数は一見少ないようだが、大型機が多くて1機あたりの値段が高いためにさほどの遜色はない。

 そのうえボーイングの受注内容には63機の新しい777が含まれる。長距離型777-300ERと777-200ERで、全日空が6機を発注した777-300ERは乗客数365人をのせて13,300kmを飛ぶ。シンガポール航空が発注した777-200ERは乗客数301人で16,400km――旅客機としては最長航続性能を持ち、東南アジア〜ニューヨーク間もノンストップで飛べる。したがって混雑した成田空港へ無理に寄港する必要もなくなる。737シリーズも73機の大量注文を受け、人気を保っている。

 受注側とは逆に発注者の方を見ると、リース会社の国際リース・ファイナンス社(ILFC)が137機、137億ドル相当の注文を出して、今年のファーンボロで最大の発注会社となった。続いてGE関連のリース会社、GECASも122機を発注、さらに69機の仮注文を発表した。

 

 

ボーイング対エアバス

 こうした契約合戦の結果、ボーイングとエアバスの両社が今年になって獲得した受注機数は合わせて900機を超える。この両社は昨年1年間の受注数が合計870機だったから、今年は7か月で昨年1年分を超えたことになる。これは世界のエアラインの景気の良さを示すものであると同時に、一種のバブルではないかと懸念する声もあるほど。

 このような発注ブームは、いつまでつづくのか。ファーンボロで発表されたボーイング社の需要予測によると、向こう20年間の航空旅客は年率4.8%ずつ成長し、ジェット旅客機に対する需要はこれからも当分つづくという。具体的には、世界中で使われているジェット旅客機は1999年の時点で13,670機だった。それが2019年には2倍以上の31,755機になる。

 機数が増えれば、空港や航空交通管制は今後ますます混雑する。そのため大洋をわたる長距離国際線も、各都市を直接結ぶ路線が増えると見られる。たとえばロンドン・ヒースロウ空港、ニューヨーク・ケネディ空港、そして成田空港など混雑した空港は避けて、直接目的値へ飛ぶようになる。この傾向は航空界の規制緩和と自由化によってますます促進され、出発地から目的地までノンストップで飛ぶ便が多くなるというのがボーイング社の見方である。

 こうした機数を充足するため、エアラインがメーカーから購入する新製機は毎年1,000機以上。向こう20年間に22,315機で、1.5兆ドル(160兆円)に相当する。このうち747またはそれより大きな機体は全体の6%に過ぎない。つまりA3XXクラスの超大型機は、エアバス社のいうほどの需要はないというのがボーイング社のかねてからの主張である。

 逆に、最も大きく増えるのは40〜90席のリージョナル機で、20年間に引渡される新製機の19%を占める。その結果、リージョナル機のシェアは現在の7%から2019年には15%へ倍増する。

 こうしたリージョナル機の需要ブームの恩恵を受けているのがカナダのボンバーディア社とブラジルのエムブラエル社で、両社それぞれボーイングとエアバスに次ぐ世界第3位と第4位の航空機メーカーにのし上がった。ファーンボロで発表された受注金額はボンバーディア社が45億ドル(約5,000億円)、エムブラエル社が42.5億ドル(約4,600億円)に達する。

 

 

CRJ-900と928JET

新製機に対する大量発注は、リージョナル・ジェットに関しても目立った。

 まずボンバーディア社は、米デルタ航空から大量500機の注文を受けた。この発注意向は前から公表されていたものだが、500機のうち確定数は94機とされていたのが、ファーンボロの時点で104機に増えて正式調印となった。金額にして22億ドル、仮注文も入れると100億ドルに相当する。機種の内訳はCRJ-700(70席)が25機、CRJ-200(50席)が79機である。

 この大量受注に加えて、ボンバーディア社は懸案の大型機、CRJ-900(90席)についても34機の確定注文を受け、正式開発に着手した。同機を発注したのはスペインのエア・ノストラム(8機)、仏ブリットエア(4機+仮8機)、米GECAS(10機+仮20機)、そしてオーストリアのチロリアン航空(12機)。

 ボンバーディア社によれば,CRJ-900は「10年ほど前にはじまった我が社のCRJ成功物語に新しい1章を加えるもの」という。CRJ-900は-700の単純なストレッチ型で、1年後の来年なかばまでに初飛行、2002年秋には型式証明が取れる見こみ。したがって同じ90席クラスの競争相手、エムブラエルERJ-190やドルニエ928JETの開発状況に照らして2年ほど早く出来上がる。すなわちCRJ-900の最大の競争力は完成が早くてリスクの少ないこと。2002年末には実際の定期路線に就航できるという。

 CRJ-900は-700の胴体を3.86m引き延ばし、主翼構造を強化して、出力増強型のターボファン・エンジン、CF34-8C5(推力6,500kg)2基を装備する。機体が大きくなり、重量が重くなった分だけ、降着装置も強化される。航続距離は2,700kmだが、3,200kmを飛べるCRJ-900ERも計画されている。後部胴体はCRJ-700同様、日本の三菱重工が製造する。

 ほかにもボンバーディア社はファーンボロで中国からCRJ-200とCRJ-700を10機ずつ受注、スカイウェスト航空からもCRJ-200について6機の注文を受けた。

 競争相手のフェアチャイルド・ドルニエ社は928JETの詳細を公表した。同機は乗客100人乗りで、728JETを基本とするストレッチ型だが、単純に引き延ばすだけでなく、主翼を大きくして出力増強型のエンジンCF34-10Dターボファン(推力7,750kg)2基を装備する。独ババリア・エアクラフト・リース社から6機(うち確定4機)の注文を受けており、2003年末に初飛行、2005年初めに型式証明を取得する。

 なおフェアチャイルド社はファーンボロ閉幕後、428JET(44席)の開発を中止すると発表した。市場構造に対して同機の大きさが中途半端で将来性がないという見方によるもの。これまでの受注数はリージョナル航空3社から仮発注も含めて113機。30席の328JETや70席の728JETの開発方針は変わらない。

 

 

ERJ-145XRにの大量発注

 ブラジル・エムブラエル社も次々と大量注文を受けた。米コンチネンタル・エクスプレスからは新しい長距離型のERJ-145XRについて175機(うち確定75機)の注文を受け、正式開発がはじまった。

 同機はERJ-145(50席)の長距離型。米コンチネンタル・エクスプレスの要請にもとづいて開発されるもので、ERJ-145の胴体を強化して最大離陸重量を2,000kg増とし、燃料タンクを増設、出力7%増の新しいロールスロイスAE3007A1Eエンジン(推力3,400kg)を装備すると共に、主翼にはウィングレットを取りつける。

 これで、ペイロードやマッハ0.78の巡航速度は変わらないが、従来の長距離用ERJ-145LRでも航続2,700kmだったのに対し、-145XRは3,700kmの航続性能になる。また高温・高地性能も良くなり、デンバーの高地から45℃の高温で飛んでも、乗客50人の満席でこれまでの2倍、2,900kmの航続性能をもつ。初飛行は来年春、量産1号機は2002年8月に引渡される予定。

 これでコンチネンタル・エクスプレスのERJ発注数は確定275機、仮100機となった。275機の内訳は75機がERJ-145XR,150機がERJ-145、50機がERJ-135(37席)である。うち80機が引渡しずみで路線に就航している。

 ERJ-145XRと同じようなウィングレットは、目下開発中のERJ-170にも取りつけられることが決まった。これで同機の航続距離は3〜5%伸びる。

 もうひとつ、エムブラエル社はERJ-135を基本とするビジネス・ジェット「レガシー」の開発計画を明らかにした。ビジネス・ジェットも近年、リージョナル・ジェットに次いで好調の受注ブームがつづいている。エムブラエル社は新たにその市場にも進出しようというわけで、ファーンボロではビジネス機のチャーター運航をしている米スイフト航空から50機(うち確定25機)の注文を受けた。ほかにギリシャ政府からも要人輸送用に1機を受注している。同政府はすでに通常のERJ-135を1機、要人輸送に使っている

 レガシーはスーパーミッドサイズのビジネス・ジェットで、機体価格は1,900万ドル。コンチネンタル・ホライゾンやギャラクシーといったビジネス機に匹敵するが、キャビンの大きさは6割増し。乗客8人をのせて5,900kmを飛ぶ。値段の割に大きくて、遠くまで飛べるのが魅力となっている。この航続性能を上げるために、キャビン下の貨物室に容量3,100kgの燃料タンクを増設する。それでも貨物室には余裕があり、同クラスのビジネス機の中では最大の容積を持つ。

 今後の開発日程は、来年8月末までに型式証明を取り、9月からスイフト航空がチャーター運航を開始する予定。

 

 

アライアンス社の野望

 リージョナル・ジェットに対する大量注文は、メーカーとして発足まもない米アライアンス・エアクラフト社も例外ではなく、ショーの参加者を驚かせた。その内容は目下計画中の「スターライナー」と呼ぶリージョナル・ジェットについて、ニューヨークのグローバル航空が450機(うち確定250機)を発注したというもの。金額にして、確定発注分だけで46億ドル(約5,000億円)に相当する。

 ただしグローバル航空も新しい企業で、「まだ飛行機を飛ばしていないエアラインが、まだ飛行機をつくっていないメーカーに大量注文」と評されたりした。そのあたりがやや不安だが、アライアンス社としてはほかにも欧州の有名エアラインやアジアの航空会社から合わせて30機の注文を受けたとしている。

 アライアンス社が計画中のスターライナー(SL)は客席数が左右5列で合計70〜90席の大型機グループと、左右3列で合計35〜50席の小型機グループに分けられる。

 大型機の方は70席のSL-200と90席のSL-300。別表に示すように、最大離陸重量40トン前後、自重20トン前後で、1,500m以下の滑走で離陸し、高度11,200mをマッハ0.80の高速巡航で飛び、およそ4,000kmの航続性能を持つ。エンジンはロールスロイスBR-710ターボファンの派生型で推力6〜7トン。グラスコクピットには5面のディスプレーをそなえ、操縦系統はフライ・バイ・ワイヤになる。機体価格はSL-200が1,860万ドル、SL-300が2,420万ドル。

 小型機グループは35席のSL-100/35と50席のSL-100/50。別表の通り、最大離陸重量20トン余、ペイロード4〜5トン前後で、大型機グループ同様のマッハ0.80の高速性能をもち、航続3,700kmを飛ぶことができる。

 今後の開発日程は、まず大型機グループを開発し、2003年なかばまでに型式証明を取って引渡しに入る。それから1年半の後に35席のスターライナー100を完成させるという。こうした日程は70席クラスの競争相手に遅れを取るまいとする挑戦的なもので、先行するERJ-170の型式証明は2002年末、728JETは2003年春の予定となっている。

 その開発作業ためには、総額7億ドル(約750億円)近い資金が必要だが、そのうち2.5億ドルはみずからの株式販売で調達する。残りはリスク・シェアのパートナーを探す必要があるという。この資金調達に成功するか否かが新しいアライアンス・エアクラフト社の成否を決める第1歩となろう。

 なお、同社のアール・ロビンソン社長は、ベトナム戦争中、米空軍の「トップガン」パイロットであった。また革新的なB-2ステルス爆撃機の発案者の一人でもある。のちにフェアチャイルド・ドルニエ社の社長となったが、1998年に親会社のフェアチャイルド社のトップと意見が合わずに辞職、1998年6月に今のアライアンス・エアクラフト社を設立した。したがってスターライナーの開発はかつて勤務した会社への真っ向からの挑戦ということになる。

 そのためにはロシアのスホーイ設計局とも提携して、技術的な支援を受けることにしている。同時にスホーイとしてはロシア国内の航空会社にスターライナーを売りこむ予定で、まとまった注文が取れたならばロシアにも組立工場を設置することになるもよう。

 一方、アライアンス機を大量発注したグローバル航空は、TWAの乗っ取りを画策しながら、エアライン業界に進出してきた企業である。本誌の出る頃には結論が出ていると思われるが、仮にTWAが手に入らなくても2001年春までにはニューヨークとボストンを拠点としてエアライン事業をはじめる。そして3年後に新しい地域航空会社をつくり、大量のスターライナーを使うという戦略を進めている。こうしたグローバルやアライアンスの生き方には、いわゆるベンチャー企業のすさまじい闘いぶりを見ることができよう。

 

 

欧州にも巨大メーカー

 企業間の競争激化はベンチャー企業にとどまらない。長い歴史と実績を持つ大企業も最近は激しい競争にさらされ、どうかすると体勢がぐらつくようなことも出てきた。もうひとつは従来のメーカー1社では大型開発プロジェクトに耐えられず、これまでは協力または共同で進めてきたが、欧州国家間の統合が進むにつれて企業間でも統合と業界再編の動きが出てきた。

 これが今年のファーンボロにおける第3の話題だが、最大の合併は何といってもEADS(European Aeronautic Defense and Space Company)の発足であった。この会社は7月10日にできたばかりで、仏アエロスパシアル・マトラ社、独ダイムラークラスラー・エアロスペース社、スペインCASAの3社が一緒になったもの。航空機メーカーとしては、ボーイングとロッキード・マーチンに次ぐ世界第3位の規模になる。

 その傘下にはエアバス・グループ、エアバス・ミリタリー、ユーロコプター、ATR、ソゲルマ、ソカタなどの企業が入る。またダッソー社については46.5%のシェアを持ち、ユーロファイターについても半分近い。そしてエアバス・グループも近く、これまでのゆるやかな企業合同(コンソシアム)から正規の株式会社に再編されることになっている。

 こうした欧州大陸の動きに対して、ひとり英国だけが孤立した形だが、かつてのBAe社もGECマルコニ・エレクトリック・システムズを吸収して、BAEシステムズとなった。これで欧州航空工業界は大きく二つのグループに分けられる。しかしプロジェクトによっては双方の共同作業もあり、極めて複雑な様相を呈している。

 そのうえBAEシステムズは積極的に米国との関係を強化しつつあり、7月にはロッキード・マーチン社の傘下にあったアビオニクス企業を16.7億ドルで買収した。またボーイング社とも提携関係にあって、つい最近はハリアー攻撃機とホーク練習機のライセンス生産について両社共同の見積もりを韓国に出したばかり。こうした動きが将来、大西洋をまたぐ欧米間の大型合併に発展するかもしれないという見方もある。

 もうひとつ今年のファーンボロでは、かねて計画されていた伊アグスタ社と英ウェストランド社の合併が実現した。アグスタウェストランド社という名称で、ヘリコプター・メーカーとしてユーロコプター社や米国の各メーカーに匹敵し、売上高では世界一になるかもしれないという。

 この新会社が取り扱う機種も多彩で、EH-101、スーパーリンクス、シーキング、A109、A119コアラ、A129攻撃機、ライセンス生産中のAB412、間もなく生産がはじまるNH90、ボーイング社と共同作業中のWAH-64、そしてベル社と共同開発中のAB139とBA609ティルトローターということになる。

 

 

SSBJは実現できるか

 さて最後に、ショー2日目の夕刻、エールフランスの超音速旅客機コンコルドがパリ郊外に墜落する事故が発生した。翌朝ファーンボロでは、参加各国の国旗が半旗になり、関係メーカーの緊急会議が開かれ、EADSとBAEシステムズからは共同声明が出て、犠牲者の遺族、友人、知人に対する哀悼と、政府機関の事故調査には全面的に協力する意向が表明された。

 この事故で、コンコルドと超音速飛行の将来はどうなるのか。毎朝会場で配られるニュース紙の中には「これで、コンコルドも終わりか?」という大きな見出しを掲げたところもあった。けれども事故と同時に取られたコンコルド全機の飛行停止措置は、英国航空が1日だけで飛行を再開したため、やや安堵の色が見られた。しかし3週間後、8月15日には再び飛行停止となって、本稿執筆の時点では予断を許さぬ状況となっている。

 事故の直後、ボーイング社コンディット社長の談話が新聞で報じられた。「この事故が民間航空における超音速飛行の将来を完全に否定するものとは思わない」という見解である。ボーイング社は1990年代初めから、米政府の資金援助を受けて高速民間輸送機(HSCT)の開発研究をしてきた。その結果「超音速機を安全かつ有効に飛ばせる技術はあるが、経済性が問題」ということになって、1998年政府が計画を断念し、開発作業も中止された。しかし「超音速旅客機への関心をなくしたわけではない」と同社長は語っている。

 超音速旅客機よりも現実的な可能性が高いのは超音速ビジネス・ジェット(SSBJ)であろう。SSBJについては、ここ数年来、仏ダッソー社や米ガルフストリーム社が開発構想を進めてきた。そうしたSSBJの開発を、コンコルドの事故はむしろ促進させるだろうという見方がショー会場で聞かれた。

 とりわけコンコルドがなくなったうえに、新しいSSTの開発が困難ということになれば、今のコンコルド愛用者はSSBJを選ぶしかない。ビジネス機であれば、少々高くても金を出す人はいるであろう。今でも4,000万ドルのビジネス機が売れているのに、5,500万ドルのSSBJが売れぬはずはないという見方である。

 あるいはSSBJが高いと感じる企業も、今はやりのフラクショナル・オーナーシップ方式で買えば、かなり楽であろう。事実、フラクショナル事業を大きく展開しているエグゼクティブ・ジェット社は100機くらいのSSBJを購入して、超音速フラクショナル事業をはじめる構想を持っている。

 この場合、SSBJとして最も重要な要件は陸地上空でも超音速で飛べることである。コンコルドのように飛行区域が海上だけに限定されては、超音速機の意味がなくなる。それにはソニックブームを弱めなければならない。ソニックブームの解決こそはSSBJのキーポイントである。

 そこで、今年のファーンボロでは、ガルフストリーム社とロッキード・マーチン社の共同研究になる新しいSSBJの形状が明らかにされた。それは細長いダブルデルタ翼とカナード翼を持ち、主翼の下に2基のエンジンを装備する。このエンジンは細いターボジェットのようなコアから出ている角形断面のノズルの周囲を円形断面のダクトで囲んだもの。一種の可変バイパス・エンジンのようにも見える。

 胴体は前方が細長く、後方が翼の中に埋没し、先端にカナード翼がつく。昨年公表されたロッキード・マーチンのSSBJは下向きに開いた逆V字形の尾翼に、長くとがった機首を持っていたが、いずれにしてもソニックブームを減らすのが目的で、ソニックブームの影響がなくなれば陸地でも気兼ねなく飛ぶことができよう。

 ただし問題はほかにもあって、ガルフストリーム社によれば、SSBJに適したエンジンがない。もう一つは経済性で、ビジネス機として売れるような価格で、しかも運航費の安いSSBJができるかどうか、まだめどはついていないという。

 かくて今年のファーンボロ航空ショーは、いくつもの開発計画が進展し、大量発注がおこなわれ、メーカーの体質強化を目的とした再編成が進んだ。航空界は今めまぐるしい変化の時代を迎えたかに思われる。その将来には今後も目が離せないし、興味もまた尽きることがない。

(西川 渉、『航空情報』2000年11月号掲載)

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